2015年4月5日日曜日

精神分析と解離(1)

 いろいろ書く事が多くて困るのだが、まあ半分は書く事が商売なので仕方ないか。トラウマの学会で、「精神分析と解離」というテーマで論じなくてはならないのだが、どう話せばいいのだろうか?分析の理論について語っても意味がないし。わかりやすくフロイトから始めるべきだろうか?
フロイトが本当の意味でトラウマに注目していたかは、非常に難しい問題である。彼はそもそも二つの矛盾するテーマを扱っていたというのが一番理解しやすいのではないか?一方では彼はどうしようもなく欲動論者だった。何しろ彼が頭に描いていた図式が、精神に内在したエネルギーだったからだ。まあ「気」のようなものである。それが鬱滞すると悪さをする。これは別に中国の気chi の理論を彼が知っていたのではなく、フロイトより100年前のメスメルの動物磁気からきているし、ヒポクラテスの「体液説」からきている。目に見えない流体があり、それが病気を起こす、というのは、もう定番の説明だったんだね。以下はウィキより。
体液病理説とは、「人間の身体を構成する体液調和が崩れることで病気になる」とする説で、18世紀病理解剖学が生まれるまでは臨床医学の主流の考え方であり、その後も病態生理学の土台となった考えであった[23]。ヒポクラテス医学においては、『人間の自然性において』で示されるように、人間は血液、粘液、黄胆汁、黒胆汁の四体液をもち、それらが調和していると健康であるが、どれかが過大・過小また遊離し孤立した場合、その身体部位が病苦を病むとした。
他方でフロイトは多くの患者が虐待やトラウマを受けていることを知っていた。ヒステリー研究の始まりはその認識だったわけである。フロイトは矛盾したテーマに直面したわけである。一方の体液やリビドーは、人間の内側にあるもの。他方のトラウマは外からこうむるもの。内因か外因か。その結果として彼が至ったのは、トラウマがリビドーを高めた、という理論である。これは整合性はあるものの、大変な過ちにもつながる。言葉に直すと「子女のトラウマは、刺激されて性的興奮が起きてしまったことが原因だった。」これは大変な問題を生むのである。
ヒステリー研究は、フロイトとブロイアーの合作だったが、同じヒステリー(解離性障害)の患者を見ていても、二人の意見は異なっていた。ブロイアーの意見にフロイトは賛成しなかった。ブロイアーの概念でフロイトが気に入らなかったのが、類催眠状態 hypnoid state  と意識のスプリッティングという概念だった。こう考えるとブロイアーはまさに解離論者だったことがわかる。そしてその理論の全体がフロイトには受け入れがたかった。