2015年1月5日月曜日

まえがき

解離性障害に関する研究は日進月歩である。一方では生物学的研究が進み、他方では文化論的に扱われることも多くなってきている。解離性障害のケースを扱った文学作品や映画なども多い。それぞれを個別にみていると方向性がかなり異なり、それこそこちらが「解離」してしまいそうである。本書は私が日々の解離の臨床に携わる中で解離に関連した様々なテーマについてできるだけ統合を図りつつ、かつそれを臨床に生かすことを目的とする。
 私の立場は精神科医として、そして精神分析家としてのそれであるが、その両方の視座からは、現在解離の世界で起きている不思議な現象が見えてくるようである。注目するべきなのは、精神分析の世界における「解離」研究がいつの間にか進んでいるという事実だ。それは明らかに1970年代、80年代より注目されるようになった心的なトラウマに関連したさまざまな心の病理への注目の中で生まれてきたといえよう。そして他方では精神医学の世界では解離が大脳生理学的な所見との関連でより広く論じられるようになってきている。その意味で現代では解離の静かなブームが起きているといっていいであろう。
解離とは不思議な概念である。それは通常にも見られる心の働きとして捉えられ、その意味ではある種の正常範囲の防衛機制として捉えられることがある。しかし他方では深刻な精神障害を来す病理的な現象とも考えられる。そしてその深刻な解離現象は多くの大脳生理学的な変化を伴い、それが近年の画像技術の進歩とともに多くの研究を生んでいるのである。
 私が本書で論じたいのは、この近年の解離の理解が、一方では力動的な立場から、他方では脳科学的な立場からアプローチされるようになるにしたがって浮かび上がってきた新たなる姿である。それは依然として多くの謎や不明な点を含みながらも、心がさまざまな視点からのアプローチを必要としているという現実を示唆しているともいえるのである。まさに解離という現象が、心への多方面からのアプローチを要請しているのだ。本書はその意味で解離を研究し扱うことの醍醐味を少しでも伝えられればと願っている。