2014年12月29日月曜日

最新の解離(19)

4) 「PTSDの解離タイプ」という概念
従来のDSMにおいても、解離性の症状が扱われる精神障害は解離性障害以外にもあった。それらはASDBPD(診断基準の第9項目)、身体表現性障害などであった。しかし以前よりPTSDに見られる諸症状も解離性のものとしてとらえるべきではないかという議論は多くあった。今回のDSM-5では一歩踏み込んで、PTSDの下位分類として「解離タイプ」という診断が提示されているのでこれについても特別に述べてみたい。
PTSDには二種類ある、という理解は最近のPTSD研究において特に生物学的な所見によりその正当性が認識されるにいたったという印象がある。このように数値化された形でタイプ分けがなされるのには大きな意味がある。ある研究においては、トラウマを体験した人々にその記憶を語ってもらい、それを録音したものを聞かせている間の脳をMRIでスキャンしたという。すると約70%の患者は心拍数の増加を見せたのに対して、残りの30%の患者は離人体験や現実感喪失体験と共に、特に心拍数の増加を見せなかった(10)。つまりおなじPTSDの診断が下った患者でも、かなり両極端な生物学的な所見を示す二つのグループに分かれるという発見があったのである。
 そこでまずこの解離タイプの定義であるが、DSM-51)ではまずPTSDの診断基準を満たし、なおかつ以下のA1, A2, あるいは両方の症状を継続あるいは頻発する形で経験するものとされている。
A1.
離人症:自身の心的経過や身体に対して距離があり、あたかも外から眺めているような感じ(夢の中にいるように感じる、自身やその身体を非現実的に感じる、時間がゆっくり進んでいるように感じる、など)。
A2.
現実感喪失:周囲に対する非現実感(周囲の世界を、非現実的、夢の中のよう、遠くにあるみたい、歪んでいる、などと感じる。)簡単に言えば、PTSDの症状を示し、かつ解離性障害のうちすでに 1)で見た「離人・現実感喪失障害」を満たす障害ということになる。

  PTSDのサブタイプとして解離タイプを考える根拠は4つほどあげられるという(11)。第1には、ある研究でPTSDの患者を調査し、taxometric analysis (分類分析)を行ったところ、戦争からの帰還兵と一般市民について、離人感と現実感喪失体験を特に症状として持つ人々のサブグループが抽出されたという事実。第2にはPTSDの認知行動療法において、解離タイプはそれ以外の患者と異なる反応を示すという所見。第3には解離タイプのPTSDの患者には、それ以外とは異なる情動コントロールのパターンが見られるという事実。そして第4には、このサブタイプを考案することで、疫学的、神経生物学的な研究、精神病理学、診断学についての様々な研究を加速させる効果があるということである。
このうち第3の生物学的な所見については、そこから第一次解離と第二次解離という分類が生まれたという(12)。
 第一次解離とは、再外傷体験やフラッシュバックなどが生じ、感覚的な記憶内容の意識野への侵入が生じている状態である。その際に内側前頭皮質と前帯状回の活動の低下が生じる。これらの部位は感情の調節をつかさどることが知られている。そして同時に起きるのが辺縁系と扁桃体の活動昂進である。この前頭前野と扁桃体の活動はシーソーのような関係があると見ていいであろう。前頭前野は扁桃体を抑える働きがあり、前者の活動が低下する場合には、扁桃体の抑制が効かず、野放し状態になるのである。そして第二次解離はちょうど第一次解離と逆の事態が生じている。すなわち内側前頭皮質と前帯状回の活動の昂進と、扁桃体の活動低下が生じることになる。ちなみにこの脳科学的な所見とも関連した解離の理論は「皮質辺縁系抑制モデル corticolimbic inhibition model と呼ばれる。
この第一次、第二次解離という分類に従えば、この第二次解離というのが解離タイプのPTSDに相当する「本来の」解離ということになる。一般的にいう解離はいわば感情がシャットダウンしている状態と言える。ある研究によれば、CADSS (Clinician-Administered Dissociative States Scale)13)という解離症状のスケールを用いて患者のうち高いスコアを示す人に侵襲的な刺激を与えると、腹側前頭皮質が高い活動を示したという。つまり恐ろしい話や刺激を与えられた場合、解離を用いる人々は、感情をつかさどる部分(扁桃体など)が自動的にシャットダウンを起こし、それが臨床上は解離症状となるということだ。
 ちなみにこのPTSDの解離タイプは、いわゆる複雑性PTSDComplex PTSD, 以下CPTSDと記載する)の概念ともつながっている可能性があると筆者は考える。CPTSDHerman, J (14) の提出した概念であり、幼少時ないしは長期にわたる外傷体験をもとに発症し、多彩な解離症状や悲観的な人生観や人間観を背景とする対人関係上の特徴を主症状とするが、DSM-5にも収められてはいない。しかし事実上この「解離タイプのPTSD」がそれを肩代わりしているということではないだろうか?解離症状が特徴的であり、幼少時の慢性の外傷を基盤とするところが、両者では共通しているからである。
5)転換性障害の扱いについて
 最後に、転換性障害の今後の扱いについて述べたい。転換性障害がICD-10 (15)では解離性障害と一括して分類される一方では、DSMにおいては解離とは別個に記載されているという問題は、従来種々の議論を読んでいた。この件がDSM-5によってどのように扱われているかについては、多少なりともここで論じておくことに意味があるだろう。今回のDSM-5でも結局は転換性障害は解離と一緒になることはなかった。
 これに関するŞarらのトルコでの研究によれば、38人の転換性障害の患者をSCID-DSDQ-20等のテストにより調べたところ、48%が解離性障害の診断を満たしたという。ただし不安障害や身体表現性障害にはより高い相関を示し、少なくとも転換性障害と解離性障害がオーバーラップした障害であるとはいえなかった(16)。また同じくトルコにおける別の研究では、転換性障害のうち解離性障害の基準を満たしたのは30.5%であったという。
これらの研究が示していることは、解離性障害と転換性障害は同一の疾患の別の表現形態というよりは、同類の、しかし性質の異なる病理である可能性が高いということだ。これらの両方を含めて解離と呼ぶか、あるいは一方を解離、もう一方を転換性障害と呼び続けるべきかについてはさまざまな議論があろう。しかし最近の「構造論的解離」理論にみられるような分類、すなわち精神表現性解離と、身体表現性解離という分類が適切と考える識者も多い。すなわちストレスが解離を生んだ場合、それを精神面の症状として表現されたもの(狭義の解離)と身体面の症状として表現されたもの(転換症状)に分けるという考え方である(17)。

以上DSM-5に見られる解離性障害の診断基準についての解説を加えた。解離性障害についての理解や臨床研究の最近の進歩が、この様な診断基準の変更の背景にあるということを示せたと思う。本論文は解離性障害の理解の変遷について述べるのがその趣旨であったが、DSM-5関係の記述だけで紙数が尽きてしまったのが残念である。


参考文献