2014年10月15日水曜日

脳科学と精神分析 (推敲) (4)

フロイトが「快楽原則の彼岸」で至った結論はおそらく正しかった。確かに人間の行動には、少しも快感の追及につながるようには思えないものもある。かつて私はフロイトの「精神現象の二原則に関する定式」の現代的な意義について論じたことがある。現代フロイト読本1(みすず書房、2008)に収められた論文で、私はフロイトの快感原則を「心は真の願望を最終的に満足させるべく働く」と言い換えたうえで、それは現在の心の在り方についても妥当であろうこと、ただしその真偽を確かめる方法はない、ということを論じた。しかしその時の私自身の結論に疑問が生じ、常に考えていたところがある。そして現在至ったのは以下の通りである。
 確かに私達の意図的な行動や、一部の無意識的な行動には方向性がある。それは快を増大させ、不快を軽減するということだ。それは快感中枢におけるドーパミン経路(いわゆるA-10経路)の役割である。「こうだったらいいな」「これは回避したいな」という具体的な願望を起こさせるのは、この経路の役割だからだ。(先ほどの「正確な査定」の意味)。いわばドーパミン経路は、私たちの生存にとっての合理的な導き手なのだ。しかし私たちの心身には思いがけない出来事が生じ、それらは到底快感原則に導かれたものとは思えない。
たとえば私たちは突然脳の電源のレベルが落ちたようなうつ状態になることがある。昔の不快な記憶がよみがえってくることがある。不安を呼び起こすような幻聴が聞こえてくる。悪夢を見る。パニック発作が起きる。記憶が飛ぶ・・・・・。ありとあらゆることが生じてそれをコントロールすることに忙殺されることがある。
 おそらくそれらの現象は、脳という巨大なネットワークにより生じる様々な出来事であり、その巨大なシステム故に生じる現象なのだ。私はこれらの現象を説明できないながら、気象モデルになぞらえることで、ようやく少しは把握できたつもりになる。地球という自然環境は巨大なシステムだ。それは意識を持たない。ジュリオ・トノーニの言うような情報の統合を行わないからだ。でもその巨大システムではある地方で地震が繰り返されたり、赤道付近でハリケーンや台風が次々と発生したりする。地球環境はおおむね平衡状態を保っているが、それは全体の均衡を取ろうというそれ自身の力が働いているというよりは、たまたまそうなっているだけ、という気もする。だから私たちは日本の東南海にいつ起きるともしれない自身におびえているのである。また地球規模で見れば、私たちは温暖化に向かっているようでもあり、次の氷河期の淵にいるとも言われる。地球は「安静」にしていれば自然と恒常性に向かうようなものとは異なる。
そう、脳という巨大なネットワークによるシステムにより成り立つ私たちの心は、一方で快感原則に従おうとしつつも、さまざまな「気象現象」にさいなまれる存在である。そのうちの一部にはある規則性があり(たとえば過去のトラウマのフラッシュバックなど) その分ある程度予想不可能であり、ほかの大部分には明確な機序やその発生を予想することが出来ない(強迫症状、精神病や躁うつ病の発症、てんかん発作など)