2014年8月29日金曜日

解離と脳科学(推敲)(4)

さて解離の右脳でおきていることを知るためには、PTSDの右脳でおきていることを理解する必要がある。解離とPTSDは、ともにトラウマの反応といえるが、そこではおおむね逆のことがおきているものとして説明し、理解するのが最近の傾向である。PTSD関する生物学的な研究はかなり進んでいるため、解離をそれの裏返しと考えることで、同時に解離の生物学的な理解も歩調を合わせることが出来るのだ。
 ただし少し複雑なのはPTSDの患者でも、解離状態を呈することがあるという点だ。PTSDでは典型的なフラッシュバックの時のように過覚醒になる時もあれば、鈍麻反応の時のように、心身の活動が低下する場合もあり、後者の場合はより「解離的」となる。このことをかのヴァンデアコーク先生は、トラウマにおける「二相性の反応」と呼んだ。PTSDすでに解離反応を内側に含んでいる、というのが解離論者の考え方である。
そこでまず、PTSDの典型的なフラッシュバック時などのような過覚醒状態を考えると、心臓の脈拍の亢進とともに、右後帯状回、右尾状核、右後頭葉、右頭頂葉の興奮がみられるという(Lanius et al, 2004) 。そして解離状態の場合、ないしはPTSDの患者が解離的な状態に反転した場合、たとえばトラウマ状況を描いた文章を聞くことで逆に脈拍数が下がったりする場合には、逆に右の上、中側頭回の興奮のパターンが見られたり、もっと最近では右の島および前頭葉の興奮が見られるという(Lanius, 2005)。いずれにせよ過覚醒にしても解離状態にしても、そこで異常所見を示すのは右脳の各部ということになる。
 ではこれらの独特の脳の活動のパターンが形成されるのはいつなのか?こ
こで先ほど述べDの愛着の話が絡んでくる。つまりそれは幼少時であり、その際のトラウマは右脳の独特の興奮のパターンを作り出し、それがフラッシュバックのような過剰興奮の状態と解離のようなむしろ低下した興奮状態のパターンの両方を形成する可能性があるというわけだ。通常はトラウマが生じた際は、体中のアラームが鳴り響き、過覚醒状態となる。そこで母親による慰撫 soothing が得られると、その過剰な興奮が徐々に和らぐ。しかしDの愛着が形成されるような母子関係において、その慰撫が得られなかった際に生じると考えることが出来る。それがいわば反跳する形で逆の弛緩へと向かったのが解離と考えることが出来るのだ。
そして解離は特に右脳の情緒的な情報の統合の低下を意味し、右の前帯状回こそが解離の病理の座であるという説もあるという。
ここでさらにショアの説を紹介するならば、右脳は、左脳にも増して、大脳辺縁系やそのほかの皮質下の「闘争逃避」反応を生むような領域との連携を持つ。これは生後はまずは右脳が働き始めるという事情を考えれば妥当な理解であろう。そして右脳の皮質と皮質下は縦に連携をしていて、この連携が外れてしまうのが解離なのである。ここで大脳皮質というのは知覚などの外的な情報のインプットが起きるところだ。それに比べて皮質下の辺縁系や自律神経は体や心の内側からのインプットが生じる場所である。そして皮質はその内側からのインプットを基本的には抑制する働きがある。そのことは、この抑制が外れるとき、例えばお酒を飲んだ時にどうなるかを考えれば理解できるのだ。