2013年9月1日日曜日

トラウマと解離(4)

もちろんこれをほっておいて、忘れていいのか、というような別人格も存在する。おそらくDIDの方々や、もちろん臨床家も一番恐れている「黒幕人格」である。(実はニュアンスとしては「黒いいぽい人格」の方がより近いかもしれない。しかしここは彼らに敬意を払う意味で、黒幕人格、とする。)黒幕さんは眠っていても、その存在から周囲に畏れられる。彼が出てくると大変なことが起きる。人を傷つけ、自分も傷つく。ずいぶん前に一度出てきたらしく、この腕の深い傷はその時のものだ、というよう話も聞く。臨床家もDIDの方々とのメールのやり取りで、稀にではあるが畏れ多いメッセージ(たいていは短文)をいただいたりする。
 さて黒幕人格は、おそらくトラウマの最深層と関係している可能性がある。ある意味ではそのDIDの方の持つ病理の核心部分と言ってもいい。しかし黒幕を直接扱うことのメリットは不明である。というよりおそらく事実上扱えない。
米国にいた時、患者の中に元プロレスラーのDIDの方Mさんがいた。(この話は絶対どこかに書いたと思うのだが思い出せない。このブログで検索しても出てこない。)雲を突くような大男だが幼少時に深刻な性的虐待を体験している。Mさんは二度ほど黒幕人格が出現したという。一度は車の運転をしていて、ふとした事故から助手席にいた自分の妻に危害が及びかけた時。向こう側の運転手を引きずり出して半殺しにしたというが、もちろん彼は覚えていない。もう一度は、プロレスの試合中に相手がかなり悪質な反則行為をしたらしい。その時も相手を半殺しにしたという。しかし普段はこれほどやさしい男が居るのか、と思うほど繊細な男性であった。私とMさんはとてもうまく行っていたが、それでも一対一の診察の時に、深刻な話は出来ないな、とふと不安になったことを覚えている。
 Mさんの黒幕さんの場合、もちろん二度と出てこないことを祈る。彼にとっても周囲にとってもその方が平和だ。それに黒幕さんが賦活されるのは、余程彼にとって深刻で外傷的な事件が起きた場合に限るらしい。そうだとしたら、それが起きない方がいいに決まっているのだ。
 私は黒幕人格の事を考える際Mさんの事をまず考える。彼の場合黒幕を扱えないのは、彼が大男で、暴れ出したら周囲を巻き込むことが必至だから、技術的にそれを扱うのは無理だ。それでは体格的に彼ほどではなく、より安全に扱える人の場合は、入院などの安全な環境で黒幕さんを扱うべきか? おそらく否であろう。ただしその黒幕さんがしばしばその人の生活に姿を現して、その人の生活に支障をきたしていないならば、である。