2012年11月1日木曜日

続き

 今朝は少し寒かった。「一年のうち一番過ごしやすい日」(ただし気温についてのみ)は、先週くらいがピークだった気がする。
以下は昨日の続き。

 以上パーソナリティ障害の中でも境界パーソナリティ障害(以下B PD)に関し、症状レベルでの特徴について述べたが、その病理の本質に迫る際には患者の持つ成育歴、特に過去の養育上の問題等についての理解を深める必要がある。B PDの病理の中核には極めて重篤な同一性障害、すなわち自分という感覚の不安定さや自己価値観の乏しさが見られる。そしてその背後には深刻な成育上の問題が見られることが多い。欧米においては、BPDの幼少時に、性的虐待やネグレクトなどの既往が多く見られる点が報告されるが、幼少時に外傷体験を持つことは、自分の存在の重要さやこの世に生を受けたことの意味を見いだせないという問題を生む。ただし虐待やネグレクトの既往はBPDの症状を示す人のすべてに当てはまるという訳ではない。幼少時にそれらの明白な外傷体験が存在しなくても、親との十分な愛着関係を持てなかったことは、その後の人生で安定した他者との関係を結ぶことの困難さをも引き起こす。安定した友人関係や恋愛関係は、そこにそれにより極端にぶれることのない自尊心や自己慰撫self-soothing の能力を前提とする。しかしBPDにおいては、しばしばそれらの欠如のために、対人関係上の様々な問題が生じる。そしてそれらの能力はそもそも母子との愛着関係にその素地が築かれるものとして理解されている。その意味ではBPDは虐待やネグレクトをその典型的な原因とする様な愛着障害が基盤にあるという立場がある。

 BPDの持つ諸問題が愛着の障害及びそれによる関係性の問題に深く根ざしているという事実は、患者が精神的に不安定となり、激越な苦痛を体験するのがしばしば対人関係上の問題であることがその証左となる。患者は親しい友人や恋人との関係で激しい理想化を向け、それを親密で一体感を持ったものにすることを考える。その傾向の強さは、患者がほとんど慢性的に持つ空虚感をそれらの関係が一時的に埋めることと関係している。しかしそのような試みが成功しないことで極めて深い失望を味わう。その結果としてアクティングアウトや自殺企図を示すことが多い。そしてそのアクティングアウトは、再び訪れた空虚感を別の、より自己破壊的な手段で一時的に充足させるという意味を持つ。
 BPDにおけるアクティングアウトの中でも、自傷行為は極めて顕著でかつ重要である。患者は対人関係等で極めて不安定になった際に、しばしばリストカットや過食嘔吐等の自傷行為を呈する。しかしこれらはBPDが経験する著しい空虚感や失望、焦燥などを和らげる意図がある一方では、自分から去っていく対象に対する激しい攻撃性の発露としての意味も持つ。それは結果として周囲の人々を翻弄し、うんざりさせるという問題をともなう。
 この対象に対する攻撃性に関しては、それがどの程度深刻かはBPDの対人関係上の問題を占ううえで極めて重要な指標となる。その行動化のために職を失い、友人や恋人や配偶者が去る一番のきっかけは、激しい攻撃性の表出であることが多い。ただし筆者は攻撃性をBPDの中核症状として捉える必要は感じないが、それは患者が慢性的な空虚感等の同一性障害を持ちつつも、他者の攻撃という行動特性を持たないケースも多くあると考えるからである。しかしこの事は逆に言えば攻撃性を欠いたBPD がそうとして認識されないという可能性を意味する。
 BPDにおける自傷行為の問題については、その解離症状との関与の理解が重要であるが、それについては稿を改めて論じる。

字数としてはこんなものか。