2012年10月6日土曜日

第9章 DBS(脳深部刺激)への期待 (2)

  私のファンタジーはこうだ。「もし余生に思い残すことがないのなら、私自身の快感中枢を電気刺激してみたいという気持ちがなくはない。知り合いの脳外科医に頼み込んで、脳深部に電極を埋めてもらう。そして一時間に2000回レバーを押し続けたラット状態になるのだ。ただしレバーの代わりにリモコンボタンみたいなものを持って死の床に就くのだ。」
  これほど甘美な、そして不埒な空想はあるだろうか?これって、アヘン巣窟に身を横たえてパイプを咥え続けているアヘン中毒患者のようになりたいと言っているのだ。しかしそれにしても、それを人間で実験したトンでもない科学者はいたのだろうか?実は先ほど紹介したバーンズの本はそれについて書いてあるのであるが、その話はもう少し先にとっておこう。いずれにせよ脳の一部に電極を差しこんで何らかの刺激を送り込むということが、ある種の劇的な変化を生むということは、こうして知られるようになったのである。

DBSによるパーキンソン病の治療
 
 まじめな方向に戻そう。DBSの臨床的な応用にはそれなりに面白いストーリーがある。以下のサイトを参考にする。http://www.parkinsonsappeal.com/pdfs/The%20History%20of%20Deep%20Brain%20Stimulation.pdf

1983年に、MPTPという物質が発見されてからパーキンソン病のDBSの治療に向けての大きな進歩があった。このMPTPは人工的にパーキンソン病を作る作用があることが分かったのである。それをたとえば実験用にサルに投与すると自在にパーキンソン病を生み出すことが出来、治療薬に関する動物実験が飛躍的に進むというわけだ。するとサルのSTN subthalamic nucleus という部分、日本語では視床下核の刺激でPD症状が劇的に改善するということが分かったという。それから臨床研究が進んで、1997年にはアメリカのFDA(日本で言えば、厚労省に相当)で認可が下りるということになった。
  ちなみにDBSで脳に電極をさす、と言ってもピンと来ない方のために、メンフィス大学のサイトから図を引用する。この図でThalamic nucleiとあるのは視床のことで、その下の視床下核に針の先が当たっていて、そこが電極になっているということだろう。そこから一定のパルス信号を出すことで刺激を与える。

http://www.memphis.edu/magazinearchive/v29i1/feat4.html

現在ではパーキンソン病のDBS治療は世界中で行われている。2万人のパーキンソン病または運動障害の患者がこの治療を受けているという。また第7章で扱った局所的ジストニアなどに用いられることもあるという。しかし何しろコストが高いということで、受けられる人はわずかなのである。
ちなみにパーキンソン病といえば、マイケルJフォックスのことを思い出す方も多いのではないか。「バック・トゥー・ザ・ヒューチャー」の三部作は映画嫌いの私でもファンだが、あそこに出てきた元気のよかった青年がパーキンソン病に冒されたものの、そこからパーキンソン病撲滅の運動を繰り広げているのはよく知られる。彼もインタビューに答えてこのDBSの治療を受けたと語っているが、やはりお金持ちやセレブ限定の治療法というニュアンスは否めないのかもしれない。

うつ病に対するDBSによる治療

うつ病のDBSについては、パーキンソン病の治療と違ってこちらはまだ始まったばかりという印象を受ける。今年の1月にサイエンティフィックアメリカンの電子版に乗った記事を参考にしよう。http://blogs.scientificamerican.com/scicurious-brain/2012/01/09/deep-brain-stimulation-for-major-depression-miracle-therapy-or-just-another-treatment/

まずうつ病に関しては、60%しか現在用いられている治療に反応しない、という現実がある。現在の治療とは抗うつ剤やCBT(認知行動療法)や電気ショック療法などである。ということは40%の人たちはうつにじっと苦しみ、自然回復を待っているということである。この40%を対象にDBSが行われるということになる。
DBSで最初に注目されたのは、ブロードマン25野というところ、内側前頭前野という部分である。(左の図を参照していただきたい。)ここがなぜ注目されているかというと、この場所が大脳皮質と、それ以下の大脳辺縁系や脳幹とをつなぐ節目のような枠目を果たしているからだという。だからそこを刺激することで脳の広い範囲に影響を与えることになる。ラットの実験では、この部位に相当する脳に刺激を与えることで、「ネズミうつ」に対する効果があったという。ネズミうつとは、例えば強制水泳テストに対する反応で分かる。抗鬱剤を投与されたネズミは、このテストの反応が良くなるということで、ネズミのうつ病モデルとして用いられるそうだ。この臨床テストでは、20人の難治性うつ(つまり従来のうつ病治療に反応しない40%のうつ病に相当する状態)の60%は顕著な抗うつ効果を見せた。しかしこれは20人のうち12人を引いた8人にはいい結果をもたらさなかったということでもある。そしてそのうち一人は電極を抜いてほしいと申し出た。ちなみにDBSの副作用としては吐き気やおう吐がみられ、また結局20人のうちの二人は自殺をしたということである。
DBSについてもっと知りたければ、専門機器を扱っているMedtronicという会社のHPに行けばいいだろう。ここに行くと、現在DBSの適応となっているものは主として、PDの他に本態性震戦(つまり原因不明の手の震え)、そして例のジストニアであることがわかる。そして治療の主眼は、PDジストニアに関しては、STN subthalamic nucleusと内側淡蒼球globus pallidus interna、本態性震戦には視床の腹側間接核ventral intermediate nucleus of the thalamus をターゲットにしているということだ。(全部脳の深いところにあり、働きは詳しくはわかっていないが、体の動きを調節することに役割を果たしている部分である。)ちなみにこのMedtronicという会社、心臓のペースメーカーをはじめとした医学機器の最大手ということである。DBS等にもこのような会社が入って利益を競っているということだ。
 ここで深部脳刺激、という検索語で日本のサイトを検索してみよう。Medtronicの日本支社メドトロニックのホームページや、日本で深部脳刺激の術式を行っている順天堂大学、東京女子医科大学、名古屋市立大学、山口大学、藤田保健衛生大学など、さまざまなサイトを見ることが出来る。DBSの治療は20004月からは、パーキンソン病の治療としては保険適応にもなっているという。写真入りの非常に細かい手術のプロセスについては、以下の日本女子医大のサイトに一見の価値がある。