2012年10月8日月曜日

第9章 DBS(脳深部刺激)への期待―心理士への教訓

 ある患者さんがこんな話をした。「先週から急にズドーンと気分が落ちたんです。この三日間は起き上がれないくらいです。」彼女は30代後半の独身女性で飲食店勤務。この数か月間は抗うつ剤の影響もあり、少しハイなくらいのペースで働いていた方だ。落ち込みについて思い当たるきっかけを聞いても本人もわからない。お店でトラブルに陥ったこともなく、家で同居している母親とけんかをしたわけでもない。このところ順調だなと思っていた矢先である。もちろん抗鬱剤だって飲み続けている。
 別の女性(20代、大学生)はケースはこんなことを言った。「気持ちのスイッチは突然入るんです。自動販売機でジュースを買って、それが下の受け口に落ちてきたその瞬間に、気持ちがすっと軽くなったりするんです。」
 このようなケースにその気分の変化の原因を問うても、何も出てこないことが多い。きっと脳の中にいくつもあるであろううつのスイッチが押されてしまったのだ。そしてそのスイッチが脳のどこにあり、どうしてスイッチオンになったかはわからない。それはブロードマン25野、内側前頭前野という部分であるかもしれないし、そうでないかもしれない。
 抗うつ剤が効かないうつ病に苦しんでいる人は多い。そのような人にDBSの施術を受けてもらうべきだろうか?でもそれはやはり大変な手術なのだ。自分の家族がうつになってDBSを受けるとしたら絶対躊躇するだろう。(しつこいようだが、私自身だったらやってみたい)。なにしろ頭蓋骨に穴をあけ、脳に電極を植え込まれ、皮膚の下をつたったコイルで体に電池が埋め込まれ・・・・。やはりつらい。しかし、である。慢性うつ病で数年間も社会生活ができない人がいる。そういう人にとっては皮下の電池がなんだ、と考えてもおかしくない。

 実は「薬を飲む」ということに関しても、レベルは全く異なるとしても、同じ侵襲性、そこに伴う「何もそこまでやるなんて…」「体にそんな異物を入れて…」感がある。家族がうつになっても薬を飲んでもらうことに躊躇するという人は多い。しかし薬を処方する立場から言えば、薬を毛嫌いすることにより多くを失っているという人は少なくないことも知っている。異物を挿入するのは自然ではない、非人道的だ、という考え方はわかるが、DBSについても、フェアにその効果を考えるべきであろう。少なくともそのような可能性を考えるきっかけにはなれば、本章を書いた意味はある。
 とにかく精神的な病は脳の複雑なメカニズムのどこかに異常が生じ、それをどこかのスイッチが改善する可能性がある。DBSはそんな事情を反映している。心理士は患者の心に生じた様々なことについて心理的に説明することに急ぎすぎてはならない。心は巨大なサイコロである…DBSはそのことを思い出させてくれる。
 ただしそれでもDBSは心理療法の効果を否定するということではない。言葉の力がスイッチの役割をすることもある。ある働きかけが、ある言葉が人を変えるということがある。そのような「言葉によるスイッチ」を患者と探し求めるのも心理士の仕事なのである。