2012年9月18日火曜日

第4章 サイコパスは「異常な脳」の持ち主なのか? (2)

ロンブローゾは時代の先取りをしていた?

福島氏の「殺人精神病」はしかし、改めて私たちに殺人者たちの脳の異常についての関心を呼び起こす。殺人が「病気」であるかは別として、殺人を犯しやすい人々(私が本章で「サイコパス」と呼ぶ人たちの脳に何らかの異常所見がみられるということは今では定説になっている。しかしこれはかなり最近の話である。以前は犯罪者には身体的な特徴があるという説は偏見扱いされていた。その節の一つを紹介しよう。ロンブローゾの説である。
ある意味で革新的だった?Lombroso 先生
 
  チェーザレ・ロンブローゾ(Cesare Lombroso18351909)は19世紀のイタリアの精神医学者である。私が精神科医になったころは、ロンブローゾの説は一種の「トンでも」扱いされていた。犯罪を犯す人たちには脳の形に異常があるという彼の説は、この上もない偏見とみなされていたのである。彼は『天才と狂気(Genio e follia1864)』で骨相学人類学遺伝学などを駆使して、人間の身体的な特徴と犯罪との相関性を調べたという。彼は膨大な数の犯罪者の頭蓋骨を調べ、また数多くの受刑者の風貌や骨格を調べて、彼らには一定の身体的・精神的特徴(Stigmata)が認められる」とした。ちなみにこのStigmata とはヒステリーの概念にも用いられた、かなり偏見に満ちた用語である。以下にちょっと安易だが、日本版ウィキペディアhttp://ja.wikipedia.org/wiki)の「チェーザレ・ロンブローゾ」の項目の中から引用する。
「ロンブローゾは身体的特徴として「大きな眼窩」「高い頬骨」など18項目を、また精神的特徴として「痛覚の鈍麻」「(犯罪人特有の心理の表象としての)刺青」「強い自己顕示欲」などを列挙した。彼によれば、これらの特徴は人類よりもむしろ類人猿において多くみられるものであり、人類学的にみれば、原始人の遺伝的特徴が隔世遺伝(atavism)によって再現した、いわゆる先祖返りと説明することができる。」

  もちろん依然として問題の多いロンブローゾの説ではあるが、極端な形ではあれ、現在の議論の先取りをしていたということにもなろう。というのも脳の形態学的特徴に関するデータは、現在さまざまな精神疾患に関して調べられるようになってきているからである。

サイコパスと脳の異常の関係
 最近ロイター通信が次のようなニュースを伝えている。http://www.reuters.com/article/2012/05/07/us-brains-psychopaths-idUSBRE8460ZQ20120507
Study finds psychopaths have distinct brain structure (サイコパス(精神病質)たちが特異な脳構造をしているという研究)”
  この記事のさわりを私なりにちょっと訳してみよう。
「殺人やレイプや暴行により起訴された人々たちの脳のスキャンにより、サイコパスたちは特異な脳の構造を有していることがわかったという。ロンドンキングスカレッジの精神医学研究所のブラックウッドらの研究によると、そのような所見は彼らをその他の暴力的な犯罪者とも区別するほどだそうだ。それが内側前頭皮質と側頭極である。これらの部位は、他人に対する共感に関連し、倫理的な行動について考えるときに活動する場所といわれる。サイコパスたちの脳は、これらの部分の灰白質(つまり脳細胞の密集している部分)の量が少ないという。こうなると認知行動療法的なアプローチもできないことになる。ちなみにこのことは司法システムとも関連してくる。というのはこれらの人々を脳の異常であるとしることで、これらの犯罪者が心神耗弱ということで無罪放免にされてしまう可能性があるからだという。」
 
  ブラックウッドの研究をもう少し見てみる。MRIを用いた研究では、44人の暴力的な犯罪者を対象としたが、そのうち17人がASPD(反社会性パーソナリティ障害)プラスサイコパスの基準を満たし、あとの27人は満たさなかったという。それを22人の正常人と比べると、サイコパスたちにおいては、例の二つの場所の灰白質の量が顕著に減っていたというのだ。ちなみにこれらの部位がおかされると他人に対する共感をもてなくなり、恐れに対する反応が鈍くなり、罪悪感とか恥ずかしさなどの自意識感情を欠くことになる。