2012年9月12日水曜日

第3章 オキシトシンが問いかける「愛とは何か?」(4)

オキシトシンとBPD, PTSD,その他
  これまで幼少時のケアとオキシトシンとの関係について論じたが、それはオキシトシンが早期のネグレクトに由来する精神疾患を治療する可能性を示していることにもなる。その点で注目されるのが境界パーソナリティ障害(BPD)などの治療である。BPDが幼児期のトラウマに由来するという説は欧米において主流になりつつあるが、オキシトシンがその治療にも効果があると考えるのがEric Hollander とそのグループである。彼らの研究によれば、オキシトシンを投与することで、BPDの患者さんたちのストレスに対する感情反応(血中のコルチゾール濃度などにより計測される)が大きく軽減されたという。Hollander, E et al. Oxytocin administration attenuates tress reactivity in borderline personality disorder: a pilot study. sychoneuroendocrinology 2011;36(9):1418-21.)またBPD以外にも幼児期のトラウマがかかわる様々な疾患の治療可能性にもつながるという。それらはPTSD,うつ病、不安障害まで含まれる。
 ここで読者は「うつ病や不安障害までトラウマが原因なのか?」と疑問に思うかもしれない。もちろんそれらの疾患は幼児期のトラウマのみによって引き起こされるわけではない。様々な要因がそれらの発症の引き金になっているが、そのうちの一つが幼児期のトラウマというわけである。そしてオキシトシンによる治療により、それらの発症の可能性が少しでも低下する可能性があるということになる。
  最近オキシトシンによる治療が注目を浴びている疾患として、PTSDを挙げておかなくてはならない。これについてはオランダのミランダ・オルフの研究が注目されている。オルフは、オキシトシンが二つの機序でPTSDに有効であることを強調する。一つは扁桃核の反応性を抑える性質であり、もう一つは、本書でもすでに論じた報酬系に作用し、心地よさを増すという性質である。そこでオキシトシンをPTSDの認知行動療法に用いてその効果を高めることが出来るというのがオルフの主張である。
Olff, M et al. A Psychobiological Rationale for Oxytocin in the Treatment of Posttraumatic Stress Disorder, CNS Spectr. 2010;15(8):522-530.  扁桃核の抑制、というだけでは分かりにくいので、もう少し説明しよう。「脳科学と心の臨床」でもすでに触れたことであるが、扁桃核は恐怖体験による刺激により感作され、再びその体験が予想されたり、思い出されるような事態に直面すると、アラーム信号を出す。それにより人(もちろん動物も)は逃走・逃避反応を起こすのだ。たとえばクモに襲われた?人がクモ恐怖になると、おもちゃのクモを見せられただけでもパニックになってしまうだろう。しかしその時に頭の中で「これはおもちゃのクモだから怖がる必要はないのだ」と繰り返して自分自身を説得するのが前頭前野という部分、特にvmPFC(腹内側前頭前野)である。いわば扁桃核は、vmPFCというブレーキによりその暴走を抑えられる。さてここでオキシトシンが登場するわけだが、その役割は、このvmPFCの強化と扁桃核の抑制の両方だというのだ。なんと便利な物質だろうか?


http://alfin2100.blogspot.jp/2010/12/female-brains-reaction-to-stress.htmlより借用

オキシトシンに関しては、それ以外にも様々な研究が行なわれているようである。これらに関する情報は、”Oxytocin Central”というものすごいサイトがあり(http://oxytocincentral.com/2011/03/oxytocin-eases-stress-and-anxiety/)オキシトシンに関する最新の研究の成果を網羅している。ぜひ参照されたい。