2012年7月9日月曜日

続・脳科学と心の臨床(44)

脳の配線異常(?)としてのイップス病



世の中には「気のせい」と片づけられる状態はたくさんある。「人前で緊張すると、胸がドキドキするんです。」と言ってもだれも真剣には取り合ってくれないだろう。「そういう時は皆緊張するものですよ。あなただけじゃありません。」「緊張すると声が震えるんですけれど・・・・」「聞いていて全然そんなことないですよ。と、大体はこんなものである。


 しかし中には、明らかに病気として認定してもらえるものもある。人はそれを見て気の毒がり、「単なる気のせい、緊張のし過ぎ、と言うだけではありませんね。明らかに何かの異常が起きているのでしょう。」と言ってもらえる。これがイップス病である。


 イップス病については辞典によれば「ゴルフ競技で、簡単なパットの失敗の原因となる神経質な状態」と言われる(オックスフォード英語辞典)。ほんのわずかな距離のパットで、失敗する方がおかしいという状況で、手が大きく震えてパットが打てない。周囲もそれを見て気の毒がるくらい、手のコントロールが効かなくなってしまう。その結果として初心者でも入るはずのパターを大きく外してしまう。


その様な状態をイップスと呼んだのは、トミー・アーマーといわれる。1960年代の事だ。


以下はネットの記事を引用(http://www.cgu.ac.jp/kyouin/tyagi/yips1.html)。ABS’s of GOLF(1967)の中で、トミー・アーマーは次のように記している。


「イップスを経験しない間は、ゴルフの世界をすべて体験したことにはならない。イップスは、ショートゲームを台無しにする脳の痙攣である。私はこの恐ろしい病気にイップスという言葉を最初に使用したという栄誉を担っている。私自身も、イップス、痙攣、震え、異常な緊張、そして麻痺など、これまで秘密扱いされたり苦痛で矮小化されてきた恐ろしい体験を味わいたくなかったのに……。私がこの障害に今や一般に使用されるようになったイップスという名前を付けたのである。」(ABS’s of GOLF(1967))


(ちなみにイップス病については、イップスの科学 田辺 規充 (星和書店、 2001年)という本が参考になるだろうが、アマゾンで注文をして待っている間にこれを書き始めている。)


この間テレビを見ていたら、書道の段位を持つ芸人やキャスターが多数の観客を入れたスタジオでその腕を競うという番組をやっていた。すると実に興味深いことだが、最初に筆を紙に下ろす直前に粗大な震えを体験する人が何人もいたのだ。これも同類の問題と言える。


 このイップス病、慣れ、不慣れということとは無縁のようである。トミー・アーマーも、イップス病に悩まされる多くのゴルフプレーヤーもプロとしてこれまで長年やってきた人たちである。それがイップス病に取りつかれてしまう。アメリカでピッチャーに返球が出来ずにグラウンドにボールを投げつけてしまうというキャッチャーがいたが(名前は忘れた)、もちろんプロの選手であった。(彼はその代わり盗塁の際は二塁に矢のようなボールを送れるそうである。) スポーツについてはプロ中のプロのはずのあの江川卓も、アイアンもウッドもイップスになってしまいゴルフをやめてしまったと言われる。
 最近の研究では、ゴルフを長く続けている人の方がなりやすく、調査したご不ファーの28パーセントが体験していると言うから恐ろしい。(McDaniel KD, Cummings JL, Shain S. The "yips": a focal dystonia of golfers. Neurology. 1989 Feb;39(2 Pt 1):192-5.

私がこれを取りあげるのは、これもまた脳の問題だからだ。