2012年5月24日木曜日

続・脳科学と心の臨床(4)


さて忘れないうちに第2の疑問についても書いておかなくてはならない。それは、私たちは苦痛を回避するという動因も持っているということに関連する。それと報酬系との関係はどうなのか?もっとわかりやすく言えば、苦痛と報酬との関係はどうなっているのか?
ケーキを食べる、という例は快楽的な面しか見えないかもしれない。でもちょっと思考実験をいじってみればいい。目の前のケーキを今食べないならば、他の人に奪われてしまう、という状況にするのだ。するとそのケーキに手を伸ばすという行動はたちまち二つの動因の混合となる。「目の前のケーキを今すぐ味わいたい!」という以外にも「他の人に取られたらどうしよう」という不安や苦痛の回避の二つである。後者が混じることで、例えば「今は空腹ではないので、また後にしよう」という人まで、そのケーキに即座に手を伸ばすことにもなるだろう。
さてこの後者の行動、つまり不安回避については、報酬系ほど分かっていないというのが真相らしい。というよりは不安を回避するための行動は、人間や動物にあまりに基本的な形で存在するために、どこか特定の脳の場所が考えられないというわけだ。つまり報酬系はあっても「懲罰系」は存在しないということか。おそらく脳の様々な部位を刺激しても、ここを刺激したら苦痛を感じる、というある特定の場所が存在しないらしい。というよりそのような部位は脳に広範に存在するのだろう。
快の追及と苦痛や不安の回避は、おそらく人間のあらゆる行動において、同時に存在している。どんな行動も、純粋に快楽的、ということはないのだ。ある快楽を追求することは、同時にそれを失うことへの恐怖を伴う。恋愛を考えればよいだろう。誰かと仲良くなることの純粋な喜びは一瞬である。その次の瞬間から、その人を失うこと、誰かに奪われることへの不安との戦いとなる。