2012年5月31日木曜日

続・脳科学と心の臨床(9)

マインド・タイム ベンジャミン・リベ(ット)の示したこと

Benjamin Libet は知る人ぞ知る神経科学者である。1970年代に彼の行った実験は極めて画期的なものだった。ちなみに彼の名前を見ると私にはどうしても「リベ」(フランス語読み)と発音したくなる。彼の祖先はフランスから移民したはずだ。しかし正式には「リベット」らしい。(というよりアメリカではそれで通用しているらしい。何しろ彼の実験について書かれた「マインドタイム」(下條 信輔訳、岩波書店、2005年)の訳者の下條先生も「リベット」と書いているのだ。そこで妥協して以下はBLと表記させていただく。
実は私はBLの実験のことをよく理解してはいない。初めて読んで10年以上経っているが、どうしてもわからないことが出て来る。ただしこれだけは確かだということをまとめると次のようになる。
「行動を起こそうと思った瞬間には,脳はすでにその行動に向けての活動を開始している。約0.5秒前に、脳は意図的な行動の準備を始めている」
BLの実験は、極めて精密に作られた時計を前にして、被検者に指を動かす実験をしてもらうというものだった。彼は指を動かそうと思った瞬間を正確に記録できるようにして、その人の脳波を取ってみると、脳波はその「瞬間」の0.5秒前に活動を開始していることに気付いたのである。BLが特に関心を持ったのは、私たちがあることを意識する、気がつく、ということと脳の働きとの時間的な関係だった。どうやら私たちが何かを意識するそれ以前に、脳はそれを扱い始めるらしい。ということは脳を動かしているのは私たちの自由意志ではない?…
BL
は大脳皮質を直接刺激するという実験もしている。手術のために開頭している患者に協力を依頼したのだ。大脳皮質に弱い電流を流してみると、それを0.5秒以上刺激しないと、その人はそれに気がつかなかったという。(しかしどんな麻酔の仕方をしたのだろう?)そしてその大脳皮質に神経を送っている身体の部位、例えば腕を刺激してそれが脳に達して0.5秒以上立たないと、脳はそれを体験しないこともわかった。(つまりその腕の刺激が脳に達してから、ジーンと、少なくとも0.5秒は大脳皮質を刺激してくれるのだろう。そういうことになると私は理解している。)ちなみにこのBLの実験を非常に簡潔にまとめたサイトを見つけた。詳しくはそちらを参照していただきたい。 http://www.yamcha.jp/ymc/DSC_sure.html?bbsid=1&sureid=63&l=23
しかし私自身にとっては、このBLの実験は非常に日常感覚にあう。たとえば私たちは創作活動をする人の多くが、内容が向こうからやってくる、という体験を語ることを知っている。明らかに脳ですでに作られたものがやってくる、と彼らは言うのだ。例えばモーツァルトは、一人でいる時に曲が浮かんでくるということがよくあったが、それをコントロールすることは難しかったという。しかし曲は出てくるときは自然に浮かんできて勝手に自らを構成していくという。そして楽曲がほぼ出来上がった状態でかばんに入っているのを次々と取り出して楽譜に書き写すだけ、というような体験をしたという。 Life Of Mozart (audiobook), by Edward Holmes.) そう、創造的な体験の多くは脳が勝手にそれを行っていて、意識は受け身的にそれを受け取るという感じなのだ。