2010年8月23日月曜日

怒らないこと その1

しっかし……。どうしてこうも暑いのだ。私は冬は大嫌いだが、今日昼間に青山近辺を移動していて、ふといけないことを思ってしまった。「寒い方がまだましかも知れない ……。」と思ってしまった。日が短くなっているので、朝夕はすこし凌ぎやすくはなっているが。
30年前に5月の香港(つまり真夏)をウロウロ旅した時の苦しさを思い出す。

最近「怒らないこと」(アルボムッレ・スマナサーラ著、サンガ新書)という本が売れているようだ。最近では続編も売れているようで、お茶の水の丸善に入るたびに、気になっていた。つい最近買って読んでみたが、その感想については後に述べることにする。
「怒らないこと」というテーマについては、ここでも触れたかもしれない。少なくとも授業やゼミでは数回か話した記憶があるが、最近一つ思うことがある。それは「怒らないこと」と「戦わないこと」は別問題だということ。人は怒らない方がいいが、戦わなくてはならない。怒らない、ということは戦うことをやめるということではなく、何と戦うか、という選択に関して、より賢くなるということだろう。私は怒ることは無駄だと思うが、戦わない人生は空しいと思う。これは矛盾しているように感じられるかもしれないが。
いつものように、非常に話が分かりやすく作られている龍馬伝から例をとる。

このドラマの中で、龍馬は怒らない人間の一つの典型として描かれている。しかし彼は同時に戦っている人間としても描かれている。それは司馬遼太郎の「竜馬がゆく」にしても同じである。私の見方からすれば、彼の人生観は極めて不可知論的なのだ。つまり絶対的なものを求めず、信じず、主義や方針や、社会的な価値に対して相対的である。価値に対する相対性がなかったら、脱藩などおいそれと出来ない時代だろう。そしてこの不可知論的な世界観は、彼の寛容さに通じている。「不可知性その11」で論じたように、彼は他人には想像できないような事情や立場があるということをよく知っていたからだろう。だから桂小五郎に会いに下関に来るという約束を反故にした西郷吉之助に対してそれを責めようとなしなかったのだ。実際に西郷が下関で船を降りることができない十分な事情があったことがドラマに描かれている。
しかし龍馬は、戦う相手を常にしっかり定めていた。では怒らない龍馬が戦っていたのは誰だったのか?大義のためだったのだろうか? あるいは国家のためか? 確かに龍馬は日本が外国の手により蹂躪されることに憤りを感じ、薩長連合を成立させて外国と断固戦うことに命をかけていた。しかし彼が戦っていたのは、それほどカッコいいことではなかった。もっと単純なことだったと思う。それは自分や自分の大切な人々を守るためだったのだと私は思う。自分の身が危険にさらされたり、自分が守るべき人間(直接的には家族、そして友人、同僚など)に危害を加えるような存在と戦わないとしたら、それは生きている価値すらなくなってしまうということだ。その意味で、人間存在はというよりは生命のあるものは、基本的に常に戦う存在だということである。
人は自分より強い相手、力でねじ伏せてくる存在とは、常に戦わなくてはならない。もちろん危害を加えてこないような強者に対しては、戦う必要などどこにもないが、基本的には強い存在は同時に理不尽でもあるのだ。
私が「人間、怒るべからず」という時、それは私たちが力でねじ伏せることができるような人々、つまりは私達にとっての弱者である。私達がいざとなれば力でねじ伏せ、虐待することができる人たちに対して怒ってはいけない。それは端的にそれらの人たちは私達が安全に怒りを向けることのできる相手だからである。
私たちは強者に対しては戦うべきであり、他方弱者に対しては怒りは禁物である、というメッセージ。誤解されるだろうなあ。弱者とか強者とかそんな話は聞きたくないと言われそうだ。しかしもう疲れたので、明日以降、気が向いたら続けてみたい。