侵襲を受けた際の生体の反応は、よく二つのF、つまり fight or flight で言い表されるが、実は四つのFとすべきだという話である。
外界から侵襲を受けた場合、生体は非常に短絡的で原始的な反応を示すことが知られている。通常生体は通常は「逃げるか、戦うか」の選択を迫られる。Cannon (1915) という生理学者が脅威に対する反応として「闘争-逃避反応 fight or flight response」という概念を提出したのはおよそ100年前であった。それ以来この「闘争-逃避反応」は生体の侵襲に対する反応の有力なモデルであり続けてきた。そしてこの原始反応の概念には、外傷が人間に及ぼすさまざまな影響を知る上でのヒントが含まれていた。
その後トラウマに関する知見が増すに従い、心身の侵襲を受けた際の身体的な反応として、この「闘争-逃避反応」よりもう一歩詳細なモデルが示されるようになった。Bracha ら(2004)は侵襲に対する身体的な反応のプロセスを、さらにいくつかの段階に分けて記載している。そして結局二つのF(fight or flight)ではなく四つの F が関係しているとする。
その説によれば、最初は不動反射 freeze response とよばれる反応が生じるという。これは動物界に広く存在するもので、侵襲や攻撃を受けた生命体は一時的に「動きをやめ、目を凝らし、耳を澄まし」周囲を観察することで、同時に敵から見つけられる可能性を低める。その後に「闘争-逃避反応」が発動するわけであるが、生命体の自然の反応はまずは逃避であるから、本来は「闘争‐逃避 fight or flight」ではなく、「逃避-闘争 flight or fight」とすべきであろう。そして次に生じるのが、強直性不動 tonic immobility と呼ばれる反応もまた生じる可能性がある。これは英語では fright と表現すべきものであり、これはいわゆる偽死反応(「死んだフリ」)に相当する。(ややこしいことに、これを Freeze と呼ぶこともあるので注意を要する、という。)この種の反応は、昆虫、爬虫類等の下等な動物においても見られ、いわば解離の原型と考えられる(Schmahl, Bohus, 2007)。
以上の考察から、私たちは侵襲に対する反応として二つのプロトタイプを見ていることになる。第一は「闘争-逃避反応」に見られるような、相手や周囲に対する全力での攻撃(ないしは退却)という形を取る。そして第二は侵襲に対して身を硬くし、一切の動きを止めるという反応であり、上述の強直性不動がその例である。(あるいはそのような反応は意志の力を超えて、自然に起きてしまうのかもしれない。)