土居健郎と古沢平作の分析については、実はその真相に迫る資料がある。それが土居(1980)古沢平作先生と日本的精神分析. 精神分析研究. Vol.24 229₋231.)である。これは分析学会で「古沢平作とその後の発展」と題するシンポジウムが行われ、その中で土居が発表した内容となっている。この文章は土居が古沢から分析を受けて三十年足らず経過した時点で彼なりに自らの分析体験を俯瞰し、それまであまり明らかにしてこなった内情を自らの言葉で語っている非常に貴重な資料と言える。その中で特に印象深い点を抜き書きしよう。
「先ず第一に、私は先生が治療の初期から、患者に対する解釈の範囲をはるかに超えて、したがって患者の理解力をはるかに超えているにも拘らず、精神分析の理論を事細かに説明していることに衝撃を受けました。このような先生のやり方は患者にある種の名状し難い不快感情を引き起こしていますが、それに対する先生の解釈が振るっていました。先生は患者の不快感情が御自分のやり方に関係があるとは一向に考えず、それをもっぱら患者の内的変化に関係づけ、そのうえ、自分はどんなに悪感情を向けられてもそれに反応しない、とことさらに何回も言明されていたのです。」
この僅か数行ばかりの土居の記述は私にとっては古沢と土居の治療関係で起きたことのある側面について、十二分に伝えているように思えるのである。古沢はまるで教育者のように、解釈を注釈付きで患者の立場である土居に伝えたわけであるが、それ自体はこの時代ではある程度やむを得ないことかもしれない。しかしここで注目すべきは土居がそれを非常に不快に感じたということである。「このような先生のやり方は患者にある種の名状し難い不快感情を引き起こしていますが」と土居は書いてあるが、ここで名状し難い不快感情を持たない人もあろう。しかし土居の反応は不快であり、それに続く怒りであったのだ。