2026年1月8日木曜日

PDの精神療法  新たに書き直し 3

6.メンタライゼーションを促進すること


 後に述べるようにBPDの治療において中核的となるのが、メンタライゼーションに基づく治療である。患者が自らの思考や行動が他者の心にどのように映るかについて考えることを治療者は促すことで、患者の抱える対人関係上の問題をより客観的に把握する能力を育むことに努める。患者が治療者に対して挑発的になったり、怒りや被害感を表明した場合には、治療者も余裕をなくして自身のメンタライゼーションの力を一時的に損なうことになりかねない。そのような場合には治療者はそれに対する指摘や解釈を行うよりは、できるだけ患者の気持ちを語ってもらい、必要に応じて治療者自身の気持ちを表すことで互いのメンタライゼーションを高め合うことが出来るであろう。ただしメンタライゼーションを高める能力は患者により個人差があることも注意すべきであろう。


7.治療同盟を確立し、維持すること


 PDの心理療法においては患者とのラポールの成立やその維持が極めて重要であり、治療の成否を占うものであることは数多くの実証研究が共通して示していることである。上述のメンタライゼーションの促進についても、そのベースとなるのは治療者が患者に共感し、患者が治療関係を安心安全なものと感じることがその基本にある。ただし治療者は自らの共感の限界についても自覚的であるべきであろう。そのうえで成立する治療同盟は2.の設定と共存することで意味を持つことになる。

 8.逆転移感情をモニターすること
 治療者が自分が治療場面でどのような感情状態にあるかについて知ることは、力動的な治療を超えて恐らくあらゆる治療のモダリティにおいて必須である。そのために治療者は適切なスーパービジョンやケース検討の機会を利用する用意がなくてはならない。逆転移感情の主たるものが治療者自身の自己愛的な脆弱性に由来することは念頭に置いておくべきであろう。

9.トラウマの視点を忘れないこと
 現在の患者のあり方が、過去に経験したトラウマを反映している可能性があるという視点を治療者は常に念頭に置くべきであり、この視点により患者に向ける共感の質や度合いが変わることがある。無論それはすべてをトラウマで説明しようとする試みとは異なることは言うまでもない。最近の研究が示すのは、愛着不全がパーソナリティ全体にもたらす影響である。これは殊に5.に関連し、治療者は患者の攻撃性に注目すると同時に、その背後にあるトラウマに由来する痛みの表現としてとらえることにより、治療者の逆転移感情も相殺される可能性がある。

10.患者を変えようと思わないこと
 治療者が治療的なヒロイズムに陥り、患者の不適応的な側面を改善しようとしたり、パーソナリティの構造的な変化を目指したりすることは、時には患者に多大なストレスとなる。患者が発達障害傾向を有する際には、特的のものの見方や行動パターンを変えることは自分の感覚を失うことに匹敵するような意味を持つ。


2026年1月7日水曜日

PDの精神療法 新たに書き直し 2

 10の留意事項 

PDに対する心理療法を行うにあたり心がけておくべきことをGabbard2017)は実証的な研究と脳科学的な研究からいくつかの項目をあげて論じている。これらは主としてBPDの治療に向けられたものであるが、広くPD一般に通じるものと考えられる。またどのような治療のモダリティについてもおおむね妥当なものと考える。これら筆者が必要と感じる項目を加えて以下に述べる。

1.柔軟性を保持すること
 治療者が自らの治療指針を持つのは大切であるが、それまでの訓練に基づいて身に着けたアプローチの仕方や治療技法は、具体的な患者のニーズに合わせて柔軟に用いるべきであろう。洞察を促す探索的なアプローチと、安全で安心な治療関係を促進する支持的なアプローチはその時々で臨機応変に使い分けられるべきである。BPDの治療に際しては治療者が情緒的に揺さぶられることも多く、治療構造を守ることの重要性は言うまでもない。患者の求めに応じて治療構造を崩すことは時には悪性の退行を促進するが、それを警戒することで初心の治療者が過剰に防衛的になる傾向には気を付けなくてはならない。治療者の防衛的な態度は患者にとっては冷淡で反応に乏しいと思われがちになる。精神療法はいわば治療者と患者との「ダンス」であり、そこで患者が持ち込む様々な関係性のパターンを治療者は体験することになるが、それに押し流されることなく、治療者が自発性を発揮することも意味がある。


2. 精神療法を実行するための設定を確立すること

 治療の開始に際し、治療関係が患者にとっても治療者にとっても安全が確保されるべきものとなるように、いくつかの設定や約束事を行うことは重要である。守秘義務が守られるという保証を与え、料金の支払いや時間の設定が守られるべきこと(いわゆる「限界設定」)、また患者の差し迫った自殺や他害の危険性に対しては警察への通報や入院の手配も必要となる可能性があることを伝えておく。セッション間の電話などによる通信に関しては治療スタイルにより異なる対応がなされるが、遅刻ややむを得ぬキャンセルの通知なども含めた緊急時の連絡が可能な何らかの手段を設けておく必要があろう。そのことは患者が治療者に理解され抱えられる感覚を得るためには重要である。これらの設定を設けることは、治療者が恣意的ないしは懲罰的に患者に対する限界設定を行っているという誤解を防ぐ意味でも重要である。

3.受け身的なスタンスを回避すること
 
 治療者は受け身的なままにとどまらず、患者が目をそらそうとしていることに注意を促す必要がある。治療者は患者に、変化を起こすためには努力が必要であるということを伝え、よりよい刺激や現実の提供を行うことに治療者は積極的であるべきである。そして患者が自分の心について、そして他者の気持ちについて考えることへの努力が必要である点を強調する。ただしこのことは患者の過去のトラウマの記憶への直視を促すことを必ずしも意味はしない。(第10か条に関連)

 4.治療者は「悪い対象」となるという役目も引き受ける用意を持つこと

 患者の多くはわずかな切っ掛けに反応し、治療者に怒りを向けることがあることがあり、特にBPDにおいては半ば生物学的に定められていることでもある。治療者は客観的、中立的な存在のままでいたいという願望を放棄し、言わば「程よく悪い対象 bad-enough object」となることをいとわないことも重要である。患者から怒りや攻撃性を向けらた時に最低限の情緒反応を有する「生きた人間」としての姿を保つことで、無反応な治療者を力ずくで動かしたいという患者の試みを回避することが出来るかもしれない。ただし治療者は自らが感情的になりすぎていたことに気が付いた時点で、その旨を患者に伝えるだけの心の余裕も持たなくてはならない。


5.患者の怒りの背後にある痛みに共感すること
 患者からの挑発に怒りで返すことは、BPDの患者の過去において繰り返された対象関係に加担することになる。むしろその背後にある患者の傷付きに注目すべきである。従来の精神分析的な考え方では、患者が本来有する攻撃性を指摘し解釈することが有効であるとされるが、これには多くの例外がある。特に患者のトラウマや自己愛の傷つきがその怒りの背後にあることを見出すことで、治療者は患者の怒りが自分への個人攻撃ではないことに思い至り、それらへの共感を示すことで、治療関係が情緒的な意味での「相転移」を起こすことがあることを知るべきである。



2026年1月6日火曜日

PDの精神療法 新たに書き直し 1

 この依頼論文、正月休みで少し余裕があるので、いろいろいじくりまわしている。エッセイ風にならないように気を付けている。

PDの精神療法

 本号(精神科医にとっての精神療法の特集号)の中で、本章は「Ⅲ さまざまな精神疾患に対する精神療法」の第13番目として位置づけられる。扱う対象はパーソナリティ障害であるが、他章の統合失調症やパニック症、摂食症などと比較して、DSM-5のカテゴリカルモデルに従っただけでも10の障害を含む大所帯であり、とても網羅的な解説をする余裕はない。そこでまずPDの精神療法についての概説を述べ、その後に境界パーソナリティ症、自己愛パーソナリティ症、発達障害および複雑性PTSDに限定して各論を論じることにしたい。(発達症および複雑性PTSDはパーソナリティ障害としては分類されないが、これらが本章で特筆すべき価値はあるものと考える。)

1)概論 

見立てと診断

パーソナリティ障害(personality disorder, 以下PD)の分類に関しては、現在DSM-5(2013)の本体部分(第Ⅰ部)に示されたいわゆるカテゴリカルモデルと、DSM-5の第Ⅲ部及びICD-11(2022)に示されたディメンショナルモデルが並立して存在する。それぞれのモデルが示すPDの分類にはかなりの相違があるが、それが示すのはPDに関する概念上の混乱というよりは、そもそもPDの臨床的な表れが極めて多様性や流動性を帯び、一律に論じることが出来ないという現実を示していると言えよう。またPDを有すると考えられる患者の多くは併存症を有しているため、その治療目的や改善の表れを論じる事の難しさが加わる。

 医師はインテーク面接では患者の訴えに静かに耳を傾けながら、その抱えている問題の全体像の把握に努める。患者はそのPDにより自ら苦痛や社会的、職業的な困難さを抱えているであろう。しかし実際に訪れる患者は「私には〇〇などのパーソナリティの問題がありまして・・・」と訴えるわけではない。大抵は具体的な対人関係に悩まされているという事情や、周囲(家族や友人や同僚)から受診を薦められた経緯を話すことから始まるが、自分が有している可能性のあるパーソナリティの問題には比較的無自覚である。そしてPDの全貌はこれまでのライフヒストリーにおいて繰り返されて来たパターンや家族や同僚などからの副次的な情報により推察されたり、治療関係の中で再現されたりすることで徐々に明らかになっていくことが多い。 
 そのようにして与えられた情報からその「認知、感情、対人関係、衝動の制御」(DSM-5)に基づくPDの診断を考慮することになるが、その際に従来の臨床家なら、DSMの10のカテゴリーが頭に浮かんでいるかもしれない。しかし現代の精神科医はもう一つの考える指針を手にしている。それは上述のディメンショナルモデルに掲げられたいくつかの「特性」を手掛かりにするという方針である。その際は患者が「どの」PDに当てはまるかを特定する必要はない。その代りPDの深刻さの程度(軽度、中等度、重度)と顕著な特性をいくつか挙げることになる。
 特性 trait に挙げられるものはDSMー5とICDー11で多少の差はあるが、後者に従うならば否定的感情(鬱・不安などのネガティブな感情が支配的である)、離隔(他者との対人的・情緒的距離を保つ)、非社会性(他者の権利や感情を無視する)、脱抑制(唐突に行動する)、制縛性(強迫的な思考、行動パターン)の5つである。さらにはそれらに並んでボーダーラインパターン(不安定な対人パターンや衝動性、見捨てられ不安)が加えられている。
 しかし現代的な視点からは、ここに新たに二つの要素が加わる可能性がある。それは最近臨床家の間で急速に関心が高まっているASDやCPTSD(複雑性PTSD)に関連したパーソナリティ傾向である。むろんこれらは特性の文脈からは、ASDにおいては、否定的感情、離隔、制縛性などが、そしてCPTSDにおいては否定的感情、離隔などが顕著な特徴として表わされるであろうが、ICD-11においてボーダーラインパターンがいわば「準特性」として挙げられているのと同様、神経発達障害やトラウマ関連障害に由来するものとして臨床的なフラッグを立てておくことで患者のPDを評価するうえで有用と考えられる。なおこの点は以下の10か条でも言及するが、実際にASDやCPTSDがパーソナリティ特性との関連についての研究はすでに行われている(Hopwood, 2013, Lai, van der Kolk, 2014, MC et al, 2019, )。

2026年1月5日月曜日

PDの精神療法 書き直し 13

 最後に

本章ではPDについての精神療法の総説的な解説を行った。精神療法家は患者の病態の理解や見立てを行う上で診断的な理解をある程度必要とせざるを得ない。しかしPDの概念は今なお流動的で、今後も更なる発展や変化を経る可能性を秘めている。カテゴリカルモデルとディメンショナルモデルはそれぞれ一長一短があるものの、その共存はさらなる混乱を招きかねない。本稿ではその際に患者が有するボーダーライン傾向、トラウマの影響、そして発達障害の影響を脳裏に持ちつつ、その治療に取り組むことを示唆した。冒頭にも述べたとおり、PDの治療はあらゆる病態の治療と同様に、患者という人間と治療者とのダンスにたとえられ、柔軟にかつブレない姿勢が求められることは、ダンスと同様である。その踊り方の指針としていくつかを示したことになるが、臨床家にとって少しでも参考になることを祈るばかりである。


2026年1月4日日曜日

PDの精神療法 書き直し 12

 2)自己愛性PD

自己愛性PD(以下、NPD)の患者はその性質上自発的に精神療法を求めることは多くはなく、しばしば他の精神疾患に伴う形で治療場面に表れることが多い。しかし自己愛の問題を抱える患者は多く、その治療論に関する歴史的な経緯を知っておくことは重要であろう。
 NPDに対する精神療法的アプローチはBPDの治療理論と共に発展した。1970年代よりHeinz Kohut (1971) Kernberg (1975) がそれぞれかなり異なる治療論を提出して論争となったという経緯がある。Kohut は自己愛を本質的に健全なものと考え、患者が幼少時に親から十分な共感を得られなかったことによる「自己の断片化」がその病理につながると考えた。そして治療においては患者の体験の肯定的な側面により多くの注意を払い、共感的なアプローチの重要さを強調した。また治療の目標は適切な「自己対象」を見出す助けとなることであると考えた。
 それに対してKernberg は患者の示す理想化をスプリッティングを伴う防衛とみなし、患者が有する貪欲さと要求がましさに注目し、それらに対する直面化の重要性を説いた。Kohutと異なり、Kernberg はむしろ患者の示す否定的な側面への直面化を重視することになる。
 このようにKohut と Kernberg はやや対照的な治療論を展開したが、現実の治療ではこれらのいずれかに偏ることなく、患者の言葉に耳を傾け、転移と逆転移の発展を観察し、その時々の介入に対する患者の反応に注目しながら治療を進めていくべきであろう(Gabbard, 2014)。なおNPDの治療に関してもメンタライゼーションの見地からの治療の有効性が示されている。(Ritter K, Dziobek I, Preibler S, et al 2011, Choi-Kain, LW. Sebastian Simonsen,S et al: 2022)

3)CPTSDに関連したパーソナリティ傾向

 近年では幼少時のトラウマがPDのスペクトラムの根本に存在しているとも言われる(Lanius, et al、2010 ショア書評本の435)それに関連して近年ICD-11(2022)に記載されたCPTSDにおいては、PTSD症状と共にいわゆる自己組織化の障害(Disturbance of Self-Organization、以下DSO)、すなわち感情のコントロールの困難さ、否定的な自己概念、対人関係の困難さが診断基準として挙げられている。これらはPDに準ずるものと見なすこともできよう。CPTSDの治療アプローチとして我が国に紹介されたものを二つ紹介しておく。

 ピート・ウォーカーPete Walker は自身がCPTSDの体験を持ち、治療者としても長年このテーマに取り組んできた立場から、CPTSDは単なる「反応」ではなく、持続的な対人侵害や見捨てられ体験を反映した習慣性の反応として理解されるべきだとする。そしてCPTSDの典型的な特徴として、感情調整困難・自己価値の低下・対人関係での不安・羞恥・怒りの爆発などを挙げる。これはPTSDの標準的症状(再体験・回避・過覚醒)を超えて、人格や相互関係のあり方全体を変える影響を持つとする。ウォーカーは、CPTSDの回復において次のような要素を重視している。それは安全な治療関係(安全基地の提供), 感情フラッシュバックの理解と管理などである。またCPTSD特有の emotional flashbacks(感情的フラッシュバック)は、過去の関係パターンに侵されるように現在の生活に現れる。これを理解し、自覚→距離化→対応スキルへとつなげることが治療の中心となる。
ウォーカーはCPTSDの多くの問題を「アタッチメントの不全」と関連づけている。これは、幼少期の不安定なケア経験が人間関係の学習機会そのものを奪った影響として説明される。身体面や情動面への介入 ただ認知を変えるだけでなく、身体感覚・情動体験を統合し、自分自身を取り戻すプロセスが中核にある(実際のスキルとしてはジャーナリング、呼吸や緩和技法、情動ラベリング等が用いられる)。 アリエル・シュワルツ(Arielle Schwartz)はCPTSDに対する統合的・身体と心をつなぐ治療モデルを提示している。彼女は複数の治療技法を組み合わせた マインドボディアプローチを提案する。 シュワルツのアプローチは、CPTSDをただ認知の問題としてではなく、身体の反応と精神の連動として治療することに重きを置く点が特徴的である。トラウマは単に思考や感情の問題ではなく、自律神経や身体感覚に刻まれているという立場から、マインドフルネス、ポリヴェーガル理論の応用、身体介入などを統合する。

2026年1月3日土曜日

PDの精神療法 書き直し 11

  1)BPDの精神療法

BPDの精神療法に関しては、これまでにさまざまなアプローチが提案され、その効果についてのエビデンスが示されているものも多い。いわばあらゆる治療法が効果的となりうるという印象を受ける。しかし一貫して言えるのは、そこでの治療同盟のあり方が最も重要なファクターであるという事である。またそれらはBPDの脳内基盤である扁桃核の機能亢進とそれに伴う前頭前野の活動の低下を緩和する方向に働ているとみなすことが出来る(Gabbard, 446)。ただしBPDの精神療法の効果について論じることの難しさは、患者の多くがうつ病などの併存症を有していることにある。Fonagy, 206)
現在BPDの治療として無作為化対照比較試験 (RCT)による有効性が確かめられているのは複数あるが、このうちのいくつかについて、以下に述べる。
MBT(mentalization-based therapy メンタライゼーションに基づく治療)の治療の要は、患者のメンタライゼーション機能の強化である。治療者は患者の子供時代の安全な愛着体験が相対的に欠如していた可能性への認識を持ち、明確で首尾一貫した役割イメージを保持し、自分自身と他者の行動が内面の状態により動機付けされることについての患者の体験的な理解の促進に努める。それにより可能な限り自己及び他者に関する多様な視点の可能性を示すのである。(Bateman and Fonagy, 2004)。フォナギーは特にMBTにおいて患者が自分の姿を治療者の心に見出す能力を高めると表現する(Fonagy, 1999)

Fonagy P (1999) The process of change, and the change of processes: what can change in a "good" analysis? Keynote address at the spring meeting of Division 39 of the American Psychological Association,NewYork, Apri,1999.

Bateman AW, Fonagy P(2004)Psychotherapy for Borderline Personality Disorder: Mentalization-Bsed Treatment. Oxford, UK,Oxford University Press.狩野力八郎、白波瀬丈一郎監訳 (2008) メンタライゼーションと境界パーソナリティ障害 岩崎学術出版社.

TFP(transference-focused therapy 転移焦点付け療法)Otto Kernberg (1984) BPDの精神分析的な治療概念に基づき発展した(Clarkin et al 2007) 。TFPでは心的表象は内在化された養育者との愛着関係に由来し、治療者との間で再体験されるという理解に基づく治療を行い、その点はMBTの類似する。主たる治療技法は、患者と治療者との間で展開する転移関係の明確化、直面化、および解釈であるが、特に治療早期から、転移の中でも特に陰性転移が扱われる。セッションは週2回行われ、治療契約と明確な治療の優先順位に基づいて構造化された枠組みを持つ。なおこのTFPはBPD治療を目的として始まったが、他の障害を持つ患者についてもその対象を広げている。

Clarkin, J.F., Levy K.N., Lenzenweger M.F. et al .: Evaluating three treatments with borderline personality disorder: a preliminary multi-wave study of behavioral change. Am J Psychiatry 164(6);922-92. 2007
Kernberg, O.:Severe Personality Disorders: Psychotherapeutic Strategies. Yale Univ Press 1984(西園昌久: 重症パーソナリティ障害―精神療法的方略. 岩崎学術出版社, 東京, 1997)

DBT(Dilalectic behavioral therapy 弁証法的行動療法)は米国のMarsha Linehan (2006) により自殺傾向の強いDBTの患者を対象に開発された認知行動療法の一種である。米国精神医学会によりBPDの治療として推奨されているが我が国での普及は十分とは言えない。DBTにおいては患者は問題解決のための感情調節のスキルを学ぶとともに、自身に対する妥当性を承認される環境を与えられる。治療は個人療法とグループスキルトレーニングなどの複合的な構造を有し、このうち後者ではマインドフルネス・スキル、対人関係保持スキル、感情抑制スキル、苦悩耐性スキルを高めることが目指される。

Linehan M.M., Comtois, K.A., Murray, A.M. et al. :Two-year randomized controlled trial and follow-up of dialectical behavior therapy vs. therapy by experts for suicidal behaviors and borderline personality disorder. Arch Gen Psychiatry 63(7);757-766. 2006

遊佐安一郎、 宮城整ほか (2019) 感情調節困難の家族心理教育―境界性パーソナリティ障害,神経発達障害,摂食障害,物質関連障害,双極性障害などで感情調節が困難な人の家族のために― 精神経誌 第121巻第2号 pp131ー138

DDP(Dynamic Deconstructive Psychotherapy 力動的脱構築精神療法)は、BPDの社会での対人関係に焦点づけられた精神療法である。この治療法は、対象関係理論や神経科学、脱構築哲学などを盛り込んだ治療指針を有し、問題解決やアドバイスではなく、問題の背後にある脆弱さに注目し変革的な癒し transformative healing を提供するものとされる。週に一度のセッションだけでなく、毎日の対人交流シートを活用することを求められる。
Gregory RJ,De lucia-Deranja E, MogleJA (2010) Dynamic deconstructive psychotherapy versus optimized community care for borderline personality disorder co-occurring with alcohol use disorders: 30 months follow-up. J Nerv Ment Dis 198:292-298.


2026年1月2日金曜日

PDの精神療法 書き直し 10

  6.メンタライゼーションを促進すること

後に述べるようにBPDの治療において中核的となるのが、メンタライゼーションの能力、すなわち他者の思考や行動を理解する力であり、その上で自分自身の思考や行動が他者の心にどのように映るかについての理解である。そこでは例えば患者の挑発的な言動について、それを咎めたり早計な解釈を行ったりするのではなく、外界の他者ないしは治療室における治療者にはどのように映るかについて率直に話し合うということである。

7.治療同盟を確立し、維持すること。 PDの心理療法においては治療関係やラポールの成立や維持が極めて重要であり、治療の成否を占うものであるともいえる。このことは数多くの研究が共通して示していることである。上述のメンタライゼーションの促進についても、おそらくそのベースとなるのは治療者が患者に共感し、かつその限界についても自覚しておくことであろう。治療者と患者が相互に自分ないし相手の共感が有限であることを受け入れることは治療の重要なステップと考えられる。

 8.逆転移感情をモニターすること治療者が自分が治療場面でどのような感情状態にあるかについて知ることは、力動的な治療を超えて恐らくあらゆる治療のモダリティにおいて必須である。そのために治療者は適切なスーパービジョンやケース検討の機会を利用する用意がなくてはならない。

9.トラウマの視点を忘れないこと。今の患者のあり方が過去に経験したトラウマを反映している可能性があるという視点を保ち続けることで、患者に向ける共感の質や度合いが変わることがある。もちろんそれはすべてをトラウマで説明しようとする試みとは異なることは言うまでもない。最近の研究が示すのは、愛着不全がパーソナリティ全体にもたらす影響である。これは5にも関連し、治療者は患者の攻撃性に注目すると同時に、それが背後にある傷付きの問題をとらえることによりそれが必要な分だけ相殺される事への自覚が必要であろう。

10.患者を変えようと思わないこと。治療者が治療的なヒロイズムに陥り、患者の不適応的な側面を改善しようと試みることは、時には患者に多大なストレスとなる。患者が発達障害傾向を有する際には、特的のものの見方や行動パターンを変えることは自分の感覚を失うことに匹敵するような意味を持つ。