2026年7月16日木曜日

甘え 推敲 10 

  土居健郎と古沢平作の分析については、実はその真相に迫る資料がある。それが土居(1980)古沢平作先生と日本的精神分析. 精神分析研究. Vol.24 229₋231.)である。これは分析学会で「古沢平作とその後の発展」と題するシンポジウムが行われ、その中で土居が発表した内容となっている。この文章は土居が古沢から分析を受けて三十年足らず経過した時点で彼なりに自らの分析体験を俯瞰し、それまであまり明らかにしてこなった内情を自らの言葉で語っている非常に貴重な資料と言える。その中で特に印象深い点を抜き書きしよう。

「先ず第一に、私は先生が治療の初期から、患者に対する解釈の範囲をはるかに超えて、したがって患者の理解力をはるかに超えているにも拘らず、精神分析の理論を事細かに説明していることに衝撃を受けました。このような先生のやり方は患者にある種の名状し難い不快感情を引き起こしていますが、それに対する先生の解釈が振るっていました。先生は患者の不快感情が御自分のやり方に関係があるとは一向に考えず、それをもっぱら患者の内的変化に関係づけ、そのうえ、自分はどんなに悪感情を向けられてもそれに反応しない、とことさらに何回も言明されていたのです。」

この僅か数行ばかりの土居の記述は私にとっては古沢と土居の治療関係で起きたことのある側面について、十二分に伝えているように思えるのである。古沢はまるで教育者のように、解釈を注釈付きで患者の立場である土居に伝えたわけであるが、それ自体はこの時代ではある程度やむを得ないことかもしれない。しかしここで注目すべきは土居がそれを非常に不快に感じたということである。「このような先生のやり方は患者にある種の名状し難い不快感情を引き起こしていますが」と土居は書いてあるが、ここで名状し難い不快感情を持たない人もあろう。しかし土居の反応は不快であり、それに続く怒りであったのだ。

2026年7月15日水曜日

甘え 推敲 9

● ルドルフ・エクスタインの言葉で言えば、終結では「基本的な結合」(要するに母子密着)が幻覚的に体験されるが、それは同時に基本的な分化であり「自分がある」状態となる事である。

● 終結においては治療者は甘えを許しているが、甘えさせてはいない。これは現実原則に従う甘えであり、患者の側は甘えの充足は一時的であることを知っているので、結局ナルチシズムには逃げ込まない。

 以上はかなり土居の表現を借りた説明であったが、このプロセスについて私自身の言葉でまとめてみよう。先ず最後に出てくるという「素直な甘え」については、土居の主張は分からないでもないが、私自身は多少混乱を感じる。というのも乳幼児における純粋無垢な「素直な甘え」とは違い、治療終結期に見られる甘えはかなり現実を知った上での、いわば成熟した甘え、大人の甘えと呼ぶべきものではないかと思うのだ。

 さてこのプロセスは生物学的にみても意味を持つ。アランショアが論じるように、生下時の右脳優位の体験はそもそも自他未分化の世界である。そこでは母子の右脳どうしの同調が生じ、乳児は母子一体を体験する。これはウィニコット的には「母親の原初的没頭」における「錯覚」、エクスタインの「基本的な結合」の状態である。
 愛着関係において錯覚→脱錯覚を体験できると、自分は自分は世界から肯定され生きるに値するのだという幻想を持つようになる。これはかなり生物学的なプロセスであり、前頭葉と皮質下をつなぐ重要な配線のが形成されることであろう。そしてここで達成されるのは基本的な二者関係、reciprocity の成立であり、相手の心に自分を見出し、自分の心に相手を見出す能力である。


2026年7月14日火曜日

甘え 推敲 8

 さてここからは土居による治療論について論じる。おおむね言えることは、土居についての精神分析はそのまま甘えの理論であるということだ。一言で無意識内容や無意識的葛藤と言っても、様々なものが考えられるであろうが、土居は無意識的葛藤として3つを提示し、それらすべては甘えに関与しているかのような記述を行っている。そしてそれぞれについて、精神分析により至る洞察は明確に示されている。それは以下のとおりである。

三つの無意識的葛藤
土居「無意識的葛藤は3つに分かれる。それぞれに洞察を得ることで症状や問題は消失し、終結に至るとする。そしてそれらを以下に分類する。
1.甘えたいが、甘えることは自分の弱さをさらけ出すことなので出来ない(男性に多い)。  ⇒ 甘えることは致命的な弱さではないという洞察。
2.いくら甘えても、甘えだけでは足りないと感じる(女性に多い)。
     ⇒ 甘えることによって何かを自分にほしがっても無駄であるという洞察。
3.甘えることを知らず人を避けようとする(男女を問わない)。
     ⇒ 甘えても裏切られるとは限らない、という洞察。

先ずこれを読んだ読者はどう思うだろうか?一つ明らかなことは、土居はある意味で精神分析に真っ向から対峙しているということである。ただし無意識や葛藤などのタームを用いているということは、土居は精神分析そのものの存在意義に対して反対しているわけではない。そうではなくフロイトが打ち立てた理論とは明らかに別の路線を提案していることになる。そしてその意味では土居はフロイト自身と対峙しているということが言えるだろう。

 その上で土居は人間の精神の発達について、以下のようなアウトラインを論じている。(ちなみにこれらは土居(1961)の「精神療法と精神分析」(p195~)からかなり逐語的に引用してまとめたものである。


  • 物心が付き始めた幼児は、受け身的対象愛が満足されないことによる葛藤をすでに持っているので、それを意識的に満足させようとして甘える。

  • ただしこの時期に愛情不足がはなはだしいと、自分に甘えるナルチシズム(自己愛)が発生する。それが憤怒や憎悪や自己卑下に転嫁する。これが強いと去勢不安とペニス羨望を越えられない。

  • 治療中は甘えられない葛藤が、拘り、拗ね、僻み、捻くれ等で表現される。

  • そして治療により葛藤が順次に解決されて行けば、最後にバリントの言う受け身的対象愛が純粋な形で出てくる。これはナルチシズムの核が破れた、不安の伴わない素直な甘えの出現である。



2026年7月13日月曜日

甘え 推敲 7

  サンフランシスコで分析のトレーニングを開始した土居は、ライダーとの教育分析について以下のように語る。  「私の体験したことはあまりにも身近なことであるために、いまだこれを十分に整理することが出来ませんし、またこれを整理されないまま生の形で皆さまにお話しすることは、私にとってあまりにも苦痛の多いことでございます。従って詳細は控えますが、ただ結果だけを述べますと、私は予定のコースを完了することなく1956年に帰国したのであります。」

「これには種々の外的事情も関係していますが教育分析の観点から言えば、これを打ち切ることが唯一の解決であるという行き詰まりに逢着したためであります。実際このことは私の精神に深大な効果を及ぼしました。私はそこから逃げようとしていた現実にいやおうなしに直面することを強いられましたし、そのためにいまだかつてなかった不安を経験しました。」(精神分析研究、1958) 

しかしこの帰国は分析家からの助言に基づくとも言っている。

「かくして分析医 Norman Reider の助言により一年後に帰国したが、実はこのような絶体絶命の境地に至って私は初めて『甘え』理論を構築することが可能になったのだ。」 そして教育分析で、最初は「傷ついた獣のごとき心境に陥ってしまった。しかし私は次第にその傷の意味を理解し、それによって真に精神分析を理解するに至ったと思っている。実に本書執筆の最大の苦闘は、教育分析に引き続く自己分析の完成にあったのである。」(精神療法と精神分析、1961、P2)

 帰国後土居はそれについてその後語ろうとしないが、「分析しても終わらない」という考えを重視していたところは興味深い。

「私は『実際上健康と目される人間の分析が未完成に終わることはやむを得ない』というフロイトの言葉を思い出します。」(分析研究、1968、p110)

「屈折した甘え」とは土居先生自身だったのではないだろうか。

「だいたい私自身、私の中にひそむ甘えを自分の分析の中で自覚するのでなければ、甘えの重要性を認識するに至らなかったということが出来ます。」(土居、1968 vol 14 No3 選集2p117) 


2026年7月12日日曜日

甘え 推敲 6

 ここからはある意味での the making of Amae にお付き合いいただきたい。これなしではおそらく土居の甘え理論の真意を掴めないからだ。  話は土居が1950年に内科から精神科へ転向した時点にさかのぼる。土居は内科医として出発したが、そこで多くの内科の患者が神経症を抱えているのを知り、心の問題に興味を持ち、聖路加病院内の米国陸軍病院の図書館で「精神身体医学」についてむさぼり読み、これが自分の求めているものだと感じたという。そこで土居は米国留学のガリオア奨学金を獲得し、それを喜んだ古沢の推薦でメニンガーに2年間留学する。ちなみにこの時の体験が「甘えの構造」を各出発点となっている。そしてこの期間中にメニンガーに在職していたルドルフ・エクスタインの講義を受けて感化されるのだ。  留学中に土居は古沢からの誘いで「通信分析」を帰国するまで一年おこなう。 1952年に帰国した後は古沢から分析ではなくSV(監督分析)を受けたが、1954年より「暗礁に乗り上げ」「患者の治療上の技術に関しての意見の相違が起き」、さらに「もっと全面的な相違に発展した」という。 以上引用は「土居:われわれはどんな風に精神分析を学んできたか 精神分析研究 選集 1 Vo.5.No 6 1958」に見られる。  この時の土居と古沢の間の葛藤は詳しく語られていないが、ある意味では次の土居自身の言葉でその様子を垣間見ることは出来るのではないか。 「(古沢)先生は分析としての立場から私のこのような態度を分析的に理解し、同時に私をどこまでも容認しようとなされましたが、私にはそれがまた我慢できない事でありました。私はついに先生を離れて再び米国に留学し、かの地で始めから教育分析を受けてみようと決心するに至ったのであります。」(土居、精神分析研究 Vol.5₋6 1958) 「『自分が米国に行くのは、古沢先生の治療態度について、別の分析医との接触によって疑問を解くためだ』と言って(土居先生は)米国に旅立った。」(小此木 精神分析研究 選集 2 2005年 p112)

 ちなみに私は土居先生(急に「先生」付きになる)はこだわりがあり、頑固な人だったと思う。自分の主張に固執なさる。ある時土居先生は私が著作の中で「患者さん」という表現を用いているのを慇懃無礼だと仰った。それはそうかもしれない。しかしこれは一種の好みの問題であり、人それぞれではないだろうか。


2026年7月11日土曜日

甘え 推敲 5

 土居の甘え理論は先駆的であったか?

この時点で冒頭で示した問いを発しよう。土居の甘えの理論は普遍的に存在する問題であると言えることは示した通りである。しかし現在の精神分析理論においてどのくらいこの理論は貢献しているのであろうか。このテーマを論じることは容易ではないが、まずここで現在において甘え理論に一番関係のありそうな理論について紹介しよう。それは英国の分析家ジェレミー・ホームズの提唱した「愛着を基盤とした精神療法」( attachment-informed psychotherapy, AIP)である。

愛着を基盤とした精神療法 AIP  (attachment-informed psychotherapy)by Jeremy Holmes

 以下に簡単にこの療法の特徴について述べよう。
 まずこの治療法においては治療者―患者の同期 synchronyが重視される。生物行動学的同期こそが治療においてmutative moment で重大な影響を及ぼすのである。
そのために radical acceptance を重視する。これは徹底した受容、とでもやくせるであろうが、また無条件の受容と言い直すことができるであろう。つまり甘えの考えに近いわけである(ただしホームズ自身は土居の甘えの理論に言及しているわけではない。)
 またこの療法では患者の情動的な関係性の世界の validation を、解釈に先立つものとして重視するのである。そしてメンタライゼーションは前頭葉-扁桃核の連結を促進する。治療者に必要なのは sensitivity である。
 そしてここでメンタライゼーションの項目が出てくるように、同様の考えはピーター・フォナギーやアラン・ショアによっても支持されている。
 このように愛着に基づく精神療法では、治療とは愛着関係を再現し、そこで治療者・患者の間の心の、生理作用の、脳の同期化を目指すものである、というのがフォナギーやショアやホームズの主張であった。
 この理論に従った場合は、精神療法における治療関係はある種の愛着関係の再構築としてのニュアンスを持つことが示唆される。これは従来の精神分析における解釈を中心とした認知的なプロセスをその治癒機序として考える流れとは大きく異なる方向性になる。
 でははたして土居の理論は、これらの流れに先駆する理論であったのか?その答えを以下に探ることになるが、多少結論を先取りするならば、もし愛着に元ずく精神療法が愛着関係を取り戻すという方向であるならば、おそらく土居の方針はそれとは大きく異なり、むしろ真逆なところすらある。土居が繰り返し言うように、本当の意味での甘えは実現しないということを理解することが治療であるという考えを彼は持っていたからだ。しかしそれはどのような意味なのだろうか?以下に述べるように、土居は治療の最後には「素直な甘え」が登場すると言っている。つまり素直な甘えを治療者に表現することになるわけだ。でもこれは甘えを満たす体験ではない、とも土居は言う。ここの関係はいったいどうなっているのだろうか?
あるいはもう少しわかり易く言うのであれば土居は周囲に厳しく、あまり「甘え」を許してくれなかったという印象を抱く人が多い。(土居はむしろ好戦的だった???)
 土居は「とろかし」の古沢との分析になぜ行き詰ってしまったのか?(彼の甘え願望は古沢によっては満たされなかったのだろうか?)
結局土居は患者を「甘えさせた」のか、「甘えさせなかった」のか?


2026年7月10日金曜日

甘え 推敲 4

土居と同じ路線のウィニコットの脱錯覚論

 土居のこの議論はウィニコットのそれとほぼ重ね合わせることができる。「原初的没頭」にある母親が、乳児の欲しいものを差し出すことで、乳児は自分がそれを魔術的に創造したという錯覚を起こし、それが乳児の万能感を持つ。乳児は徐々にそれが叶わないことによる「脱錯覚」を体験することで、対象としての母親を見出し、現実を知る事になる。 「まだ一度も授乳を経験したことのない赤ん坊を想像してみよう。空腹感が生まれ赤ん坊は何かを思おうとしているところである。赤ん坊はニードから満足の源を想像する用意がある。だがしかし,そこで何が期待できるかを赤ん坊に示すための体験がまだない。もしこの瞬間に母親が赤ん坊が何かを期待しかけているところへ彼女の乳房を置いてやるなら,そしてその子に十分な時間が与えられ多分匂いの感覚とともに,口や手であちこち触りつくせるなら,赤ん坊はちょうどそこに見つけられたものを‘創造’したのである。ついに赤ん坊は,現実の乳房がまさしくニードと貪欲さそして原初的な愛の最初の衝動から創り出されたものであるという錯覚を得る」(Winnicott, 1964,p.90)

 ほぼ同様の文脈でフェレンツィやバリントは「一次愛」や「受身的対象愛」について論じた。土居は精神分析の世界でも、彼らの概念が「甘え」に相当するものであることを知った。

 フェレンチが「タラッサ」において提出し、更にバリントにより引き継がれた受け身的対象愛 passive object love(Balint,1968, Ferenczi,1924)の概念は「他者から愛されたい願望」として表現されるが、土居はこれが事実上甘えについて論じているとし、バリントも土居との文通の中でそれを肯定した。後にバリントはこれを primary love と言い換え、土居はこれを「最初の愛」「根本愛」などと訳した。このように考えると土居の言う「甘え」は普遍的に存在すると考えざるを得ない。