ここで改めて成田先生は関係論的かと問うてみよう。私はそうだと思う。それは成田先生が自分の考えを患者に伝えることに非常に重きを置いているからだ。成田は「自分の精神療法の二大原則は、『困ったときは正直に言う』、『わからないことは患者に聞く』です。」((成田(2023) 講演「質問に応えて」2023年6月17日 倭木の会)同 p.3)という。 成田が掲げているこの二つの原則は、それ自体が彼の臨床感が極めて相互交流的 interactive であることを示している。もちろん成田はいかに患者に共感するかを第一に考えているのであろう。しかし彼は心理療法を抽象的に捉えるのではなく、どのように患者にとって役に立つかを常に考えている。それがこれらの二つの原則の意味するところであり、受け身的に話を聞くことは、効果的に患者に言い、患者に尋ねるための手段というニュアンスがある。 従来の精神分析では治療者が自分のことに目を向けたり、自分を語るのに非常に抑制がかかっていた。それは精神分析的療法それ自体が受け身性を基礎としていたからであろう。自由連想を促すことにより、自然と無意識内容が浮かび上がってくる、そして治療者が余計な口出しをすることはその無意識内容にバイアスをかける事につながるというのが精神分析である。
岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2026年10月6日火曜日
2026年10月5日月曜日
成田先生のこと 推敲 5
①「自分の精神療法の二大原則は、『困ったときは正直に言う』、『わからないことは患者に聞く』です。」(同 p.3)
②「私は他人を羨望するという感情をあまり自覚していません。他人と自分を比較するという発想もあまりしたことがない。」(同 p.5)
③「それであなたはどうするつもりですか?」成田善弘(2012) 精神療法の深さ‐成田善弘セレクション 金剛出版,p.225
特に②に関しては色々考えさせられる。成田の治療者としてのたたずまいの素晴らしさはその謙虚さ、あるいはそれと表裏一体の「自信のなさ」が関係しているように思う。そしてそれは羨望があまり湧いてこないという恐らく成田本来の性格的な特徴が関係しているのであろう。ということはもうこれは知識やテクニックを越えた一種の資質の問題であることがうかがえるのだ。 これらをうまく使って文章を組み立てる。
2026年10月4日日曜日
成田先生のこと 推敲 4
ここで先生のよく知られた概念である「心の井戸」と「その場の雰囲気さん」について述べたい。
2026年10月3日土曜日
成田先生のこと 推敲 3
このように考えつつ成田の著作を読むと、その基本的な考えはいくつかの項目に集約されるという思いが強くなる。しかし彼が漠然とそれを信条にして治療をしているというよりは、彼の中では一つのメソッドとして出来上がっているという印象を受ける。それが彼の「精神療法」を主たるテーマとした数多くの著作に表れている。それ等は(省略)。
失礼ながらそれらの文章には繰り返しが多いので、どれが必読というよりは、どれを読んでも切り口には同じような主張が見られる。(その意味ではコフート的、という印象も持つ。)
御存じの方も多いと思うが、成田は囲碁の達人であり、文学をこよなく愛したが本質的に理系人間である。彼の中では成田理論とでもいうべき体系が流れていたように感じる。
しかし成田のこれらの理論的な書を読んでも不思議と難解さはない。それはこれらがほぼエッセイ風に、experience-near にどちらかと言えば軽いタッチで語られているからである。そして大事なのは、そしてその根底に率直さ、正直さが流れているのだ。だから読者は常に我が身に引きつけて彼の文章を読むことができる。
この正直さのゆえに、成田には自分の弱さや足りなさを率直に開示した逸話が多い。自分は昔孤独で人と交われなかったこと。運動が苦手だったこと。分析学会誌に原著論文を掲載していないのに会長になったこと、教育分析は受けていないこと、などなどである。そしてそれに関連して彼には肩書や名誉などへの拘りが薄いように感じる。つまり通俗的な意味での自己愛を感じることがほとんどない。
だから成田には自分の理論を死守するために強弁するというところがない。しかしその臨床的な感性はかなり早くから既にあり、臨床経験を積み重ねる途上で出会う理論を場合によっては取り込み、あるいは取り込まれ、最終的に蒸留されていったのが成田理論なのだ。そしてそこには難しい四字熟語的な概念によっては語られない。「こころの井戸」、「その場の雰囲気さん」、「白状する」など、いずれも優しい和語で語られるものである。
成田の臨床的な感性についてもう少し触れようか。彼にはそもそも患者と出会うことそのものについての限りない興味があった。その最大の理由は、彼自身が患者の気持ちを良く感じることが出来たからであろう。そして特に患者の「わかってほしい」という気持ちにどのように応えるかに腐心した。成田が名大の先輩である伊藤克彦氏から教わった「患者というぬいぐるみに入れ」はその表れであった。しかしそれは患者に共感し一体化するといったロマンティシズムとは異なる。成田には患者を助けようとする殊勝な考え方はなかったというが、そこで何がどのように患者に作用するかということは恐らく成田の最大の関心事であったようだ。
2026年10月2日金曜日
成田先生のこと 推敲 2
成田先生の自由さ
ここまで論じた自由さという見地から成田先生について考えると、彼はとても自由であり、分析的療法家としては他に類を見ないほどであると言える。彼は精神分析学会での活動が長く、学会長まで務めた人物である。しかし分析的であるという縛りは極めて薄いことがわかる。これを表明することは、分析学会としての立ち位置を考えればかなり勇気がいることと言える。それを垣間見せてくれるのが、成田の「深い精神療法と浅い精神療法」の議論である。
(成田(1982)精神療法の深さ—精神科医の立場から 精神療法 8巻4号、1982
これは1982年の文章で、彼が40代の初めに書いたものだが、かなり旗幟鮮明である。彼は精神療法には深いものと浅いものがあるという。成田先生はこの論文で、深い精神療法と浅いそれを対比的に表で示すが、これはまさに精神分析と支持的療法の対比である。そして言う。「中にはこの表を見せられて、ぜひ『深い』方をという患者もいるかもしれないが、そういう選択をする人にはすでにそこに問題がありそうである。マゾヒスティックな傾向のある人か、精神療法嗜癖者か、あるいは通常医師のもとを訪れる病人として病気の背後に隠れているはずの、自己探求への、人間的接触への、愛への希求がすでにしてあらわになっている人たちであろう」「一方、自分が精神療法を学び始めた新進気鋭の治療者だとしたら、『深い』方をやってみたいと思うであろう。つまり『深い』法は治療者向きなのである。」つまりは昨今の週4回の精神分析に対する引け目などかけらもない。それどころかそして医師の治療的野心に触れ、「それはより根本的に、完全に、徹底的に直したいという治療者の欲である。その背後には、患者の心を切り刻みたいというサディスティックな欲求が時にひそんでいる。こういう治療者の欲が深すぎると、患者の負う傷が深くなる。少なくとも患者の従来の殻や枠が壊されて生身が露呈してしまう。こういう事態を引き起こした治療者は罪の意識を感じるであろう。精神を治療しようなどそもそも罪深いことである。」(成田(2012)精神療法の深さー成田善弘セレクション 金剛出版、P70~71)
どうだろうか。一刀両断である。彼には「週一回では精神分析的な療法は出来ない」という消極的な姿勢はない。実に堂々と精神分析に喧嘩を売っているのである。こうなると読んでいる方もハラハラしてくるほどだ。
ところでこの議論は笠原のいわゆる「小精神療法」の影響を受けている可能性があるが、(笠原嘉(2007)精神科における予診・初診・初期治療. 星和書店.)時代としてはそれよりは古い。しかし成田先生より10年先輩のこの議論に、同じ名大にいらした成田先生は影響を受けたに違いない。以下は笠原の書から抜粋。
(f)「深層への介入をできるだけ少なくする」件について。初診の項で強調したことだが、再診以後においても同じように「切開」は小さい方がよいと思う。精神科医になった以上、何時かは深層介入をやりたいという色気(?)はあってもよいが、小精神療法の際には禁忌と思っておく。最近いくつか出る外国の小精神療法書も一致して深い切開をいましめている。精神分析解説書が氾濫しているから「一寸」やりたくなる。自分でもやれそうな錯覚をもたされる。世間も精神科医に一種の「魔術師」を期待する。しかし不用意にやると、収拾がつかなくなる。」(2007, p.156~157)つまり笠原と成田は同じフレバ―を持っているのである。
2026年10月1日木曜日
成田先生のこと 推敲 1
成田先生の追悼記念号に寄稿のお誘いがあったことは誠に光栄である。私は先生と師弟関係にあったわけではなく、スーパービジョンをしていただいた機会もなかった。年に一度精神分析学会でお姿をお見掛けし、時々言葉を交わさせていただくだけであった。私は先生の著作を隅から隅まで読んだわけでもなかったが、私の中での先生の位置は特別なものであった。それはどのような意味でであろうか?
これを考えると、かつて先生が2014年に精神分析学会の小此木賞をお受けになった時の記念講演のことが蘇る。私はたまたまその時の司会の役をいただき、最初に先生の御略歴を簡単にご紹介した後に、「私にとっては、成田先生は精神分析学会の良心と言っていい方です」と付け加えたのだ。これはその時最前列にいらした某先生が「面白いこと言うなあ!」とばかりに苦笑なさったことも明確におぼえている。そして今振り返っても、成田先生はやはり私の心の中では「分析学会の良心」であったと思うのだ。この文章は私がそう考える理由を簡潔にお伝え出来たらと思う。
まず結論から言えば、成田先生は自由人であったと思う。精神分析学会には属されていたが、その縛りはあまりなかったのではないかと思う。そして人間として自由であることがこの良心の話とも、治療者としての資質とも深く関係しているように思えるのである。
治療者としての自由さ
成田先生について語る前に、この治療者としての自由さということについて述べておきたい。少なくとも我が国において、精神療法(特に心理療法とは区別せずこのような呼び方をしておく)を行う際、何らかの学派の影響を受けていないということの方が稀であると言って差し支えないだあろう。精神科医あるいは心理士として大学教育や卒後教育を受ける時点で、例えば精神分析や認知行動療法やロジャース派の理論を学んでいるであろうし、それらの学派に属するスーパーバイザーについて指導を受ける可能性が高い。そして初めて患者を担当する際には、おのずと教育を受けてなじみ深い学派における常識に従うことを考えるであろう。
たとえば精神分析学会に属し、分析関係者のスーパービジョンを受けているとしたら、治療中に迷うような出来事があれば、自分自身が常識的に判断を下すよりは、「これは分析的にはあまり薦められないな」とか「バイザーなら賛成はしないだろうな」という考えが浮かび、それに従った場合の判断を優先するかもしれない。
具体例を示そう。ある患者が旅行から帰ったばかりで、治療者にお土産に小さなキーホルダーを買ってきたとしよう。そしてそれを差し出して受け取って欲しい、と願う。初心の治療者ならその要求をどのように理解するべきかということ段階で途方に暮れ、とっさの返事が出来ない可能性がある。何しろそのような要求を受けたことは無論初めてであるし、それまでに「患者からの贈り物をどうするか?」という内容の講義を聞いたり分析的な精神療法のテキストで読んだことなどないであろうからだ。そしてそのような時は初心の治療者は、「間違った対応をしてはいけない」という不安に駆られる一方で、そのような要求を持ち出してきた患者の側の視点を持つことは二の次になってしまいやすいだろう。むろん無理のないこととはいえ、その時の治療者は、本当に自分の感性や体験を経由して判断していないという意味では「自由」とは言えないことになる。
では改めて、本当の自由度とは何か。それは目の前の患者の立場に立ち、自分自身で臨床的な判断を下す能力である。そしてその際「~の学派ではどのように考えるか?」は思い浮かぶことはあっても優先順位は低いことになる。このように述べると抽象的になるが、実際は至ってシンプルなことだ。要するに相手(この場合患者)の立場に立ったら何を望むかを最優先に考えることだ。(後に述べるが、成田はこれを「相手の着ぐるみを着る」と表現している。
先ほどの例では、旅先で買い求めたキーホルダーを治療者にプレゼントするという体験を持ち、例えばそれを受け取ってもらえない当の体験を持つことで初めてわかることになる。そしてその時の気持ちを持っている患者にまっすぐに応じることが自由度である。
ただしその結果としてそのお土産を受け取るか否かはまた別の問題であることも言うまでもないだろう。嗜癖薬物を渇望する患者にそれを敢えて処方しないことにその自由度が用いられることもあるからだ。ちなみにここにはロジャース的な「自己一致」に準ずる考え方を持ち込むことも出来るであろう。その自由とは、学派の縛り、バイザーからの縛りからの自由という意味であり、決して倫理則から逃れることを意味はしない。
2026年9月30日水曜日
成田先生のこと 14
興味深いことに、成田先生はそのような受け売りをしたければ勝手にどうぞ、という寛容さを示さない。そのようなタイプの人たちに対しての一種の嫌悪感を抱いていたようである。彼はクラインやビヨンなどを例に出して、それらの理論を用いる人たちの一部を念頭に置いているかのように、「輸入業者にとどまっていることへの羞恥と焦燥のないところには独自の学問は生まれないであろう」(2019,p10)とまで述べる。(精神療法家のひとりごと 金剛出版、2019)