2025年12月30日火曜日

PDの精神療法 書き直し 8

 見立てにおいて必要な指針

ともかくも患者のヒストリーを追うことで必要な情報が得られ、その「認知、感情、対人関係、衝動の制御」(DSM-5)に基づくPDの診断を考慮する際に、従来の臨床家なら、DSMの10のカテゴリーが頭に浮かぶかもしれない。しかし現代の精神科医はもう一つの考える指針を手にしている。それは上述のディメンショナルモデルに掲げられたいくつかの「特性」を手掛かりにするという方針である。その際患者がDSMに掲げられているうちの「どの」PDに当てはまるかを特定する必要はない。その代りPDの深刻さの程度(軽度、中等度、重度)と顕著な特性をいくつか挙げるだけでいいことになっている。
 特性 trait としては、DSMとICDで多少の差はあるが、ここではICD-11 に従うと、否定的感情(鬱・不安などのネガティブな感情が支配的である)、離隔(他者との対人的・情緒的距離を保つ)、非社会性(他者の権利や感情を無視する)、脱抑制(唐突に行動する)、制縛性(強迫的な思考、行動パターン)の5つである。さらにはそれらに並んでボーダーラインパターン(不安定な対人パターンや衝動性、見捨てられ不安)が加えられる。つまり患者の話を聞きながら、これらの特性のどれがどのくらい強いかを考える事になる。
 ただしここに二つの大きな要素が加わる可能性がある。それは最近精神科医や心理士の間で急速に関心が高まっているASD傾向、そしてCPTSD(複雑性PTSD)に見られるパーソナリティ傾向である。もちろんこれらはカテゴリカルモデルにも、ディメンショナルにもみられないものである。ディメンショナルモデルの5つは Goldberg のいわゆる big five factor に由来し、それは最近では生まれつきの気質と環境の相互作用によって形成されるとされている。そしてそこには生来の神経発達障害としてのASDやトラウマ的な環境によるCPTSDに関連したパーソナリティ傾向も入ってきておかしくないことになる。ただし現在ではそれらに関する考察も見られるものの、これらはまだPDの議論には組み込まれていない。 むろんASDにおいては、否定的感情、離隔、制縛性などが関与し、CPTSDにおいては否定的感情、離隔などが顕著な特徴として表れている可能性があるが、臨床的な見地からはBPD傾向に加えてこれらのファクター(BPDかASDかCPTSDかの視点)を念頭に置いて見立てを行うことが勧められよう。  BPDかASDかCPTSDかを判断するという方針は治療を見据えたPDを知る上での一つの指標であると考えたい。それは何よりもこれらが昔で言う第一軸診断に関与しているからである。例えばある否定的感情や離隔、制縛性などが特徴な人に関して、その人がASDの診断基準を(少なくともある程度は)満たすことに気づかれた場合、その治療指針はより支持的で心理教育的な要素を持つことになるだろう。また過去のトラウマが存在し、否定的感情、離隔などが顕著な特徴とされる人の場合、その人がCPTSDを満たすことでよりトラウマに焦点づけられた治療が求められることになるだろう。


2025年12月29日月曜日

PDの精神療法 書き直し 7

 本号(●●の特集号)の中で、本章は「Ⅲ さまざまな精神疾患に対する精神療法」の第13番目として位置づけられる。扱う対象はパーソナリティ障害であるが、他章の統合失調症やパニック症、摂食症などと比較して、DSM-5に従っただけでも10の障害を含む大所帯であり、とても網羅的な解説をする余裕はない。そこでまずPDの精神療法についての概説を述べ、その後に境界パーソナリティ症、自己愛パーソナリティ症、発達障害および複雑性PTSDに限定して各論を論じることにしたい。(発達症および複雑性PTSDはパーソナリティ障害としては分類されないが、これらが本章で特筆すべき価値はあるものと考える。)

パーソナリティ障害の精神療法:概論 

見立てと診断

パーソナリティ障害(personality disorder, 以下PD)の分類に関しては、現在DSM-5(2013)の第Ⅰ部(本体部分)に示されたいわゆるカテゴリカルモデルと、DSM-5の第Ⅲ部及びICD-11(2022)に示されたディメンショナルモデルが並立して存在する。それぞれのモデルで提示されているPDの分類にはかなりの相違があるが、そのことが示すのはPDに関する概念上の混乱というよりは、そもそもPDの臨床的な表れが極めて多様性や流動性を帯び、その分類が容易ではないという現実を示していると言えよう。またPDを有すると考えられる患者の多くは併存症を有しているため、その治療目的や改善の表れを論じる事の難しさが加わる。 インテークでは、医師はその抱えている問題の全体像の把握を試みる。患者はそのPDにより自ら苦痛や社会的、職業的な困難さを抱えていることになる(DSM-5)。しかし実際に訪れる患者は「私には〇〇などのパーソナリティの問題がありまして・・・・」と訴えるわけではない。大抵は具体的な対人関係に悩まされているという事情や、周囲(主治医や家族)から受診を薦められた経緯を話すことから始まるが、自分が有している可能性のあるパーソナリティの問題には比較的無自覚である。そしてPDの全貌はこれまでのヒストリーで繰り返されているパターンから推察されたり、治療関係の中で再現されたり、家族や同僚などからの副次的な情報により初めて明らかになったりする。

2025年12月28日日曜日

PDの精神療法 書き直し 6

 CPTSD

CPTSDにおいてはいわゆる自己組織化の障害(Disturbance of Self-Organization、以下DSO)すなわち感情のコントロール困難、否定的な自己概念、対人関係の困難が診断基準として謡われている。これは患者の自己イメージ、感情、他者との関係性に関する障害を意味する。CPTSD自体はパーソナリティ障害とは分類されないが、患者はそれに近い傾向を備えているとみなすことが出来、またこれらのDSOの傾向はトラウマを経験した患者の多くが多かれ少なかれ示すものと考えられるために我が国に紹介されたものを二つ紹介しておく。
ピート・ウォーカーPete Walker は自身がCPTSDの体験を持ち、治療者としても長年このテーマに取り組んできた立場から、CPTSDは単なる「反応」ではなく、持続的な対人侵害や見捨てられ体験を反映した習慣性の反応として理解されるべきだとする。そしてCPTSDの典型的な特徴として、感情調整困難・自己価値の低下・対人関係での不安・羞恥・怒りの爆発などを挙げる。これはPTSDの標準的症状(再体験・回避・過覚醒)を超えて、人格や相互関係のあり方全体を変える影響を持つとする。ウォーカーは、CPTSDの回復において次のような要素を重視している。それは安全な治療関係(安全基地の提供), 感情フラッシュバックの理解と管理などである。またCPTSD特有の emotional flashbacks(感情的フラッシュバック)は、過去の関係パターンに侵されるように現在の生活に現れる。これを理解し、自覚→距離化→対応スキルへとつなげることが治療の中心となる。
ウォーカーはCPTSDの多くの問題を「アタッチメントの不全」と関連づけている。これは、幼少期の不安定なケア経験が人間関係の学習機会そのものを奪った影響として説明される。身体面や情動面への介入 ただ認知を変えるだけでなく、身体感覚・情動体験を統合し、自分自身を取り戻すプロセスが中核にある(実際のスキルとしてはジャーナリング、呼吸や緩和技法、情動ラベリング等が用いられる)。
Walker, P (2013) Complex PTSD: From Surviving to Thriving: A GUIDE AND MAP FOR RECOVERING FROM CHILDHOOD TRAUMA. CreateSpace Independent Publishing Platform. 牧野 有可里,池島良子訳 複雑性PTSD(2023) 生き残ることから生き抜くことへ 星和書店.

アリエル・シュワルツ(Arielle Schwartz)はCPTSDに対する統合的・身体と心をつなぐ治療モデルを提示している。彼女は複数の治療技法を組み合わせた マインドボディアプローチを提案する。 シュワルツのアプローチは、CPTSDをただ認知の問題としてではなく、身体の反応と精神の連動として治療することに重きを置く点が特徴的である。トラウマは単に思考や感情の問題ではなく、自律神経や身体感覚に刻まれているという立場から、マインドフルネス、ポリヴェーガル理論の応用、身体介入などを統合する。
Schwartz,A (2021)  The Complex PTSD Treatment Manual: An Integrative, Mind-Body Approach to Trauma Recovery, Pesi. (野坂 祐子訳(2022)複雑性PTSDの理解と回復ー子ども時代のトラウマを癒すコンパッションとセルフケア 金剛出版)


2025年12月27日土曜日

PDの精神療法 書き直し 5

 自己愛性PD

NPDの患者は自発的に精神療法を求めることは多くはなく、しばしば他の精神疾患に伴って治療場面を訪れる。しかし自己愛の問題を抱える患者は多く、その治療論の歴史的経緯を知っておくことは重要であろう。自己愛性PDに対する精神療法的アプローチはBPDの治療理論と共に発展した。1970年代よりHeinz Kohut (1971) Kernberg (1975) がそれぞれかなり異なる治療論を提出して論争となったという経緯がある。Kohut は自己愛を本質的に健全なものと考え、患者が幼少時に親から十分な共感を得られなかったことによる「自己の断片化」がその病理につながると考えた。そして治療においては患者の体験の肯定的な側面により多くの注意を払い、共感的なアプローチの重要さを強調した。また治療の目標は適切な「自己対象」を見出す助けとなることであると考えた。
 それに対してKernberg は患者の示す理想化をスプリッティングを伴う防衛とみなし、患者が有する貪欲さと要求がましさに注目し、それらに対する直面化の重要性を説いた。Kernberg はむしろ患者の示す否定的な側面への直面化を重視することになる。しかし現実の治療ではこれらの治療論のいずれかに偏ることなく、患者の言葉に耳を傾け、転移と逆転移の発展を観察し、試みの介入による患者の反応に注目しながら治療を進めていくべきであろう(Gabbard, 2014)。なおNPの治療に関してもメンタライゼーションの見地からの治療の有効性が示されている。(Ritter K, Dziobek I, Preibler S, et al 2011, Choi-Kain, LW. Sebastian Simonsen,S et al: 2022)

Ritter K, Dziobek I, Preibler S, et al:(2011)  Lack of empathy in patients with narcissistic personality disorder. Psychiatry Res 187:241-24.
Choi-Kain, LW. Sebastian Simonsen,S et al: (2022) A Mentalizing Approach for Narcissistic Personality Disorder: Moving From “Me-Mode” to “We-Mode” American Journal of Psychotherapy. 75:38-43.


2025年12月26日金曜日

PDの精神療法 書き直し 4

  BPDの精神療法

BPDの精神療法的アプローチは、以下に示すものも含めたさまざまなものが提案され、その効果についてのエビデンスも示されている。それらは一貫して前頭前野の活動の低下と扁桃核の亢進というBPDの神経学的な特徴を緩和する方向に働ているとみることもできる。しかし一貫して言えるのは、そこでの治療関係のあり方が最も重要なファクターであるという事である。ただしBPDの精神療法の効果について論じることの難しさは、患者の多くがうつ病などの併存症を有していることにある。Fonagy, 206)

 現在BPDの治療として無作為化対照比較試験 (RCT)による有効性が確かめられているのは以下の7つである。

メンタライゼーションに基づく治療 (MBT, Bateman and Fonagy, 2009)、転移焦点づけ療法 (TFP, Clarkin et al. 2007)、弁証法的行動療法 (DBT, Linehan 2006)、スキーマ焦点づけ療法(Giesen-Bloo et al. 2006)、情緒予見性と問題解決のためのシステムトレーニング (STEPPS, Blum et al. 2008)、一般精神科マネジメント(GPM, McMain et al. 2012)、力動的脱構築精神療法 (DDP, Gregory et al. 2010)

 このうちのいくつかについて、以下に述べる。
MBT(メンタライゼーションに基づく治療)の治療の要は、患者のメンタライゼーション機能の強化である。治療者は患者の子供時代の安全な愛着体験が相対的に欠如していたことへの認識を持ち、明確で首尾一貫した役割イメージを保持し、自分自身と他者の行動が内面の状態により動機付けされることについての患者の体験的な理解を促進する。それにより可能な限り自己及び他者に関する多様な視点の可能性を示すのである。そのために治療者は患者の現在あるいは直前の感情状態を、それに付随する内的表象とともに示すことを試みる(Bateman and Fonagy, 2004)。フォナギーはMBTにおいて患者が自分の姿を治療者の心に見出す能力を高めると表現する(Fonagy, 1999)

Fonagy P (1999) The process of change, and the change of processes: what can change in a "good" analysis? Keynote address at the spring meeting of Division 39 of the American Psychological Association,NewYork, Apri,1999.

TFP(転移焦点付け療法)Otto Kernberg (1984) BPDの精神分析的な治療概念に基づき発展した(Clarkin et al 2007) 。心的表象は内在化された養育者との愛着関係に由来し、治療者との間で再体験されるという理解に基づく治療を行う点はMBTの類似する。主たる治療技法は、患者と治療者との間で展開する転移関係の明確化、直面化、および解釈である。しかも治療早期から、転移の中でも特に陰性転移が扱われるとのことである。2回行われるセッションは、治療契約と明確な治療の優先順位に基づいて構造化された枠組みを持つ。なおこのTFPは境界パーソナリティ障害の治療を目的として始まったが、他の障害を持つ患者についてもその対象を広げている。

Clarkin, J.F., Levy K.N., Lenzenweger M.F. et al .: Evaluating three treatments with borderline personality disorder: a preliminary mu1ti-wave study of behavioral change. Am J Psychiatry 164(6);922-92. 2007
Kernberg, O.:Severe Personality Disorders: Psychotherapeutic Strategies. Yale Univ Press 1984(西園昌久: 重症パーソナリティ障害―精神療法的方略. 岩崎学術出版社, 東京, 1997)

DBT(弁証法的行動療法)は米国のMarsha Linehan (2006) により自殺傾向の強いDBTの患者を対象に開発された認知行動療法の一種である。米国精神医学会によりBPDの治療として推奨されているが我が国での普及は十分とは言えない。DBTにおいては患者は問題解決のための感情調節のスキルを学ぶとともに、自身に対する妥当性を承認される環境を与えられる。治療は個人療法とグループスキルトレーニングなどの複合的な構造を有し、このうちグループスキルトレーニングでは、マインドフルネス・スキル、対人関係保持スキル、感情抑制スキル、苦悩耐性スキルを高めることを目指す。

Linehan M.M., Comtois, K.A., Murray, A.M. et al. :Two-year randomized controlled trial and follow-up of dialectical behavior therapy vs. therapy by experts for suicidal behaviors and borderline personality disorder. Arch Gen Psychiatry 63(7);757-766. 2006

遊佐安一郎、 宮城整ほか (2019) 感情調節困難の家族心理教育―境界性パーソナリティ障害,神経発達障害,摂食障害,物質関連障害,双極性障害などで感情調節が困難な人の家族のために― 精神経誌 第121巻第2号 pp131ー138

DDP(Dynamic Deconstructive Psychotherapy 力動的脱構築精神療法)は、ボーダーライン・パーソナリティ障害(BPD)や自殺傾向のある患者のために開発された精神療法である。この治療法は、対象関係理論や神経科学、脱構築哲学などを盛り込んだ治療指針を有し、リカバリーを目的としたものである。それは問題解決やアドバイスではなく問題の背後にある脆弱さに注目し変革的な癒し transformative healing を提供するものとされる。
Gregory RJ,De lucia-Deranja E, MogleJA (2010) Dynamic deconstructive psychotherapy versus optimized community care for borderline personality disorder co-occurring with alcohol use disorders: 30 months follow-up. J Nerv Ment Dis 198:292-298.


2025年12月25日木曜日

PDの精神療法 書き直し 3

 BPDかASDかCPTSDかを判断するという方針は治療を見据えたPDを知る上での一つの指標であると考えたい。それは何よりもこれらが昔で言う第一軸診断に関与しているからである。例えばある否定的感情や離隔、制縛性などが特徴な人に関して、その人がASDの診断基準を(少なくともある程度は)満たすことに気づかれた場合、その治療指針はより支持的で心理教育的な要素を持つことになるだろう。また過去のトラウマが存在し、否定的感情、離隔などが顕著な特徴とされる人の場合、その人がCPTSDを満たすことでよりトラウマに焦点づけられた治療が求められることになるだろう。

Gabbard によるPDの心理療法の9か条 

PDに対する心理療法を行うにあたり心がけておくべきことをGabbard2017)は実証的な研究と脳科学的な研究から以下の項目について必要性を語っている。これらはこれは主としてBPDの治療に向けられたものであるが、広くPD一般に通じるものと考えられる。これに加えて筆者が必要と感じる項目を以下に述べる。

1.柔軟性を保持すること治療者は患者のニーズに合わせ、治療者のそれまでの訓練に基づく治療技法やアプローチを柔軟に用いるべきであろう。理論にとらわれず、探索的なアプローチと支持的なアプローチはその時々で柔軟に使い分けられるべきであろう。特にBPDの治療に際しては治療者が情緒的に揺さぶられることも多く、治療構造を守ることの重要性は言うまでもないが、初心の治療者がそのために防衛的になることは、患者にとっては冷淡で反応に乏しいと思われがちになることに気を付けなくてはならない。治療はいわば患者との「ダンス」であり、そこで患者が持ち込む様々な関係性のパターンを体験することになるが、そこでの治療者の自発性もまた大きな意味を有する。
2. 精神療法を実行するための条件を確立すること特に確かな治療構造と治療契約を結ぶことが重要となる。そしてその治療構造は患者にとっても治療者にとっても安全が確保されるようなものである必要がある。そして治療者は差し迫った自殺の危険性に対しては入院も必要となる可能性があること、治療者に何が出来て何が出来ないかを伝えることも推奨される。セッション間の電話などによる通信に関しては治療スタイルにより異なる対応がなされるが、危機的状況では連絡がつくようにすることは患者が理解され抱えられる感覚を得るためには必要であろうとされる。

 3.受け身的なスタンスを回避すること。治療者は受け身的なままにとどまらず、患者が見ようとしていないものにも目を向けることを促すべきである。治療者は患者に、変化を起こすためには努力が必要であるということを伝え、よりよい刺激を与えるために治療者は積極的であるべきことを強調する。そして患者が自分のことを考えること、として他者の気持ちを考えることの努力がBPDの治療のためには必要である点を強調する。
4.「悪い対象」となるという役目も引き受ける用意を持つこと。患者の多くはわずかなトリガーに反応し、治療者に怒りを向けることがある。それは半ば生物学的に定められている。治療者は客観的、中立的な存在のままでいたいという願望を放棄し、言わば「程悪い対象 bad-enough object」となることをいとわないことも重要である。患者から怒りや攻撃性を向けらた時に「程よく悪い対象」になることを引き受けることで、無反応な治療者を力ずくで動かしたいという患者の試みを回避することが出来るかもしれない。
5.怒りの背後にある痛みに共感すること。患者からの挑発に怒りで返すことは、BPDの患者の過去において繰り返された対象関係に加担することになる。むしろその背後にある患者の傷付きに注目すべきである。従来の考え方では、患者が本来有する攻撃性の解釈が有効であるとされるが、これには例外がある。特にトラウマを受けた患者の場合はその傷が十分に癒えることが第一の目標となろう。
6.メンタライゼーションを促進すること。後に述べるようにBPDの治療において中核的となるのが、患者が自分自身の思考や行動が他者の心にどのように映るかについての理解を深めることである。例えば患者の挑発的な言動について、それを咎めたり早計な解釈を行ったりするのではなく、詳しく尋ね、それが外界の他者ないしは治療室における治療者にはどのように映るかについて率直に話し合うという方向性が重要となる。
7.必要な時に限界設定を行うことこれは上述の治療構造とも連動して強調される。治療構造を設けることは、治療者が恣意的ないしは懲罰的に患者に対する限界設定を行っているという誤解を防ぐ意味でも重要である。
8.治療同盟を確立し、維持すること。 PDの心理療法においては治療関係やラポールの成立や維持が極めて重要であり、治療の成否を占うものであるともいえる。そしてそのために必要なのが、最後の項目である。
9.逆転移感情をモニターすること治療者が自分が治療場面でどのような感情状態にあるかについて知ることは、力動的な治療を超えて恐らくあらゆる治療のモダリティにおいて必須である。そのために治療者は適切なスーパービジョンやケース検討の機会を利用する用意がなくてはならない。

10.トラウマの視点を忘れないこと。今の患者のあり方が過去に経験したトラウマを反映している可能性があるという視点を保ち続けることで、患者に向ける共感の質や度合いが変わることがある。もちろんそれはすべてをトラウマで説明しようとする試みとは異なることは言うまでもない。

11.患者を変えようと思わないこと。治療者が治療的なヒロイズムに陥り、患者の不適応的な側面を改善しようと試みることは、時には患者に多大なストレスとなる。患者が発達障害傾向を有する際には、特的のものの見方や行動パターンを変えることは自分の感覚を失うことに匹敵するような意味を持つ。


2025年12月24日水曜日

PDの精神療法 書き直し 2

見立てにおいて必要な指針(BPDかASDかCPTSDかの視点)

患者のヒストリーを追い、その「認知、感情、対人関係、衝動の制御」(DSM-5)に基づくPDの診断を考慮する際に、従来の臨床家なら、DSMの10のカテゴリーの中のどれに一番当てはまるかを考えるかもしれない。しかし現代の精神科医はもう一つの考える指針を手にしている。それはDSM-5の第三部の代替案やICD-11のディメンショナルモデルに掲げられた「特性」を手掛かりにするという方針である。そしてその際患者がどのようなPDを有するのかを特定する必要はない。それはPDの程度(軽度、中等度、重度)と顕著な特性をいくつか挙げるだけでいいことになっている。

 特性 trait としては、DSMとICDで多少の差はあるものの、以下の5つが提示されている。ここではICD-11 に従うと、否定的感情(鬱・不安などのネガティブな感情が支配的である)、離隔(他者との対人的・情緒的距離を保つ)、非社会性(他者の権利や感情を無視する)、脱抑制(唐突に行動する)、制縛性(強迫的な思考、行動パターン)の5つであるが、そこに並んでボーダーラインパターン(不安定な対人パターンや衝動性、見捨てられ不安)が加えられる。つまり患者の話を聞きながら、これらの特性のどれがどのくらい強いかを考える事になる。
 ただしここに二つの大きな要素が加わることを忘れてはならない。それは最近精神科医や心理士の間で急速に関心が高まっているASD傾向、そしてCPTSD(複雑性PTSD)に見られるパーソナリティ傾向である。
 ちなみにこれらは実はカテゴリカルモデルにも、ディメンショナルにもみられないものである。要するにディメンショナルモデルの5つは Goldberg のいわゆる big five factor に由来し、少なくとも半分は遺伝的に支配されるものと想定していたというところがある。つまりこれらが定められた過程で発達障害や幼少時のトラウマという観点は薄かったということである。ところが臨床的には多くの患者が多かれ少なかれASD的な特性を併せ持ち、また幼少時の愛着に関連するトラウマを抱えているという事実がある。
 このように考えると、ASDにおいては、否定的感情、離隔、制縛性などが関与し、CPTSDにおいては否定的感情、離隔などが顕著な特徴として表れている可能性がある。そしてPDの傾向としてはBPD傾向に加えてこれらのファクター(BPDかASDかCPTSDかの視点)を念頭に置いて見立てを行うことを私は臨床家に勧めたい。