第4章 右脳の感情調整
(152)ショアの業績の一つの特徴は自分の研究をフロイトに基礎づけていることである。フロイトが論じていた無意識は要するに右脳の暗黙的自己なのだ、という提言がそれである。これがすなわちショアの「全方位外交」的アプローチである。
第5章 治療的エナクトメント
もっとも楽しみな章だ。しかも数十ページも続く途方もない長さである。ショアはブロンバーグらにより更新されたエナクトメントの概念はパラダイムシフトと一致していると言い切っている。これはどういうことか。つまり意識的認知から無意識的情動へと関心が移ったこととエナクトメントの概念は関係しているという。彼はこれを「情動革命」と呼ぶが、要するにエナクトメントは「無意識の強い感情」の表出であるという。彼はフロイトの無意識=右に局在化された「情動脳」がその生物学的基盤だとした上で、以下のように主張する(199)。「エナクトメントは、初期に形成された右脳の自動的生存メカニズムのリアルタイムでの再現を表す」。つまりエナクトメントは常に情動脳の興奮を伴い、その程度によりその深刻さ表されるのであろう。ショアはこれが右脳に局在化された皮質―皮質下系に関与するという。そして内側側頭葉の右皮質下過程もそこに関与し、そこにこそ情動的な記憶が保存されるという。そしてその上でエナクトメントは、関係外傷に到達するための手段だというのだ(200)。
以下、いくつかの重要なポイント。
(201)知覚と認識は後右皮質半球の側頭頭頂野により処理されるが、それがトラウマによりダメージを受ける。そこには精神的苦痛が深く関係し、知覚体験を変化させてしまう。ブロンバーグのいう象徴された次元のコミュニケーションとは高次右皮質系、象徴されていない次元の準象徴的コミュニケーションとは低次右皮質下系が関与し、その両者が切断されている状態が解離である(202)。従って解離は右半球の機能不全の変化と関連している(204)。「最近の臨床家は、エナクトメントは特に解離に関係しているとする」(204←ショア自身はあまりこのことを明言していない。)
(206)そして治療が進むと解離性防衛が働かなくなる。
眼窩前頭皮質(OFC)は皮質で処理された外界からの情報と皮質下で処理された情動ないし身体的自己状態を統合する場所である(219)。
エナクトメントは、皮質(OFC)-皮質下(扁桃体)の再接続を可能にする可能性がある(220)
エナクトメント中に、深いPI(投影同一化)をキャッチするためには、治療者はOFCをオフラインにする必要がある(220)つまり一種の解離を起こさなくてはならない。それを起こすことにより患者からのコミュニケーションを受け取れるということ???
(230)エナクトメント中には、共感的共鳴を維持することは無理だ!!
(230)エナクトメントが起きるということは、彼らがまだ「感じて」いない何らかの根拠である可能性がある
(233~4)エナクトメントも一種の解離が起きる事になるが,それは前方向性を有するのだ。
OFCとは要するに前意識だ。
(239) 小さな課題は左脳、重度のストレスは右内側前頭前野の刺激。多少のストレスなら左脳で解決する。それは通常慣れ親しんだ状況下で確立した行動パターンを制御することに特化している。(他方では右半球は情動覚醒の主要な場所である。)
(243)エナクトメントでは、凍結されていたトラウマが復活する。
(247)よく出てくる耐性の窓の図。調律することで、耐性の領域の幅を示す白い枠の縦幅が高くなるのがポイントになる。つまりここでは治療者と患者が調律、同期化出来ているという事が大事である。時系列的に言えば、最初は興奮を伴う「上の方」の窓で対処できていたが、それでだめだと「下の方」(解離的な枠組み)が優勢になる、ということだ。あるいは上の窓が狭いとすぐ下の方に行くという風にも言えるであろう。そして窓を広げるためには、多少なりともストレスが必要ということだ。それは(244)ブロンバーグが言っている。ただしそれはトラウマを生の形で思い出させるというのではない。それをプレイフルネスの中において生じさせ、耐性の上限に対するチャレンジが多少なりとも入ってこなくてはならないということなのだ。
(245)二つの治療のモダリティが示される。ここでも二つの耐性の窓でのワーク。上では関係的虐待の経験の記憶処理、下では関係的ネグレクトに関連した記憶処理を行うという。