2025年11月5日水曜日

男性の性加害性 5

 A. ポジティブフィードバック理論または「鮭の遡上」モデル

 私たちが「フィードバック」という言葉から一番連想しやすいのが、いわゆる「ネガティブフィードバック」だ。これはとてもよくあるシステムで、生命体が安定化に向かうためのあらゆる仕組みに関わっている。例えば体温や血圧や血糖値などはみなこのシステムだが、簡単な例では、サーモスタットのようなものを考えるといい。温度が上がるとバイメタルが曲がってスイッチが切れる。そして温度が低くなるとバイメタルが元通りに戻ってスイッチが入る、というように。
  このネガティブフィードバックが私たちの生活にとっていかに必要かについては、次のような例を考えればいい。お腹がすいたから食事を摂る。すると空腹感は次第に癒され、最初は旺盛だった食欲は低下し、次第に目のまえの皿に盛られた料理を見るのも嫌になり、いったん摂食行動は終わる。その細かいメカニズムはおそらくかなり複雑だが、だいたい私たちの食行動はこのようにしてバランスが取れている。
 ここで思考実験だ。ある人は空腹なのでお菓子を口にすると、さらにお腹がすいた気分になり、もう少し食べたくなるとしよう。そして食べた分だけもっと食べたくなり、最後にはお腹がはちきれんばかりになってもさらに食欲が加速し、最後には胃が破裂してしまう。これは実に怖ろしい現象であり、たちまち生命維持に深刻な問題を起こす。あるいは血圧が少し上昇すると、それをさらに押し上げるようなホルモンが産出され、最後には脳出血や心不全を起こしてしまう。

 この悪魔のようなプロセスは、実はポジティブフィードバック(ネガティブフィードバックの逆の状態)を描いたものである。普通は生体には起きないことだが、私たちは過食や飲酒などがそのようなループにより歯止めが効かなくなりそうな状態が存在することを知っている。

 ここで気が付くのは、ポジティブフィードバックはそれが生じたとしたら、生体は行くところまで行ってしまい、元のバランスには戻れないであろうということだ。ある種の破局的、ないしは一方向性の現象が起き、行くところまで行って戻ってこれない。これは例えば排卵のプロセスに当てはまるが、男性の射精もこれに類する。
 ちなみにこのポジティブフィードバック関して一番イメージしやすい例として私はよく鮭の遡上のことを考える。鮭は稚魚として生まれ故郷の川を離れ、大海を大移動する。そして成魚になると再び故郷の川の河口に戻り、そこを遡上し、ボロボロになりながら産卵をして死を迎える。おそらく生まれ故郷の川に含まれる独特の「匂い」、つまりは様々な物質の混じり合いを覚えていて鮭はその川を目指すのだ。
 生まれ故郷の河口に着いた鮭は「ここが故郷の河口だ!」という同定を行い、そこからはいわば遡行本能スイッチが入り、鮭はひたすら流れに逆らい泳ぎ始めるというのだ。それをPositive rheotaxis(逆流行動)というそうである。あれほどの急な流れに逆らって身をぼろぼろにしてまで穏やかな流れの産卵地にまでたどり着き、放卵ないしは放精を行う。その時鮭はエクスタシーを味わっているのだろう。そして最後には死が待っている。

トートモデルでは男性の性行動においては理性が衝動に負けた状態を描いているが、子のような鮭の遡上を行っている男性には、およそ理性が外れている可能性がある。一心不乱に川上を目指している鮭を説得して遡上を思いとどまらせることは容易なことではないことは想像に難くない。