トラウマと脳のマクロスコピックな変化
上記のPTSDにおける脳の機能の変化は、海馬や扁桃核、前頭前野などの特定の部位に関わっていたが、それに呼応するようなこれらの部位のマクロスコピックな変化についての新たな所見が報告されている。これらは最近のCTやMRIの解像度の上昇とも深く関係しているのである。 主として記憶を司る部位である海馬については、その容積の減少がうつ病や統合失調症やアルコール中毒にも多くみられることが知られているが、とりわけPTSDやストレスによるコルチゾールの影響との関連が報告されている。(Bonne, O., Brandes, D. et al. 2001)。 ただし最近の双子研究は、トラウマやPTSDを経験した双子の、これらを経験しなかった片割れにおいても海馬の容積が小さいことが見いだされ(Kremen, WS., Koenen, KC., et al,2012)、海馬の容積の小ささはトラウマの結果であると共に遺伝的な体質によるものでもあるという可能性が示されている(Kremen, WS, Koenen, KC. et al,2012)。すなわちトラウマが海馬の萎縮を生むという因果関係はまだ推論の域を出ていないとも言える。 海馬に加えて最近ではトラウマに関連した扁桃核の容積の減少も報告されている (Rajendra, A., Morey, R., Gold, AL., et al. 2012 )。扁桃核の容積と幼少時のトラウマとの関係はこれまで種々に指摘されてきた。最近でも人生の上での短期間のストレスがその容積の減少と関係しているという研究が報告されている (Sublette ME, Galfalvy HC, et al. (2016)。 さらにトラウマとの関連で注目されているのは、虐待を受けた子供で前頭前野や側頭葉の容積が低下しているという所見である(Gold, AL, Sheridan, MA., et al, 2016)。最近のメタアナリシスでは、虐待と腹側前頭前野、上側頭回、扁桃核、等の体積の減少が指摘されている。さらには虐待を受けた子供で、一次視覚野の容積の減少が見られるという報告もあり、それがワーキングメモリーの低下と関連しているとする研究もある (Tomoda A, Navalta CP et al 2009)。 ちなみに1990年代に神経幹細胞と新生神経細胞が成人の脳にも存在することが示されたが、それがトラウマやその治療による脳の容積の増減を説明する根拠になるかは不明である。むしろ脳の実質を占める神経細胞以外の部分、たとえばグリア細胞の関与もあろう。グリア細胞は神経細胞を支持し栄養を供給する以外にも、さまざまな働きをしているということが最近明らかにされている(Fields, 2009)。