いろいろ考えて、結局本のタイトルを変えてしまった。「トラウマ理論の現在」である。
はじめに
本書は様々なテーマに関してトラウマという視点から徹底して掘り下げて考察した論文集である。すなわち現代的なトラウマ理論というテーマでの書き下ろし、成書ではない。むしろアンソロジー(論文集)という形をとっている。
本書の各章は実際には私が過去3年あまりの間に発表した論文を加筆修正したものであるが、テーマはそれぞれバラバラだったはずである。しかしどれも予定調和のようにトラウマに関わり、このような題名での著書にまとめられることが運命づけられていたような内容になっている。そしてそれは現在の私が持つ臨床観が関係しているのかもしれない。最近私は臨床は患者に寄り添うものだという当たり前の考えをより重視するようになっているが、心や症状、精神疾患に関する考察も最終的に患者に還元されるべきだと考えている。そしてそれは病の現実を伝える事に尽きる。しかしそのために必要となってくるのは、現代的な脳科学とそれに依拠したトラウマ中心の考え方である。時には精神分析的な理論に遡り、時には現代的な脳科学や発達理論を援用することで、トラウマとは何か、その犠牲者を援助するとはどのような事かについてより深く迫ることが出来ると考えている。そしてそのような意味で「トラウマ理論の現在」というタイトルを選んだわけである。
トラウマとは英語の trauma をそのままカタカナで表現しているが、trauma といった場合それを精神的なそれとして用いるという傾向がある。いわゆるPTSD、すなわち posttraumatic stress disorder は日本語では「心的外傷後ストレス障害」と訳される。つまり「trama =心的外傷」と言い表しているわけであるが、それなら日本語でも「トラウマ」を用いれば、いちいち「心的外傷」あるいは「心の外傷」と断る必要もなくなるだろう。そこで本書での「トラウマ」は、特別に断らない限り、精神的な意味での傷つき、外傷、という意味で用いることをまず最初にお断りしたい。本書の各章は、その元の文章はそれぞれ別々の機会に別の目的で書かれたものであるが、それぞれの論文を書くごとに、私は確実に一つないしはそれ以上の気付きを得たと思う。私は論文を書くときに、それをこれまでの学問上の知見を集積したものという形を取ることはない。それぞれが気付きや面白さを発見して、それを届けたいというつもりで本書を世に送りたい。