2024年3月16日土曜日

脳科学と臨床心理学 第8章 左右脳 加筆部分

 分離脳が示す人の心の在り方

最後に分離脳から見えてくる人間の脳と心の在り方について私なりの見解をまとめたい。私は左右の脳は相互補完的であり,2つがあって1つなのであるということを述べた。しかしその上で私は左右脳のうちで優位なのは右脳の方だとやはり言いたい。右脳は主で,左脳は従である。

 左右の脳の優劣など付けるべきではない、という言葉も聞かれそうだが、実は最初に両脳に対して差別的だったのは精神医学である。というのも精神医学では言語野のある方(ほとんどの場合左脳)を優位半球,反対側(ほとんどの場合右脳)を劣位半球と呼ぶという習わしがある。しかしこれは不正確で誤解を招きやすいと私は考える。

本当は右脳が優位であるという点を忘れるとどうなるだろうか。それは左脳の産物を絶対視してしまうことにつながる。そしてそれは私たち現代人が,特に欧米風の考え方に毒されかけた場合に陥ってしまう問題でもある。

例えば私たちの行動を規制しているのは,自然法則であり,法律である。そしてそれらは左脳により生み出され,磨き上げられるのである。自然科学の分野であれば,この左脳の優位性は必然なのだろう。最近の例であるが,常温での超電導物質が発見されたという研究がアジアの某国で発表された。しかしその報告が人類にとっていかに朗報となる可能性があっても,厳密な論文の審査でその正当性が認められなければ,それが却下されざるを得ない。

しかしもう一つの左脳の産物,すなわち法律はどうか。それが具体的に運用された時のことを想像しよう。あなたは被告の席に座り,原告の訴えがいかに誤っているかを主張している。そして非常に多くの場合,あなたは次のような体験を持つのだ。「いくらこちらの主張の正しさを法的根拠をもとに主張しても,裁判官はそれを聞き入れてくれないではないか」目の前の裁判官があなたの主張を生理的に好かないとしたら,最初からあなたの話を論理的に追うことを放棄するかもしれない。それどころか裁判官は,あなたが用いたものとは別の法的な根拠をもとにあなたの主張を却下しかねない。そのような体験を通してあなたが知るのは,法律はしばしば,誰かの右脳による行動を極めて巧みに正当化すべく用いられることが非常に多いということである。

いかに弱者を守り,強者の不正を取り締まるべく法律を整備しても,常に勝つのはそれを巧妙に利用する強者達だ。彼らは自らの右脳に基づいた行動を巧みに正当化するために左脳を利用するのである。もちろんそれをなし得るのは,ごく一握りのお金と権力を有する人たちなのである。しかしその力や影響力は決して侮れない。

だから某国Aが某国Bに軍事侵攻を開始する時,Aの首相や大統領の左脳はこう言うのだ。「B国にいるわがA国民を守るための自衛の手段だ。その意味では先に仕掛けたのはB国の方だ」。弱肉強食の国際社会での紛争ほど,人類の左脳の産物(国家間の条約,国連憲章など)が意味をなさないという例はないだろう。その意味では人間社会もまた,言葉を持たない野生動物の右脳同士の戦いと少しも変わらないのである。