2022年12月7日水曜日

脳を裁くことはできるのか? 2

  脳科学的にみたサイコパスの特徴は、大脳の眼窩皮質という部分と扁桃体という部位の機能不全であるとされる。前者は人間の衝動を抑制するところである。また後者の扁桃体はニューラルネットワークからなる脳の中では独特の、というか特殊な役割を担っている。この部分は情動を扱う部分であり、恐れ、不安といった感情を起こさせる部分である。サイコパスの脳は扁桃核の機能不全のために、残虐な行為を行う際に伴うべき恐れや不安を欠いた快感を覚え、それを抑える力を持っていないということだ。この眼窩皮質の機能を行動のブレーキ役だとすると、彼らはいわばブレーキの利かない車を乗り回していることになる。しかもそこには先天的な要素がかなり大きい。つまり生まれながらにしてサイコパスとなる運命を少なくとも半分は持っていたわけである。その意味で彼らは自らの運命に翻弄されているともいえる。
 もちろんそのために彼らが残虐な行為を行った場合、その犠牲者や家族の犯人への憤りは想像を絶するものがあるだろう。「彼らは厳しく罰せられるべきである!」 しかし「罪を憎んで人を憎まず」という表現もある。ここでは「脳を憎んで人を憎まず」という表現が当てはまるかもしれない。そもそも「脳を憎む」という言い方が何を指すかは不明だろう。でも一つ言えることは、心が脳の産物であるということを認める限り、犯罪行為のかなりの部分は脳の形態異常や薬物の影響ないしは精神疾患が関係していることになり、善悪という判断とは別に物事を見る必要が生じてくるであろうということだ。

 遺伝以外にも様々な興味深い所見が報告されている。先進諸国の人々がかなりの割合で感染しているというトキソプラズマという原虫がある。中枢神経への感染により、衝動行為や自殺、サイコパス的な行動が高い率で見られるようになるというのが最近話題を集めた知見である。「トキソを憎んで人を憎まず????」

私は日本で裁判の判決文にしばしば用いられる表現に興味がある。例えばこんな実例がある。

「被告人は,〚新しい境遇」への漠然とした不安から…極めて身勝手かつ自己中心的な動機により犯行に及んだもので厳しい非難を免れない。」

 人は○○という理由から罰せられるべきだという判決文の主文に頻繁に用いられるのは、「×× は身勝手である」という表現だ。このような言い方は、「その人自身が悪い、罰せられるべきだ」という気持ちを私たちに自然に起こす傾向があるということらしい。「それは彼らは生まれつき脳に障害があるかもしれない。しかしそれでも彼らの身勝手な行動は罰せられるべきである…」。