要するに私が言いたいのは次のようなことだ。脳のあり方は全体としてはわかっている。それは極めて微細な、そして膨大な一種の素子からなっていて、それらの間の信号伝達がすべてなのだということだ。そしてそれがあまりに微視的なので、全体を追うことはおよそ不可能なのだ。ちょうど地球の何倍もの大きさの巨人が、彼にとっては芥子粒(あるいはそれ以下)ほどの人の間の活動を知ることが出来ないように。でもその本体は確かにSNSのような情報交換を行うネットワーク構造をしているのである。そして脳というネットワーク構造は、例えばある部分でヒット(大きな刺激、という意味での)が生まれるとそれが波及効果を及ぼしておそらく巨人にとっても観察できるような動きを形成しているのだ。
このことがなぜ面白いのか。それはコンピューターの技術が発展して、それと似たような仕組みが作り出されているからだ。それがいわゆる神経ネットワークモデルを用いたディープラーニングという仕組みなのだ。私自身はもちろんディープラーニングの仕組みをよく知る立場にはないが、一つ驚くべき体験を持つことが出来た。それがアルファー碁の偉業である。
ディープラーニングとは要するに、巨大なネットワークをパソコンの中に作り出して、そこでちょうどSNSで起きるようなことを起こすのである。ちょうど巨人が自分たちが考案した機器により、彼らにとってはとても微細で一つ一つの素子の動きは捉えることが出来ないながら、自分たちでコントロールできるような仕組みを作ったようなものである。巨人は人間一人一人の代わりに簡単なロボットを置き換えて、そのロボットの間でSNSを作り、そこにあるインプットを与え、SNSの間の動きにより情報処理を行わせた。それはごく限られた機能についてではあるが、驚くべき成果を上げた。
そこでアルファー碁の話に戻る。巨人は人間に模した膨大な数のロボットたちにある囲碁の局面を教え、黒が打った後に白がどのような手で応じることが出来るかを考えさせ、例えば10通りの応じ方があるとしたら、ロボットたちを10体選んで一つ一つを担当させ、それらのそれぞれが、その白の手に対応しうる黒の応じ手を考えさせ、それに応じて例えば10の手下のロボットに計算させ、ということをさせる。そして何千、何万、あるいはそれ以上のケースについてどのような展開があるかの情報交換をさせ、最終的にどの対応が一番いい結果を生んだか、という答えを出させる。人間と違いロボットは膨大な情報交換をハイスピードで行うので、答えもすぐに出てくる。アルファー碁はそのようにして最善の次の一手を導き出すのだ。
最終的に世界的な囲碁の名手である韓国のイ・セドルはアルファー碁に一勝四敗と完敗し、後に囲碁の世界を去っていったという。そのくらいディープラーニングの威力は素晴らしかった。