2020年6月11日木曜日

ミラーニューロンの詭計 2


MSの一時的な失調による新たなネットワークの形成という脳科学的な現象は、心理学的な意味では他者(性)の出現と符合する。このプロセスはもっとも誤解を受けやすい。というのもそのプロセスが当人の演技であると思われてしまうからだ。
例えば虐待者との体験で、虐待者に愛着を向ける人格状態が生まれたとする。「虐待者を好きな人格が生まれた」という感覚を当人は「私は虐待者を好きな人格を作りました」と表現することもある。そこには当人の思い入れがあるからだ。子供を欲しいと思っていたら身ごもったという場合、いくら妊娠それ自体は生理的な現象として個人の意思とは別に生じたとしても、「子供を作った」という意識が生まれてもおかしくない。ところが別の人格状態の出現に関しては、本人が作った=本人が演技をしているというレッテルを張られてしまうという事情がある。
更にもう一つ重要な点がある。幼少時に母親からいくら厳しい育てられ方をしたとしても、その母親にはおそらく優しい側面や、それを示した瞬間はあるだろう。精神的に満たされない部分がある母親なら、子供に甘えるということもあるだろう。その時は甘える、甘えられるということに関するミラーニューロンが形成され、それが賦活されることもある。母親を愛する人格部分に対して主体の一部は同一化することもできるだろう。
ところで交代人格の出現が最も他者性を帯びるのは、それが「体外に」出現したときであろう。そこでトラウマの際に生じる対外離脱体験との関係について考えよう。虐待を受けた幼児の一つのプロトティピカルな体験は、例えば自分が天井から、叩かれている自分を見下ろしている、というようなものだ(Ross,1989 ← Howell, p86)。そこで形成される交代人格は、体外に存在し、しかも独特の視点をすでに有している。その体外の人格が有する脳内基盤(ダイナミックコア?)においては、観察している際のミラーニューロンの興奮であり、自分はその行動により関与しているわけではない。あくまでも観察者であり、それはイアコボーニの言うスーパーミラーニューロンの関与がみられるであろう。
ちなみにこのスーパーミラーニューロンついては、イアコボーニは次のように説明している。前頭葉の内側皮質に、ミラーニューロンのような活動をしている細胞群があり、そのうち三分の一は次のような特徴を示した。すなわち他の人がある活動をしているのを見ている時には抑制に働き、自分がその活動をしている時は活動が抑えられた(イアコボーニ、p244)。自分がAをしても、他人がAをしているのを見ても発火するのがミラーニューロン、とするとこの神経はそれを上から制御する役割を果たすことになる。だからスーパーミラーニューロンというわけだ。つまりこのもう一つのネットワークにおいては、スーパーミラーニューロンが働くことにより、その虐待は「他人事」にとどまることになる。
ただし攻撃者との同一化を考えるとき、そこにはもう一つの他者を考えることになる。これについては別の証言を聞いたことがある。
「父親に殴られている時、私はいつものように体が宙に浮いていましたが、そこで見たのは黒い影のような存在が、逆に父親に殴りかかっている姿でした。」
これは黒幕的な存在を最初に体験した時の描写だが、そこには他者が二人存在していることになる。そして確かにそのうち片方は、「攻撃者」としての振る舞いをかつての攻撃者に対して仕返しているということになる。
ここで特徴的なのは、少なくとも傍観者的な他者がその瞬間に形成されて、のちに攻撃者と同一化した他者が生まれるまでにはタイムラグがあるということだ。