デフォルトモード・ネットワークと揺らぎ
揺らぎとの関連で最初に論じなくてはならないのが、いわゆる「デフォルトモード・ネットワーク」の話だ。と言ってもこの言葉にはあまりなじみのない方も多いかもしれない。デフォルトモード・ネットワークdefault mode network は心が初期状態、デフォルト状態で活動をしているネットワーク、という意味である(以下はDMNと略記しよう)。このことが最近しきりと話題になっている。MRIなどにより脳の働きが可視化されると、脳の一定の興奮パターンが発見されるようになった。そして脳がいわばアイドリング状態、つまりボーっとしている時にも、意外なことにしっかり活動していることが知られるようになったのだ。その時に活発な活動を示すのが、脳の中心軸とも言うべき部位にある広範囲にわたる神経ネットワークであり、それをデフォルトモード・ネットワークと呼ぶのだ。
しかしこのデフォルトモード・ネットワークが脳トレや瞑想との関連で様々に論じられる割には、その正体がつかめない。私も脳科学者ではないので非専門家と言わざるを得ないが、おそらく脳の基本的なあり方を論じる際にどうしても深い意味を持っているとしか考えられないだけで、その正体はまだなぞが多い。
このDMNが注目されたのは、そもそも何ら活動せずにぼんやりしている状態の脳で、かなり活発な活動が行われているという事が学者たちにとって予想外だったからだ。ここに示したのはDMNの際に活動している脳の部位を赤く示したものだが、これらは前頭葉内側部と後部帯状回と呼ばれる部位だ。これらの部位は脳が何もせずに脳がアイドリング状態にある時に光るわけであるが、何か注意を集中させている時には、これらとは別の部位が光るという事が分かった。そして脳の活動には大雑把にいって3つのパターンがあるのではないか、という事が分かってきた。それらはDMN以外にも、課題遂行ネットワーク(TPN)、そしてDMNとTPNの間をつなぐスイッチのような主要ネットワーク(SN)がありそうだ、という事が分かり、一気にこの議論は熱を帯びてくるようになった。
ところがDMNについて調べると、私たちは奇妙な体験をすることになる。それはDMNが脳にとって果たしていい働きをしているか、悪い働きをしているかという事がよくわからなくなってくるのだ。DMNは私たちがボーっとして何もしていないようだが、脳の使うエネルギーの75%はその状態で使われていると言われる。つまり脳がスムーズに活動を行う上で常に準備状態にしておくという重要な役割を果たすことを、このDMN の発見者であるワシントン大学のマーカス・レイクル Marcus E.Raichle 博士が論じている。(Marcus E.Raichle, ME (2010) The Brains Dark Energy. SCIENTIFIC
AMERICAN. (養老孟司, 加藤雅子, 笠井清登訳「脳を観る認知神経科学が明かす心の謎」の中で(日経サイエンス社、1997)