2019年7月26日金曜日

人の行動と臨界状況 2



ただしここで大事なことがある。臨界状況はでも冪乗則を形成するとは限らないという事だ。だって麦茶を飲む人は結局は、ごくまれに100杯飲む人がいて、さらにごくまれに1000杯飲む人もいて、という事にはならないからだ。これってどう考えればいいんだろう。
先ほどの競売の例の場合は、落札金額について大体冪乗則が期待できそうだ。ヤフオクで扱われる膨大な小物は少額であり、高価な落札金額で取引されるものほど数としては少なくなりそうだ。ただし個人の売買の落札価格となるとかなり違うだろう。高額といってもたかが知れているであろうからだ。でもいつもは数百円の規模でヤフオクで取引をしている人も、何年かに一度は百万単位の取引をするかもしれない。ちょっとは冪乗則に従いそうだ。しかしたとえば上の麦茶の例だ。人は「ごくたまに、絶対100杯飲む」という風にはならない。おそらくこちらの方はポアソン分布に近いだろう。真ん中に頻度の高い山が出来る、あれだ。人間の身長、体重、知能などはことごとくこれである。ごくまれにIQ1000を超える人などいない。ごくまれに身長が10メートルの人がいるという話も聞いたことはないのである。こちらの方はちゃんと「平均値」を求めることが出来る。ロングテールなどありえない。(世界の人口の8割は、身長が10センチ未満である?)これはどうしてだろうか?生命現象のせいだろうか? 生命活動を営むという条件が、そのサイズに圧倒的な制限を加えている? でも地球上の生命体のサイズを平均したら、莫大な数を誇るウイルスや細菌のそれに近くなる、というのはかなり冪級数的だ。もちろん地球サイズの生き物はどんなにまれにも存在しないという意味では上の方はかなり制限されることになるが。何がポワソン分布に従い、何が冪則に従うか。基本的なことが分からなくなってきたぞ。
人間がメールを打つ回数には冪乗則が成り立つ、とバラバシの「バースト」には書いてあった。でも考えてみれば、人はごくまれに一日に5000回メールを打つ、なんてことはあり得ない。平均してゼロ、という事もない。なのにあれも冪乗則に従う、という事にしていた。という事はポワソン分布に従う者のごく一部の領域について冪乗則が成り立つ、という事だろうか。おそらくそうなるだろうが(後で確かめる)、一つ分からなくなることがある。これまでの考察から、冪乗則は最小単位、例えば砂粒とか水の分子から考えたから成り立つという気がする。始まりは微小単位でなくてはならない。ところが途中だけ冪乗則、というのであれば、この最小単位を考えることが出来なくなる。これが育っていく途中から急に冪乗則というのであれば、少し別の考え方をしなくてはならないのだろうか。とにかく人間の行動についてはポワソン分布と冪乗則が混淆しているという理由がわかるようでわからない。


そこでもう一つの資料をネットで拾った。これはAOL(アメリカオンライン)の利用者がいくつのサイトを見たかという情報を基にしたものだが、ほんの数サイトが2000回以上の訪問を受けている一方では、ほとんどのサイト(約70000)が一度しか訪問を受けていないという関係を表している。さてこの線の直線部分が冪乗則を表しているのはいいとして、下のあたりが気になる。直線が崩れているからだ。これを見ると2500のサイトは一人しか、1700のサイトは二人しか、1400のサイトは3人しか訪れなかったということを意味しているようだ。もしここに厳密に冪乗則が当てはまるならば、5000のサイトには0.5人しか、100000のサイトには0.2人しか・・・・みたいになるのだろうか?しかし人の単位は一人以上だからこれはあり得ないし、サイトの数だってさすがに100億などありえない。1000億のサイトに0.001人しか訪問していない、等。だから最小単位の肌理の細かさ(粗さ?)によって、どこまで冪乗則が当てはまるかが違ってくる、と考えればよいのだ。