2019年4月4日木曜日

解離の心理療法 推敲 48



5)主人格を守る黒幕人格

黒幕人格の中には、暴力的な形ではあっても主人格を保護し、その主張を代弁するような振る舞いを見せる場合があります。黒幕さんは常に主人格に敵対し、その生活を破壊したり乗っ取ったりするとは限りません。このように黒幕さんにもいろいろな方がいるのです。ただし黒幕さんが本人を守る行動は時に激しく、時に行きすぎる傾向にあります。
たとえてみれば次のような感じになるでしょう。家に荒くれ者の兄がいます。父親どころか弟のあなたにも暴力をふるってきます。いつ彼の気に障ることを言ってしまうかと思うとあなたは常にビクビクしています。ところがある時その兄と一緒に歩いていると、あなたのクラスの意地悪な友達が近づいてきます。そしてあなたの兄がそばにいることに気が付かずに乱暴な言葉を投げかけてきます。あなたは身を縮めていると、弟がいじめられていることを知った兄が猛烈に怒りだし、その意地悪なクラスメートを撃退するでしょう。つまりあなたはその荒くれ者の兄にとっての身内となり、彼はあなたを庇う方に向かったのです。あなたは初めて兄を頼もしく思うことでしょう。
 あるいはそのお兄さんはもっとあなたにとって頼もしい存在かもしれません。うちでは父親には反発するものの、それ以外は優しく家族思いで、でも格闘技の大会で優勝するような兄です。
現実に出会う黒幕人格は様々な性質を担うことになりますが、いざという時に主人格の見方になってくれる存在はある意味では非常に頼もしい存在です。これまでDIDについて扱ってきた専門家の中には、黒幕的な人格を最終的には主人格を守る存在として位置付けているものも少なくありません。

ナツキさん(32歳・女性)と怖い人(男性)

〈中略〉
 
 DIDの方との面接をしていると、人格が混じり合っていく感覚が起きることがあります。何人かの人格の表情や話し方が重なっていくこともあります。母親と言い争うときのナツキさんは、目の奥から黒幕人格がのぞいているかのような、いまにも強力なパワーを持った黒幕人格が出現しそうな印象でした。すでに前治療者により統合された、という事でしたので、治療者はあえて黒幕人格として独立して扱うことはしませんでしたが、ナツキさんが主張できなかった「母親への怒り」の部分をこの黒幕さんがこれまで担当してきた様子がうかがえました。母親への怒りを表出することはその後も続いており、人格交代の不安をナツキさん自身が常に感じています。ただしこの人格の助けを借りることで彼女が母親から距離を置くことが出来たのもまた事実と言えるでしょう。