2019年3月5日火曜日

解離の心理療法 推敲 25


3. 日常生活における治療のキーパーソン

治療者は患者さんの住む家庭の内外に、実質的な治療者としての役割を果たす人物の存在に気づくことがあります。その人物は親かもしれませんし、学校の教師かもしれません。恋人や配偶者、職場の上司などのこともあります。これらの人々は患者さんの行動を間近かに見る機会があり、その異変にいち早く気づく可能性があります。その場合患者さんに専門家の受診を勧め、実際に医療機関に付き添い、また自らも治療的な対応を取り、状況の改善のために手助けしようとする場合があります。また患者さんの思いを代弁して第三者に伝えるなど、治療の協力者として様々な立場から支援を行おうとするでしょう。
もちろんこのような人が患者さんの周囲に存在しないかもしれません。しかしこのような人に恵まれていたら、その人は実質的な治療者の役割を果たし、いわば患者さんにとってのキーパーソンとして機能するでしょう。その存在は、患者さんの孤独感や疎外感を軽減し、他者への信頼を回復させるきっかけにもなります。特に重要なのは、これらのキーパーソンは、患者さんが幼いころ持てなかったであろう理想的な養育環境のやり直しの機会を与えている可能性があるということです。多くの場合患者さんはキーパーソンに対する配慮や遠慮を保つため、その役割は子供人格になったときの親代わり等に限定される傾向があります。そのためにキーパーソンの多くはまるで親や保護者のような気分になり、パートナーを可愛かったりいとしく思ったりするものです。キーパーソンの一部は人をケアしたいという欲求を持っている場合が少なくありません。それが患者さんのニーズに一致する場合があるのです。
治療者はこのようなキーパーソンが存在することでさらに治療的に有効なかかわりを持つこともできます。治療への送り迎え、薬の管理、原家族との関係の調整などがそうして行われ、患者さんの症状もそれだけ早く改善していくでしょう。ただし治療者はそのようなキーパーソンと患者さんとのかかわりをよく理解した上で、適切なアドバイスを与える必要があります。
たとえば患者さんが彼らを頼りにする中で、愛着と依存欲求が高まり、蓄積されていたフラストレーションがその人に向かうこともあります。それが始まると、際限なく要求する交代人格や人格状態が現れ、キーパーソンとなる人物は疲弊し、追い詰められてしまいます。その結果としてキーパーソンの方もまた援助が必要なほどに追い詰められてしまう可能性があります。
治療者がこのような事態に気づいた際には、キーパーソンに助言をし、患者さんの要求に応え続けるのではなく、自らの限界を示し、その人が提供できる支援の内容を整理して伝えるよう、キーパーソンに働きかける必要があります。患者さんの要求をどこまでも満たそうとする姿勢は、かつてその人が親密な他者との間で繰り返してきた服従的態度の再現であり、彼らの苦しみを追体験させられている状況である可能性もあります。支配―服従の関係性に留まり続けようとする患者さんの心性を健全なものに変えていくために、患者さんはよい意味でキーパーソンと協力し合うことが必要です。患者さんは互いに与え合い満足を得るという対等な対人関係の持ったことがない場合が多く、キーパーソンと健全な関係を持てることは、患者さんの対人関係に本質的な変化をもたらすのです。

ノバラさん(20代女性、学生)とミツグさん(30代男性、自営業)

(中略)

4. トラウマ的環境に身を置かざるをえない事態

解離性障害の患者さんの生育環境では、親の側が虐待をしているという認識がなくても、子供にとってはトラウマ的な出来事が頻繁に起きているということが少なくありません。しかし子供の側でもトラウマを受けていると感じる部分が解離されているために、その認識がかけている場合もあります。
たとえば家族が日常的に患者さんを否定し価値下げする状況にあったとします。患者さんはそれに合わせた自己認識たとえば「自分はダメな人間だ」を持ち、そのことを疑問に思わないとします。すると治療者がその患者さんの長所を指摘し、自己価値観を高めるようなかかわりをすることで、患者さんはかえって混乱に陥ってしまいかねません。患者さんの多くは目の前の親の思い描く自分に同一化しようとする特性をもつために、自分を「ダメな人間」と規定してきたわけですから、かえって自己イメージの混乱が起きかねないのです。時にはそれが症状の悪化につながることもあります。患者さんへの励ましや叱咤激励など、治療者や周囲がよかれと思い行うかかわりが、患者さんの不安を高め、罪悪感を深める可能性も出てくるのです。
治療においては患者さんがこのような「だめな人間」という自己イメージが、原家族と共に暮らす状況でどのように形成されてきたかについて話し合うことが重要です。そこではだれが加害者で、誰が被害者であったかという考え方を超えて、そのような自己感がどのような影響を患者さん自身に与えているのかについて検討するという姿勢が重要です。そして可能であれば、原家族の協力を得て、過去に生じていた可能性のあるミスコミュニケーションや誤解を取り除くことが大切です。場合によっては患者さんと家族に対して別担当者による並行治療を準備できればなお望ましいでしょう。また可能であれば、患者さんの負担に関与している家族と本人の同席面接を設定し、家族療法的な介入や対応を検討することも有効です。
ただしあらゆる方法を駆使しても現状が改善せず、家族といることが治療的に不適切と思われる場合が実は非常に多いことも確かです。人は簡単には変わりませんし、家族の間で長年培ったものは一朝一夕で変わることを期待する方が非現実的です。そこで患者さんが原家族から離れて安全な環境に身をおくことが真剣に検討されなくてはなりません。


家族と対立するリョウスケさん(40代男性、会社経営)

(中略)