ここまで縮めた!! サイコパスに関する最近の知見のエッセンスということになる。
最近の反社会性PD(以下ASPD)は、いわゆるサイコパスと呼ばれる人々に関する一連の研究により新たな側面が明らかにされてきている。ASPDとサイコパスの異同についてはさまざまな議論があるが、一部の識者は、DSMにおけるASPDの定義には、冷酷さや残酷さが挙げられていないとし、「ASPDに情緒反応の乏しさを加味したものがサイコパシーであると論じる(Kevin Dutton)立場があり、私はその見解に準ずる。
最近のサイコパスに関する研究には、彼らの有する特殊な能力に向けられたものがある。たとえば彼らは被告席で反省の気持ちを巧みに表現し、そのために周囲は混乱し眩惑される傾向がある。ある研究(Stephen Porter による)では、一般人とサイコパスに、ある感情を演技で表現するように指示し、その表情の一コマ一コマを調べた結果、通常の演技では時々垣間見られる微細な素(す)の感情 micro-expression の混入が見られるのに対し、サイコパスにはそれが少なかったという。つまりサイコパスは偽りの感情を演技以上の迫真性を伴い表現できる能力があるのだ。ちなみに別の研究によれば、サイコパスの人たちはほかの人の嘘の感情を見抜く力にもたけており、それが彼らが独特の嗅覚で将来の犠牲者に接近する能力を説明するという。
実際にサイコパスは人の気持ちを読む力が正常人よりも高いことも指摘されている。ある研究ではサイコパスが苦しみを示している他人を見た際、情動を司る扁桃核はあまり興奮しないが、その代わり他者の情緒を認識する背外側前頭前野の活動が増していたとされる。すなわち他人の痛みを感じる力は損なわれていても、知る力はよりすぐれていることがサイコパスを特徴付けているという。
サイコパスに関する研究はまた、彼らの情動性の欠如という点に向けられている。ある研究では脳の鈎状束という前頭前野(意識、道徳心その他の座)と扁桃核を結ぶ経路となる神経繊維の束が、サイコパスにおいては十分に発達していないという。これはサイコパスにおいて道徳的な判断が感情的な反応に支えられていないという事実を表しているという。またサイコパスと正常人に対してある課題を遂行させて学習効果を見ると、サイコパスは課題を間違えた場合に電気ショックを与えられても、それによる学習効果が正常人に比べて低かったという。この懲罰に対する恐れや不安の低下が、彼らの犯罪の常習性や再犯率の高さに関連していると考えられるのだ。しかし彼らが課題を正しくこなすことで金銭を与えられると、これには俄然反応するようになったという。また彼らに覚せい剤を与えたところ、サイコパスの脳では、正常人の4倍のドーパミンを分泌したという。すなわち報酬に対する強い希求と処罰への鈍感さが、彼らを特徴づけていることになる。
サイコパスの持つこの傾向は、サイコパスにとって極めて適応的に働いているという点が注目されている。大平らの実験によれば、「最後通牒ゲーム」で彼らは最終的により多い利益をあげる傾向が見られたが、その一つの理由は、ゲームで相手からの裏切り行為に腹を立てることがより少ないせいであるという。そしてこの種の「クールさ」のために、彼らは諜報部員や二重スパイや、株の売買を行うトレーダーとしての才能を発揮するという。
これらの研究は「低機能のサイコパス」と「高機能のサイコパス」の二種類を考えることの有用性を示唆する。前者は衝動性が高く、みずからへの報酬を先延ばし出来ないタイプで、殺人やその他の凶悪犯罪を犯し、その一部は投獄される運命にある。ところが高機能のサイコパス、いわゆる機能的なサイコパス functional psychopath はむしろ人をうまく利用し、最終的には自分の利益につながるように自分の行動を制御できる。そしておそらく社会で成功を収めた多くの企業主や政治家がこれに該当しているという。この説を唱えた Robert Hare の研究がかなりセンセーションを起こしたことも知られている。Scott Lilienfeld は、これまでのアメリカ大統領の自伝作者に対して自分たちの描いた元大統領たちがどのくらいの反社会性を備えているかについて尋ねてみた。するとかなりの大統領経験者に反社会性が見られるということになった。いわゆるサイコパス・パーソナリティ・インベントリー(PPI)の二つの次元、つまり「恐れを知らない支配欲」や「衝動的な反社会性」について、JFケネディー、ビル・クリントンに特に高い値が見られたという。
また最近では聖人とサイコパスの関係性も指摘される。熟練した外科医や禅の高僧などは課題に集中することで情緒的な揺れを排するところが共通しているという。
この様に考えると、サイコパスは一種の脳機能の低下に由来するのか、新たな機能を獲得しているのかが難しい問題になってくる。そのような面も含めてサイコパスに関する研究はこれからも積極的に進められるであろう。そしてそれはASPDという診断の在り方に少なからず影響を与える可能性がある。特に高機能のサイコパスないしはASPDには自己愛の病理、NPDとの異同も問題とされるであろう。