なんか無理やりまとめた感があるなあ。今回の依頼論文も相当苦労した。でもまとめる上でたくさん勉強させていただいた。感謝感謝。
5.その他
最後に「その他」の項目を設ける理由は、最近の画像診断の発展により、私たちがこれまで知ることのなかった形での、トラウマの「脳への刻印」が注目されるようになってきているからである。端的に言えば、過去のトラウマの体験により、脳の特定の部位が減少したり、逆に増大したりするという現象が数多く報告されるようになっている。
Kremen, WS, Koenen, KC. et al,(2012) Twin Studies of Posttraumatic Stress Disorder: Differentiating Vulnerability Factors from Sequelae. Neuropharmacology. 62: 647–653.Rajendra A. Morey, R. Gold, AL.et al. (2012) Amygdala volume changes with posttraumatic stress disorder in a large case-controlled veteran group. Arch Gen Psychiatry. 69:pp. 1169–1178.
Sublette ME, Galfalvy HC, et al. (2016) Relationship of recent stress to amygdala volume in depressed and healthy adults. J Affect Disord. 203:136-142Gold, AL, Sheridan, MA., Peverill, M. et al, (2016) Childhood abuse and reduced cortical thickness in brain regions involved in emotional processing Child Psychol Psychiatry.57: 1154–1164.Tomoda A, Navalta CP et al (2009) Childhood sexual abuse is associated with reduced gray matter volume in visual cortex of young women. Biol Psychiatry. 66:642-648.Fields, RD (2009) The Other Brain. The Scientific and Medical Breakthroughs that will heal our brains and revolutionize our health.Simon & Schuster Paperbacks. New York, London. R・ダグラス・フィールズ (著), 小松 佳代子 (翻訳) (2018)「もうひとつの脳 ニューロンを支配する陰の主役『グリア細胞』」 ブルーバックス 新書 )
海馬の容積の減少はうつ病や統合失調症やアルコール中毒にも多くみられるが、とりわけPTSDにおける所見として注目を浴び、トラウマやストレスによるコルチゾールの影響なども考えられた。ただし最近の双子研究は、トラウマを受けずに発症しなかった双子の片割れにおいても海馬の容積が小さいことが見いだされ(Kremen, WS, Koenen, KC. et al,2012)、海馬の容積の小ささはPTSD結果と同時に遺伝的な体質とも相関があると考えられている(Kremen, WS, Koenen, KC. et al,2012)。
それに加えて最近では扁桃核の容積の減少も報告されている (Rajendra A.
Morey, R. Gold,
AL.et al. 2012 )。扁桃核の容積に関しては、幼少時のトラウマとの関係が種々に指摘されてきた。最近でも人生の上での短期間のストレスがその容積の減少と関係しているという研究が見られる(Sublette ME, Galfalvy HC, et
al. (2016)
さらにトラウマとの関連で注目されているのは、虐待を受けた子供に見られる前頭前野や側頭葉の容積が低下しているという所見である(Gold, AL, Sheridan, MA., et al, 2016)。最近のメタアナリシスでは、腹側前頭前野、上側頭回、扁桃体、等の体積の減少が指摘されている。さらには虐待を受けた子供で、一次視覚野の容積の減少が見られると報告され、ある研究ではこれはワーキングメモリーに関わるためであるとする(Tomoda A, Navalta CP et al 2009))。
一般に記憶を短期間保持する場合に、視覚的な情報に依存する場合が多く、一次視覚野の体積の現象はこの機能を低下させるためと考えられている。
さらに興味深い事実としては、虐待がどの年齢に起きたかにより、脳のどの部分が委縮するかという「感受期」が知られているという。それによれば記憶に関わる海馬は3から5歳、脳梁(左右半球をつないでいる部分)は9~10歳、前頭前野は14~15歳であるという。ここで考えられるのは、幼少時のトラウマは海馬の機能不全を介して解離の病理を生む可能性があるということだ。また興味深いのは、虐待により脳は萎縮するばかりでなく増大も見られるという。特に暴言を聞き続けた子供は、聴覚野の一部が増大し、それはそこで正常に行われなくてはならなかった神経線維の刈り込み(剪定 pruning)が損なわれているためであると説明されている。
ところで先述の通り、神経細胞は一度出来たら再生することはないと考えてきた。胎生期に最大の数に分裂した神経細胞は、基本的にはそれから消失されていく一方であると考えている。1990年代に神経幹細胞と新生神経細胞が成人の脳にも存在することが示され、成人で神経が新生される可能性も示されたが、その詳細はわかっていない。するとトラウマによりその容積が減少するのは、トラウマが神経細胞死を招いたとしたら説明されようが、また治療により回復するという現象は、この神経細胞の数からは説明できないことになる。おそらくこの問題についてはほとんど理解が進んではいないが、最近のグリア細胞に関する知見はひとつの可能性を示しているであろう。グリア細胞とは、神経細胞の50倍もの数が存在し、神経細胞を取り巻き、栄養を送り、支えている、別名神経膠細胞と呼ばれている細胞だ。このグリアが実は脳において以外にも大きな働きをしているということが研究により次々と明らかになってきている。
ところで先述の通り、神経細胞は一度出来たら再生することはないと考えてきた。胎生期に最大の数に分裂した神経細胞は、基本的にはそれから消失されていく一方であると考えている。1990年代に神経幹細胞と新生神経細胞が成人の脳にも存在することが示され、成人で神経が新生される可能性も示されたが、その詳細はわかっていない。するとトラウマによりその容積が減少するのは、トラウマが神経細胞死を招いたとしたら説明されようが、また治療により回復するという現象は、この神経細胞の数からは説明できないことになる。おそらくこの問題についてはほとんど理解が進んではいないが、最近のグリア細胞に関する知見はひとつの可能性を示しているであろう。グリア細胞とは、神経細胞の50倍もの数が存在し、神経細胞を取り巻き、栄養を送り、支えている、別名神経膠細胞と呼ばれている細胞だ。このグリアが実は脳において以外にも大きな働きをしているということが研究により次々と明らかになってきている。
おそらくこのグリア細胞の数のかなり急速な増減が、脳実質の減少ないし増大という「脳の刻印」に関係していることが推察されるが、今のところこれは私の推察の域を出ない。
6. 終わりに
本稿ではトラウマの身体への刻印という表現を用いてきたが、より正確には、やはりトラウマは脳に刻印されるのである。そしてそれが身体症状につながるのだ。しかしその機序は極めて複雑であり、その大まかなアウトラインが本稿で示した1~4の機序によるものである。そしてそれらのどれもが、解離の病理との関連性を有しているのである。逆に言えば解離の病理の理解はトラウマの身体(脳)への刻印をより包括的に理解することにつながるのだ。
Kremen, WS, Koenen, KC. et al,(2012) Twin Studies of Posttraumatic Stress Disorder: Differentiating Vulnerability Factors from Sequelae. Neuropharmacology. 62: 647–653.Rajendra A. Morey, R. Gold, AL.et al. (2012) Amygdala volume changes with posttraumatic stress disorder in a large case-controlled veteran group. Arch Gen Psychiatry. 69:pp. 1169–1178.