コラム 解離性障害なのか,統合失調症なのか?
《第25巻増刊号:今日の精神科治療ガイドライン》2010年 星和書店所収
従来の精神医学では、統合失調症との鑑別診断として解離性障害が問題とされることは決して多いとはいえなかった。しかし解離性障害についての理解や認識が進むにつれ、多くの同障害の症例が統合失調症の名の下に治療を受け、有効とはいえない抗精神病薬を投与されているようなケースにも関心が向けられるようになってきている。
解離性障害でも幻覚体験が起きることが精神科医に広く認識されるようになったのは比較的最近のことである。すでに何年も前に基礎的なトレーニングを終えた大部分の精神科医にとっては、「幻聴と言えば統合失調症」は常識の部類に属するであろう。すると患者が「誰もいないのに声が聞こえます」と報告しただけで、精神科医が「この人は統合失調症だ」と判断し、その後は急性期の治療としてさっそく抗精神病薬の処方がなされてしまうというわけである。
統合失調症は、以前精神分裂病と呼ばれていた頃は、精神科の病気の中でもとりわけ重篤であるというニュアンスがあった。それが統合失調症という名前に変わったことで、軽症例もあり治療可能な病気という印象を与えるようになっている。しかしそれでも統合失調症は年の単位で学業や仕事を離れて治療に専念することを余儀なくされ、しかも社会復帰が極めて難しい深刻な障害であることにかわりはない。
そのような深刻な疾患である統合失調症が、基本的には神経症圏に属するものとして理解される解離性障害とどうして間違われやすいのだろうか?ひとつには両方の障害において患者は非日常的でにわかには信じがたい体験を語るという点が共通している。そしてもうひとつは、両方とも幻覚症状が頻繁に見られることである。幻覚とは、視覚、聴覚、嗅覚、触覚などを含むさまざまな感覚の異常体験であり、このうち幻聴に関しては解離でも統合失調症でも非常にしばしば体験される。ただし実際には解離による幻聴と統合失調症によるそれとでは、かなり性質が異なるものである。
解離性障害の場合は、幻聴を日常生活の一部として受け入れていることも少なくない。物心ついた時からすでに幻聴が聞こえている場合には特にその傾向が強い。他方統合失調症の方は、発症の数ヶ月前から徐々に幻聴が聞こえ始めたり、場合によってはある日突然声が聞こえ始めたりすることが普通であり、またその声により日常生活もままならないほど苦痛や怯えを感じていることが多い。
以上両障害の幻聴の質の違いについて述べたが、無論あくまでも統合失調症の診断の決め手は、むしろ陰性症状の存在であるという点は強調しておくべきであろう。
以下に解離性障害と統合失調症の幻聴の比較を表(略)に示す。