2016年8月26日金曜日

推敲 13 ①

13章 いろいろなハイがある

報酬系を知ることは、そこにいかに個人差があり、人により何が快感につながるかがいかに異なるか、ということである。本章ではそれらをいくつか紹介することにする。

サドル窃盗男は本当に「変態ではない」のか?

2013年、神奈川県の35歳の男性が、自転車のサドルを多数盗んだとして逮捕された(新潮4520164月号)。男の部屋からは約200個の自転車のサドルが見つかったという。「においを嗅いだり舐めたりするのに欲しかった」そうである。以下はライターのインベカオリ氏の記述を参考にする(新潮4520164月号)。
201212月ごろ、神奈川県横浜市某所では、女性用の自転車に限ったサドルの盗難が相次いだためにプロジェクトチームを立ち上げた。そして監視カメラのデータ等から、男がマンションの駐輪場などで早朝を狙ってサドルを盗む行為が明らかになった。警察の供述調書で、男は語っている。「サドルの匂いについて具体的に話しますと、洗濯に使う柔軟剤のような匂いや、香水のようなよい匂いのものがあったり、逆にカビ臭いような嫌な臭いのものがあり、感触については例えば難しいのですが、固めのマシュマロのような感じなのです。」「私は去年の夏過ぎ頃から、自転車に乗っている若い主婦をみて、サドルに女の人の股部分がついている姿に興奮を覚え、またそれに加え革フェチで、サドル独特の革の質感が好きだったことから女性の乗るサドルを手に入れて触って匂いを嗅いでみたり舐めてみたいと思うようになったのです。」さらには革の匂いを嗅ぎながらマスターベーションを行い快感を得たとの供述もある。
このケースで不思議なのは、のちに不起訴になったこの男性が「報道され、深刻な名誉棄損を受けた」としてマスコミ各社を訴えたことである。「サドルフェチ」的な報道に深く名誉を傷つけられたということだ。しかしそれは逆に本人が否定している部分を逆に浮き彫りにしてしまった感がある。
このサドル窃盗事件で興味深いのは、自転車のサドルという、通常はそれを危険を冒してまで集めようと思わないものに、この男が執着していたことだが、話を聞いてみるとそこに理解できない部分がないわけではない。よく聞かれる下着泥棒とその本質は変わらないであろう。
最近(20165月)一部で話題になったのが、匂いに興奮して(「ハイ」になって)30着の雨合羽を盗んだ32歳の男性の話である。それもヤクルトレディーのものに特化したとのこと。これなども完全な変態扱いである。そしてサドル男と本質は変わらない。彼自身の持つ報酬系の興奮を得る手段が、ほかの人とちょっと違っているというそれだけだ。
結局私が言いたいのは次のことである。報酬系が何により興奮するのかは、人によって全く異なるのだ。その一部は生活習慣により決まり、別の一部には遺伝が関係し、別の一部はおそらく偶然により左右される。しかしそうはいっても読者はどの実情を知らないかも知らない。第●●章でもふれたように、報酬系は一種のランドスケープを持っている。その人にとってはある細かな条件をいくつも満たすことで初めて興奮をしてくれるような厄介なところがあるのだ。中年オヤジの自転車のサドル、というだけでももう駄目なのである。(大きな違いがある、という声も聞こえるが…。)