2019年8月31日土曜日

はじめに 追加


およそこの世に存在しているあらゆるものが揺らいでいるという事実の説明から入る必要があるだろう。
「この世に存在するもの」と言ったが、ここでは抽象概念は除いて考える。なぜならばたとえばユークリッド幾何学における「点」は例外だからだ。「点」とは「位置以外のあらゆる性質を持たないもの」と定義される。ベクトルと異なり、「点」は大きさとか方向性とかは持たないし、もちろん質量などない。そして当然ながら、「点」は決して揺らいではいない。なぜならもし「点」が揺らいでいたら、大事な存在条件である位置を失ってしまうからだ。このように抽象概念なら揺らがないものなどいくらでもある。早い話が「揺らがないもの」という概念は「揺らがない」のである。
 でもこの世に存在する事物はことごとく揺らいでいる。絶対、とは言わない。この世に例外を発見するのは至難だからだ。ただこの世に存在するものすべてが結局は素粒子により構成されている以上、その本質が振動という名の揺らぎを本質としている、と言って逃げることもできる。なぜなら超弦理論によれば、素粒子はことごとく有限の長さのひも string の振動状態により構成されるからだ。だから「この世に存在するものはことごとく揺らいでいる」というよりは「揺らぎ(振動)がこの世を構成している」というほうが正確なのかもしれない。この目に見えないレベルの揺らぎの話は後に回すとして、もう少し私たちになじみのある揺らぎに話を戻そう。
自然界に存在するものとは、たとえば石ころであり、空気であり、惑星であり、時空である。観測方法さえあれば目でみて確かめることが出来るようなものだ。最近はなんとブラックホールまで「見えて」しまっているから驚きである。それらの中で、マクロ的なレベルでも揺らぎを伴わないものなど見当たらない。あたかもそれが自然の理(ことわり)であるかのようだ。そしてそれだけでなく、私達の心も揺らいでいるのである。
  いま私は「それだけでなく私達の心も・・・」とサラッと書いたが、これは「だから」ではない。命を持たないものが揺らぐからと言って、心が揺らいでいる必然性はない。というより私は「自然界に存在する命を持たないものが、ことごとく揺らいでいるらしい、ということに気が付き始めた時(ほんの数年前である)も、「でもどうして心まで揺らいでいる必要があるのだろうか?」と問いたいくらいだった。あるいは「自然物が揺らぐことと、心が揺らぐことは全然別の事情ではないか? たまたま、ではないか?」と問いたいくらいであった。
でも最近考えるようになったのは、心の揺らぎは、自然物の揺らぎと実は深く関係しているのではないか、ということなのだ。心はたまたま自然物と一緒に、ではなく、自然物の揺らぎの結果として、必然的に揺らいでいるのではないか? そう問い出した時に、心の揺らぐあり方がもう少しわかりやすくなるような気がしてきたのである。
М87銀河の中心にある巨大ブラックホール(写真:EHT collaboration
先ほどブラックホールにまで言及してしまったが、目線をもう少し近くのものに戻し、身の回りを見渡してみよう。街角を眺めれば、木の枝も、煙突からの煙も、旗も揺らいでいる。空の雲もゆっくりとではあるが揺らいでいる。どれひとつとして一つ所にとどまってはいない。

2019年8月30日金曜日

人は分子のごとく・・・ 1


人は分子のごとく揺らいでいる
いつか、マーク・ブキャナンの「歴史はべき乗則で動く――種の絶滅から戦争までを読み解く複雑系科学 (ハヤカワ文庫NF―数理を愉しむシリーズ)という本の紹介をしたが、実はブキャナンの本は他にもいくつかが訳されている。その中で注目したいのが、

人は原子、世界は物理法則で動く―社会物理学で読み解く人間行動」白楊社、2009年という本である。原書の題は、「社会的な原子the Social Atom」。つまり人はいわば原子のような振る舞いをしているというのだが、ここでこの著書の提案が大切なのは、モノの揺らぎが、心の揺らぎにどのように接合しているかを問うために格好の素材を扱っているからである。ブキャナンは実は物理学者である。彼は完全に理系的な目で人間の振る舞いを観察し、私たちが犯しがちなひとつの過ちを見出す。それは人文科学者は特にであるが、人ひとりひとりが理性的にかつ独自に、かつ因果論的にふるまっているという前提があるというのだ。彼は私たちが何事についても説明するという事に警戒する。私たちが何かを説明するとしたら、それは常に事後的である。ところが私たちは未来を予測することなど全くできていない。証券会社の株の予測はことごとく外れているのである。
 ブキャナンは物理学者であることもあり、人の動きを占なうのは人を分子ないしは原子に例えて、それらの全体的な流れのパターンから説明するべきであるという。それがこの本の「社会的な原子」という題の由来である。
 さてそのままでは人の行動があるまとまった動きを起こすのかが分からない。たとえば株価の暴落や、突然の暴動や、ある曲の流行などである。それを説明するものとして彼が考えるのが、いわゆる自己組織化である。いわばパターンは自然と生じてくる。それはある種のポジティブフィードバックのような形で生じ、その点では自然界でも人間でも変わらないという。自然界ではたとえば雪の結晶のような無生物のきれいなパターンが作られるが、生命体でも同じである。その中で虎の縞や豹の円のパターンなどは、個々の細胞の一つ一つがそれを作り上げているというよりは、そこで自然とある種の集団的な動きが組織化されるのである。そこには関係している細胞たちの間に影響が及ぼされ、フィードバックループが形成されるという形で形が生み出されていくわけだ。ここに私の好きな柱状節理(無生物)のパターンとオウムガイ(生物)のパターンを紹介しよう。どちらも素晴らしいではないか。
柱状節理(大辞林第三版より)
 
オウムガイの断面

2019年8月29日木曜日

書くことと精神分析 推敲 5


どうして売れない本を書き続けるのか

私は専門書をもう二十冊以上書いているが、ほんの一、二冊を除いては、売れたためしがない。といってもそこそこには売れているらしい。つまり裁断の憂き目にあったものはおそらくまだないし、初版は長い年月をかけても大体売り切っているようである。つまりその本を出したことで赤字になり、出版者様に損失を与えるということは、あってもせいぜい一、二冊だと思っている。
しかしこれほど売れない本ばかり書いていると、私なりに、どのような本が売れるか、あるいはどうして私の本が売れないかは大体わかっているつもりだ。ではどういう本が売れるかといえば、私の本ではないような本だ。私自身が自分の本によく似た誰かの著作を本屋で手に取ってパラパラとめくってもレジに向かいたくはならないと思うからだ。つまり私は自分が読んでも面白くないような本を書いている、あるいはそれしか書けないという意味では確信犯的といえる。
それは私自身が買いたくなるような本とはどのような本か。文章が読みやすく、そして内容が興味深く、読んで「勉強になった」「新しい知識を身につけることが出来た」などと感じられそうな本だ。そんな本は手に取って「この本を帰りの新幹線の中で読もう」という気持ちになる。そしてここが重要なのだが、それらの面白い本には、著者の創造性や新しいアイデアなどが盛りたくさんというわけではないということだ。どこかで耳にしたような事実や理論が、わかりやすく頭にスーッと入ってくるように書かれている。つまりカタい学術書というよりはむしろ、もう少し砕けた一般書に近い本なのだ。
もちろんそれらの本に独創性、オリジナリティがないというわけではないだろう。読んで面白く、どんどん読み進めたくなるような本には、そこに書かれた過去の理論や研究を貫く斬新なモティーフが感じられるであろうし、それ自身が著者のオリジナルな部分と言っていいだろう。しかしページを開くたびにその著者のオリジナルの概念や用語が現れ、しかも学術的な用語が濃縮されて展開されているような本は鬱陶しく、読んでいても疲れるだけである。むしろそのようなオリジナリティが皆無であっても、読み物として面白い本はたくさんある。だからノンフィクション系の本の中には「○○編集部」が作者になっていて、出版社や放送局の非専門家のスタッフ、ないしはライターが読みやすさを重視しつつ本を作成することがあるが、専門家が書くよりかえってよく売れるという現象が起きる。
このように「面白い本」とはどのような本かを考えた場合、私が書いた本の多くがなぜ売れなかったかがよくわかる気がする。私はこのような意味で「面白い本」を書こうと意図したことはあまりないからだ。私はあくまでも「自分で書いていて面白い本」を書いているだけだ。私はすでに誰かが書いたことをまとめ直すことは得意でもないし楽しくもない。むしろ全編オリジナルで行きたいのである。つまり私が書きたい本は結果的に、本屋でそれを手に取った人が「まったく鬱陶しい本だ」という反応を起こすような本になってしまうのである。それがわかっていても頻繁に出版社にアイデアを持ち込んで出版していただいているのであるから、繰り返すが私は確信犯なのである。
結局私は自分自身を、売れない文学作品を書き続ける「自称小説家」のような存在とみなしているのである。売れない小説家は仕事もあまりせずに生活に破綻をきたしながらも、自分の作品の真の価値が認められる日のために原稿用紙を埋める日々を送る。
このように多少自虐的に私自身の立場を表現しているのであるが、実はこの私の気持ちは、先ほど述べた学術論文と著作の対比で言えば、学術論文を書く人の立場をある程度代弁しているのである。つまりすでに述べた博士論文のような、売れなくても学問的な価値を少しでも有するようなものを書いて、あわよくば出版したいという虫のいいことを考えているのである。つまり私のメンタリティは基本的には論文を書くことに向けられているのであり、売れるような本を書くことは、どこか邪道だと思っているところがある。

2019年8月28日水曜日

書くことと精神分析 推敲 4


商品としての著作
今回の発表で二番目のテーマとして取り上げたいのが、著書が持つ商品としての意義についてである。著書が博士論文やその他の学術論文と決定的に違う点は、それが商品として店頭に並び、一般的な経済原理に従って扱われるという現実があるという点である。率直に言えば、著作とは違って学術論文は売れ行きを一切考える必要がない。極端な場合は、学問的な価値が非常に高い論文も商品価値が全くないという事が少なくない。
学術論文の価値は、それが専門家集団の中でどの程度評価され、話題に上り、引用されるかにより決まる。それに比べて著作は商品として売れること、すなわち専門家を含めた一般の読者によって一定数以上購入されることが必要である。無論売れる著書が同時に学問的な価値を伴っていれば申し分ないわけであるが、そこに多少疑問があっても、売れさえすれば許されるという面がある。(ただし自費出版の場合には全く異なる話となり、ここではそれは除外して考える。さらには著者が一部を買い取るという条件で出版される場合も結構あるが、これもここでの議論から除外すべきであろう。)
そこで商品価値のある本、つまり売れる本とはどのようなものだろうか。書店の専門書コーナーには多くの著作がひしめいている。読者はその一冊を手に取り、パラパラとめくって、比較的短時間で購入するかどうかを決めていく。多くの場合は手にとってほんの数秒でもとの本棚に戻される。その時読者はそれをサラッとめくって二、三行読んで自分の興味や心地よさを刺激されるかどうかを調べる。時には本の装丁を見て最後の決断をしたりしている。いわば五感を用いて本の味見をするのだ。そしてそれが誰が手に取ってもすぐに本棚に戻されるようであれば、著書としての生命はかなり危ういということになる。結果として初版を売り切ることもできず、場合によっては出版元の倉庫で眠っていて、一定の時期を過ぎると裁断の憂き目にあう。裁断とは著作の初版の売れ残りが倉庫の一定の面積を占めることによる損益が大きいために、機械で切り刻まれ、資源ごみとして出されることである。私はそれをひそかに「著作の処刑」と呼んでいる。長い時間と労力を費やし、出版社の期待を背負って世に出た著作が受ける処遇としては、これほど悲惨なことはないであろう。
もちろん出版社もそのようなことがないように、初版の数から調整する。まずどう見積もっても数百部だろうと考えると、それを初版の部数として印刷し、ともかくも数年かけて売り切ることを考える。運が良ければ初版が何年か後に売り切れ、再版がかかる。詳しい出版事情は分からないが、大体初版を売り切って再版がかかることで、著作としては採算が取れたと考えて著者は胸をなでおろす。少なくとも出版社にとっては赤字になって迷惑をかけることを意味し、それを回避できたことでこれからも声をかけていただけるという期待が持てるからだ。
この様に本を書くとはそれが商業的に売れるかを真剣に考えながら行う作業なのであり、具体的には、編集者に出版を引き受けてもらえるかが命の分かれ目なのだ。そしてそこに、著作と論文の決定的な違いが生じる。編集者は常に頭の中で算盤をはじき、一般の読者に手に取ってもらうだけでなくレジに向かってもらえるかどうかを判断する。その際の目安は、その著作が一般の読者目線になった編集者にとって「面白い」かということだ。それに比べて論文は著者の専門分野における独創性、すなわち学問的な価値がなくてはならない。そして後者については、普通の意味で「面白く」なくても構わないのである。
例えで私がよく思い浮かべるのは、数学の論文である。歴史的に有名なポワンカレ予想は長年数学者たちを悩ませていたが、2002年にロシア人の数学者グレゴリー・ペレリマンがそれを証明したとする論文を発表した。しかしその論文を読んでそれが正しいかどうかを判定する数学者がごく限られ、4年の歳月をかけてようやくその証明の正しさが確認されたという。
もしこのペレリマンのポワンカレ予想の証明が、専門誌に投稿される代わりに、薄手の著書として出版されていたと仮定しよう。まだその正しさが確定せず、またその内容を理解できると感じる人が世界中で数人の数学者であるとしたら、書店で手に取った人はパラパラとめくっただけで、聞いたことのない著者のチンプンカンプンなその本をほぼ確実に本棚に戻してしまっただろう。こうして学問的には最高レベルの価値を持った著書は、その商品価値はゼロに等しく、その初版のほとんどが裁断の憂き目にあうことは保証されているようなものだっただろう。
さてそこでどのような本が売れるのか、ということについてである。これについては、そもそもよく売れる本を書いたことがないという自負がある私にも、少しは分かっているつもりである。それではどうして売れる本を書こうとしないのか、と問われるかもしれないが、それを書けない複雑な事情もある。そのことについても後に書いてみたい。

2019年8月27日火曜日

書くことと精神分析 推敲 3


博論の主要なステップとしての「鉱脈に触れた論文」
それまでまとまった文章を書いた経験のない人が、博士論文の執筆をいきなり目指すとしたら、それは登山経験の浅い人がいきなり高い山を攻略しようとするようなものである。まずは経験者と一緒に、あるいはそのアドバイスをもとに標高の低い山を登ることで体力と自信をつける必要があるだろう。ただし博士課程に進んだ人の多くは、すでに学部の卒業論文と大学院の修士論文を提出して受理されたはずである。そしてもし卒論や修論が十分な内容を伴い、しかもそこに一貫したテーマが流れ、それを継承発展させる形で博士論文を書くという計画であるならば、実はそれは博論を書くための王道といってもいいだろう。ある意味では博論執筆の最短コースにあるといってもいい。しかし多くの場合、卒論の段階でその後の理論的な発展を予想するような骨のある内容のあるものを執筆することは難しいだろう。そこでまずは博論のテーマを卒論や修論で執筆したものとは別の、新たなテーマで書くという場合について論じたい。
私の考える博士論文執筆の最初のステップ、すなわち先ほど「標高の低い山」と称したものは、いわゆる原著論文や研究論文、ないしは査読付きの研究論文を書くことである。できれば査読付きの単著の原著論文という形で博論の核となる部分をまず作りたいものだ。それを書くことは博論執筆の決め手といえるだろう。ただしそのような単著論文を書くことが難しい場合は、まずはトレーニングとして査読なし論文や症例報告などにチャレンジしてみることが勧められる。骨のある内容のあるものを執筆することはむずかしいだろう。
そこで博論の核となるべき単著論文の執筆についてであるが、それは多産的で多くの可能性を持った論文であることが望まれる。あるaというテーマについて論じているが、筆者の中では、あるいは読者の側にも関連するbというテーマが浮かび上がり、今度はそれについているうちにcdというテーマが浮かび上がるような論文。そしてその全体がAという大きなテーマに収斂しそうな気配があれば、しめたものである。そしてaが専門誌に掲載されるだけの質を持っていることを確認したうえで、その続編となるようなbというテーマに関する論文を書きながら、「そうか、このbという論文は、Aという博論のもう一つの章になるのだ」という感覚をつかむことが出来たら、幻の博士論文Aの準備は着々と整っていることになるだろう。その場合はaはある鉱脈に触れていたという事になる。
鉱脈に触れた論文の場合、そこに触れたいけれど触れられなかったというテーマがそこここにあるはずだ。この論文はここを掘ったが、あそこの尾根までつながっているかもしれない、とかここまで掘り進んで体力が尽きたけれど、次回はその先まで掘り進んでみようという事になる。つまり続編を書きたくなる、あるいはその論文で続編を予告するという事になるだろう。おそらくそのような体験があり、初めて人は博士論文を書け、そして著書を書くようになるのだと思う。
ちなみにこの種論文が専門誌に発表されることは実はとても重要である。というのもその論文のモチーフや、それが指し示す鉱脈は、ひょっとしたら幻かも知れず、荒唐無稽だったりユニークすぎたりして博論のテーマとしてはふさわしくないかもしれないからだ。だからそれがテーマとして学術的に受け入れられるという担保が必要になる。もちろん指導教官がそれを保障してくれるのであればいいであろうが、より確かなことは、この最初の滑り出しがしっかりがその専門分野の学問的な土壌に根を下ろせているかということなのだ。
私はこの鉱脈につながるような論文を「種(たね)論文」と呼ぶことにするが、種論文とそれ以外のためにならない論文との違いをここで関げてみよう。
たとえばある論文や書籍に書かれたある理論について、その大部分については同意しているが、そのごく一部に異論を持ち、それをテーマにした論文を書いたとする。それはそのテーマでおそらく完結してしまい、それ以上の発展性を持たないであろう。つまりそのテーマ自身はあまり根幹部分となり得ないため、種論文にはならないのである。またある一人の患者さんとの特殊で興味深い体験を持ったとしたら、それは症例報告としては意味を持つであろうが、それで完結していれば種論文とは言えない。ただしその症例報告から出発し、これまではあまり注目されてはいないものの、長い間見過ごされていた一連の疾患が再発見されるきっかけとなる報告なら、これは図らずも鉱脈を掘り当てたことになり、立派な種論文に化けることもあるだろう。
さてこの種論文を書くことについて、以下に私が体験した例を通して説明したい。ただし私の例のレベルは決して高いものとはいえず、披露するのはお恥ずかしい限りの内容であることを始めにお断りしておきたい。私がこれまでに述べたことの実例になっていないかもしれず、お耳汚しになってしまわないことを願いたい。← 恥ずかしいから省略。

2019年8月26日月曜日

書くことと精神分析 推敲 2


学術書の著述の基礎となる「博士論文」

簡単に本を書く、と言っても、そのような経験を持たない人には難しいであろうし、何から手を付けたらいいかさえもわからないだろう。おそらくある程度のノーハウを習得する必要がある。もちろんノーハウがなくても本を書けることが出来る場合もある。あなたが何かのきっかけで時の人になったとしたら、出版社からゴーストライターがやってきて、あなたに23時間インタビューをして瞬く間に本を仕上げてくれるかもしれない。あるいは常人にはとても体験できないような出来事を書きおろせば、多少体裁が整っていなくても編集者が手を加えてベストセラーに仕立ててくれるかもしれない。しかし私たちのほとんどはたとえ斬新な発想を持っていたとしても、それを文章にしてくれる人など現れない。独力で本を書き上げなくてはならないのである。その際には私たちは正攻法で本を創ることが出来るようになるための、ある種のトレーニングが必要になる。それが博士論文の執筆である。そこでここからしばらくは、博論執筆のノウハウという、少し真面目な話になることをお許しいただきたい。
 ここでの私の主張は、ある程度の学術的な内容の本を書こうとしたら、そのノーハウを正式に学ぶことができるのが大学院の博士後期課程であるということである。もちろん博士論文は著書とは異なるが、質、量ともに著書の数歩手前の段階に到達しているものと見なすことが出来る。優秀な博士論文ならそのまま出版可能な域に達している可能性もあるし、実際できのいい卒論であれば、大学からの助成金に後押しをしてもらって著書として世に出るということは最近しばしば目にする。ただし博論として受理されたものの、そのままでは出版できるレベルではない場合も少なくない。もちろん博士課程に進んだから自動的に博士論文が書けるわけではないし、実際に論文を書かずに博士課程を修了する人もたくさんいる。ただおそらく博士課程に進んで、博士論文を書くことを一度は真剣に考えない人も少ないだろう。その意味では博士課程に進むことは、自分が博士論文を、あるいはその先にある本を書くことが出来る能力があるか、あるいはそれだけのモティベーションや根気があるかを見極めるプロセスでもあるのだ。
 そこでここからしばらくは「いかに本を創るか」、を「いかに博士論文を書くか」に置き換えて論じたい。もちろん博士後期過程に進まなくても将来著作を発表できる人はいるであろう。その場合には、その人は博士論文を書くという作業に含まれる段階を別の形で、あるいは自然に習得する力を持っていた場合と考えることが出来る。言い方を変えれば、博論を書くという作業は、文章を書くことに特別な才能を持たない人が正攻法で本を創るためのトレーニング(あるいはそれを諦める過程)と考えることが出来るのだ。

2019年8月25日日曜日

書くことと精神分析 推敲 1



本を創ることの意味

ここで本を創ること、という表現を時々用いることをお許しいただきたい。私は本を出版することに大きな思い入れがあるが、それはその装丁やデザイン、挿絵や文字の種類なども含めたある種の作品というニュアンスがそこにあるからだ。だから本は書く、というよりは創るものだ、という感覚がある。
まずこのテーマに関して私の素朴な疑問を述べるならば、「人はどうして本をもっと書かないのだろうか?」という事だ。私たちの多くが何らかの形で自己表現をする機会を望んでいる。それは昨今のSNSの繁栄を見ればわかることである。多くの人々が気に入った景色や見栄えのする料理をスマートフォンで写真に収める姿を目にするが、それらをインスタグラムに載せることは多くの人にとって重要な関心事のようだ。
精神分析的な精神療法を実践する私たちも、そこでの経験やそれをもとに作り上げた理論を発表するための幾つもの手段を持っているが、それをある程度まとまった分量で発表する際に、著作という形を選ぶことの利点は多い。本を書くということほど費用もかからず(もちろん執筆料などは発生はしないが)、他人に迷惑をかけることなく(まったく売れない場合には出版社に申し訳ないが)、そしてリスクを伴うことなくできる自己表現は他には見当たらないからだ。私は比較的多くの著作を書いてきたが、自分だけ人より多くそのような機会を得られたことについては一種の後ろめたさがぬぐえない。ただし最近ではインターネットの普及で、ホームページやブロクという自己表現の手段が格段に増えた関係で、この様な後ろめたさは幾分減っては来ているのであるが。

ただしそうは言っても「書くこと」が好きでない人も多いであろう。私たちはみな自己表現の機会を望んでいると述べたが、そのための手段は人によってまったく異なる。それはダンスなどの身体表現であったり、歌唱であったり、器楽演奏であったり、絵画であったりするだろう。あるいは仕事を通して社会に貢献したり、議員として政治活動に携わったり、起業して金銭的な報酬を得たりすることも立派な自己表現と言える。そのように考えると書く事を自己表現の手段として選ぶ人がそれほど多くないとしても、驚くにはあたらないかもしれない。それに書くのが苦手な人にとっては、一冊の本になるような分量を書くという作業は苦行に等しいのかもしれない。そこで私の話は少なくとも書くことの喜びを多少なりとも理解し、そうすることに興味を持ったりする方々に向けられたものであることを最初にお断りしておきたい。その上でいかに「もっと楽しく書けるか」を多少なりともお伝えできれば私としてもうれしい。

2019年8月24日土曜日

アトラクター 推敲 2

もしアトラクターが冪乗則に似た仕組みで成立するとしたら、おそらくそれが生じる必然性も理由も特にないということになる。それは生じるべくして生じた、としか言いようがない。すると皆さんの次のような考えはあまり意味がないことになる。
「もし台風10号が発生しなかったとしても、どうせ別の台風が同じように発生していただろう。」
いやいや、それがわからないし、おそらくそうではないところがアトラクターの不思議なところなのだ。台風10号が発生する前は、南太平洋の赤道近くには、将来台風になるかもしれない乱流、ないしは台風の卵がいくつかひしめいていたのであろう。でもそのうちどれかが大物の台風に化けるか、あるいはそれらのなかから台風に化けるものがそもそも存在するのか、ということは予知できなかったはずだ。そもそも台風10号の発生自体が偶発的なものだったのである。すると「もし台風10号が発生しなかったら?」という発想自体にあまり意味がなくなるのだ。それはちょうど 「関東大震災が起きなかったらどうなっていたのか?」 という仮定に意味がないのと同じである。(それとも皆さんはこう思うだろうか?「いや、もし関東大震災が起きなかったとしても、似たような大震災はきっと起きていたはずである。」しかし実はおそらく高い確率で、何も起こらなかったはずである。それは大きな地震であればあるほどレアだからだ。もし起きなかったとしたらその「代わり」がどこかに起きていた可能性は非常に低かったはずだ。) 似た例を挙げよう。あなたのお父さんがたまたま宝くじで一億円を当てたとする。もしお父さんがそれを当てなかったとしたら、きっとお母さんが当てたはずだと思うだろうか? それと同じである。
同じようなことは、例えば第一次大戦とか第二次大戦にも言える。Buchanan ”Ubiquity” に書かれていたことを思い出していただきたい。その本の冒頭には、第一次大戦が1914628日の午前11時にある車の運転手が犯したちょっとした間違いが戦争の勃発につながった様子が描かれている。私はこちらの方を信じるし、そうだとしたらあの大戦も全く偶発的に生じたということになる。その運転手が正しい場所についていたら、同じような形での第一次大戦の勃発はなかったのだ。
私がこう述べたことについては容易に反論が予想される。「でも台風が発生するような状況がそこには存在していたはずだし、ある意味では台風10号の出現は、必然的なものだったのではないか?」同様の議論は地震についても言えることだろう。「あの時はまさにプレートのひずみが極致に達していたのであり、まさに関東大震災が起きたあの地点こそが、それが最大だったはずだ。」
ところが、である。ではなぜ台風や地震の発生は、結局予測不可能なのだろうか?それは地殻のひずみを計測するような正確な機器が存在しないからだろうか?そう考えることは「ラプラスの悪魔」の時代に引き戻されることである。全知の悪魔がいたとしたら、将来何が起きるかはことごとく予想できるはずだ。でも私たちはすでにそうでないことを知っているのである。そのような全知の悪魔は存在しない。それに代わる様な超精密な機器がたとえ地殻の最大のひずみの場所を特定しえたとしても、地震が必ずそこから発生する保証はないのである。 

2019年8月23日金曜日

万物は揺らいでいる 推敲 2

株価の揺らぎ 

私が最初に揺らぎの不思議さや面白さを感じたのは、株価の変化についての興味であった。まず以下の図を見ていただきたい。これは高安 秀樹先生の  高安 秀樹先生の経済物理学の発見」 (光文社新書、2004年)
から取ったものだが、同様の図はいくらでも探すことが出来る。左右では時間のスケールが違う。左は数か月間のある株価の変動であり、右はそのうちの数週間分を取り出して拡大した株価の変動である。(もちろん縦の時間のスケールも調整してある。) そして左の図の直線に近いと思われる部分を拡大しても、やはり波打っていることを示しているという図である。
私は株の売買などの投資をしたことは一度しかないので経験に基づいて語ることは出来ないが、おそらく投資家の方なら、この揺らぎに特別の思いを持たれるだろう。株価の少しの上昇、下降は、大勢の人がわずかの間に行ったその株の売買を反映している。特定の個人にとっては、株を買った直後の上向きの揺らぎは儲けを、下向きの揺らぎは損失を意味することになる。そしてそこで株を売るか、買うか、あるいはそのまま持っているかの判断は、その後の揺らぎがどの方向に向かうかによって決めればよいのですが、決して誰も正解を教えてくれない。そしてそれだけにその揺らぎの方向が気になるのだ。私たちはよく思う。
「こんな風に時間とともにギザギザに推移して来ている。ということはこのぐらいの幅でそろそろ上向きかな?」
おそらくそうなるかもしれない。しかし時には予想以上に大きい幅で上向きに動いたりする。そしてそれ自体が今度は少し大きな揺らぎを形成していくのだ。つまり揺らぎは小さな揺らぎと大きな揺らぎの複合体のような動きをしているのである。そしてここが規則的な振動との決定的な違いだ。そして面白いのは、時間のスケールを大きくしても、小さくしても、依然として株価は「同じように」揺らいでいる。つまりそれはそれぞれのスケールで同じ程度の揺らぎ方を示す。これは実は私たちが通常考えるランダムで規則性のない動き、というのとは決定的に違う。ランダムならひと月ごとの株の上下は、一年とか10年のスケールで見れば平坦にならされているはずだ。ところがそうならないのが、揺らぎの実に不思議なところなのだ。 
このスケールを大きくしても小さくしても、結局揺らいでいる、という性質は、別の章で論じる「フラクタル」という概念と関わってくるが、揺らぎの大きな特徴である。そしてその特徴は心理学的には「未来は予測できそうに見えて、出来ない」と言い換えることができるのだ。
未来は予測できない
株価を長い目で見ても短い目で見ても結局揺らいでいる、ということは、結局「株価は予測できない」ということであるとの理解が、おそらく揺らぎの面白さを支えているのではないか。ある事柄について、その未来を予想できないことは、その事柄が揺らぎという性質を持つ、と言い換えてもいいかもしれない。つまり株価は予想が出来ない、ということを示せば、それが揺らぎの性質をいやおうなしに有するということにもなるのだ。
そこで思考実験をしてみる。例えば複数人の投資家(A,B,C,D,E,F・・・・)がいるとしよう。彼らがある品物、たとえばある風景画の取引をするとしよう。一種のセリのようなことを行われることを想像してほしい。ただしこのセリでは値段は上がることも下がることもあり、永遠に続くのが特徴だ。最初はその絵画にはX円という値段が付いている。さっそく投資家AさんがX+1万円で買う。するとBさんは自分はそれを+2万円で買う、と言い出す。Aさんは心の中で「しめた!」と思うかもしれない。ここですぐBさんに売れば1万円の利益が出る。でもここで簡単に売るのを躊躇するかもしれない。というのもCさんが「じゃ、私はそれを+3万円で買う」と言い出すかもしれない。そうなるとそれを売ったBさんの方が2万円の儲けになる。Bさんが自分より儲けるのを、Aさんは指をくわえてみているわけには行かない。だからAさんはその絵を売らないで持っているとしよう。
このようにセリはほんの始まったばかりだが、そこにいる数人の投資家の頭はめまぐるしく動いている。そしてその絵の値段がどのように推移するかを一生懸命予想しようとする。そこでCさんが「この絵は素晴らしいから、きっとこのまま値段が上がっていくだろう」と予想したとする。さんは自分の第六感を信じるのだ。そしてどうしてもその風景画を手に入れたいと思うとしよう。そして「X4万円、いや+5万円!」と買い値を釣り上げていく。ところが さんはある危険な賭けをしていることになる。たとえばX20万円で最終的に絵画を手に入れた さんにはどのような運命が待っているだろうか? 最悪の場合を考えよう。突然 さん以外の投資家がそっぽを向いてしまうのだ。皆はこう言うかもしれない。「でもよく見たらこの絵、安っぽくないか? X円でさえ高いくらいに思えてきたぞ。」「X10万円くらいが相場じゃないだろうか? X20万なんてやはりどう考えても高すぎるぞ。」こうして さんはだれも見向きもしないX20万円の絵画を抱えて途方に暮れるのだ。さんの「この絵は値上がりする」という予想自体はもし正しかったとしても、最終的に買った値段が高すぎるのか、低すぎるのか、ということについては、誰も正確な答えを知らないのである。
ただし現実のセリでは、これと反対のことが起きることも私たちはよく知っている。さんの「この絵はどう見ても本物だ」という言葉に踊らされて、みなが投資に走る。バブル、というわけだ。最後には さんが+10万で絵を買った後、「しまった、キャッシュを十分に持って来ていなかった、これじゃ買えない。残念!」と本気で悔しがるとすると、Dさんが喜んで「では私がその値段で引き取りましょう」となり、さんはまんまと10万円を懐に収めることになる可能性も考えられる。
さてこのごく簡単な思考実験は、ある事実を示している。投資家はその絵画の値がこれから上がると思ったら買い、下がると思ったら売る、ということである。そして上がると思う人が、下がる人より多かったら、絵画の値は上がっていく。さて絵画の値が上がったのをみて、もっと上がると思う人と下がると思う人のどちらが多いかにより、値は上がるか下がるかが決まっていく。ところが昨日ちょっと上がったり下がったりした値が、これから上がるか下がるかを誰が正確に予想できるだろうか? もちろん誰も出来ない。どちらを予想しようと、そこに根拠は存在しないのだ。
しかし「根拠はない」とどうして言えるのか、と皆さんは反論するかもしれない。そこでその予想にはある根拠があるとする。その絵画についてのいいニュースが流れた場合、たとえばその画家が何かの賞を受賞した、などが知られた場合、値が上がることを予想することには根拠があるだろう。またその逆で、その絵画が贋作であるとのうわさがネットで流れたとしよう。すると誰もがその絵の値が下がることを予想する根拠を有することになる。しかしすると今度は、そのような根拠でひとたび生じたその絵画の値の上昇や下降は、今度は行きすぎてしまい、明日にでも揺り戻しが起きるのか、あるいは受賞のニュースを聞いた人がさらに値を釣り上げるのか、は再びわからなくなる。どちらを予想するにしても根拠がない。いやもし根拠があるとしたら、・・・ 以下同文。
   結局株価は少し変動した後は再び、尖った芯の方を下に立っている鉛筆のように、どっちに転んでもおかしくない状態になる。絵画の値段の推移を予想しようにも、その予想自体が一つの刺激となって値が少し上がり下がりし、それから先はまた予測不可能な状態へと戻ってくるのである。

2019年8月22日木曜日

アトラクター 推敲 1

アトラクター
揺らぎを論じる上でアトラクターの概念はとても重要になってくる。といってもアトラクターという概念がつかめないと、こう言われてもピンとこないだろう。大体アトラクターって何だ! 
台風10号の雲の様子(情報通信研究機構
「ひまわりリアルタイム
Web814日より)
そこでアトラクターの意味や面白さが伝わるために皆さんに思い描いていただきたいのは、台風である。数日前にお盆休みに突入しようとしていた日本列島は大騒ぎだった。超大型の台風10号が日本に接近し、明日(2019815)には山陽新幹線が全面的に運休を計画したほどだった。なんというはた迷惑。いくらテクノロジーの進んだ現代社会でも、南方海上に数日前に発生したその頃はまだ小さな渦巻だったのに、どんどん発展して日本国民を混乱に巻き起こすようになることを決して食い止めることは出来ないのだ。太平洋上に巨大扇風機を何万台か持って行って空気を反対方向にかき回しても無駄だ。台風10号が周りの大気に影響力を及ぼし、ぐんぐん自分の渦巻きに巻き込んでいくのをとても阻止できない。何しろ北半球の太平洋領域の空気はみなこの大渦巻を維持し、それに引き寄せられ(attract)、さらに発達させるように動いているからだ。誰もこれを止められない。・・・・・ これがアトラクターの現れ方だ。
2019/08/05 16:59 ウェザーニュースより
しかしこれほどすごい力を及ぼす台風10号なのに、その始まりは案外よくわからない。一つ確かなことは太平洋上のどこかで渦巻らしきものが生まれ、その時は同時におそらくいくつかの渦巻きもあったのだろう。(台風が発生する南太平洋上のレーダーを見ると、いかにも何かつむじ風のようなものがいくつも起きていそうな複雑な雲の動きを見ることが出来る)
いくつかの候補の中から一つだけがグングン大きくなっていった。この話はどこかで聞いたことはないだろうか? そう、冪乗則で見た地震の起き方などである。
そこで一転目を世界の情勢に向けてみる。日本と韓国が対立し、韓国では反日運動がかなりの盛り上がりを見せている。その勢いは簡単なことでは止められないし、勢いが勢いを生んで大きなうねりになっていくのを止められそうにない。これもまた「アトラクター的」ではないか。
アトラクターを視覚的なイメージに捉えていただいたうえで定義に戻ろう。ネットで調べると次のような定義が見られるだろう。「力学系において、運動がそこに終息していくような点ないしは集合である。アトラクターの形状は曲線多様体、さらにフラクタル構造を持った複雑な集合であるストレンジアトラクターなどをとりうる。カオスな力学系に対してアトラクターを描写することは、現在においてもカオス理論における一つの研究課題である。」(Wikipedia「アトラクター」の項を一部改編)
これでわかるだろうか? まず力学系、という意味が不明である。重力などの力が働くという話だろうか? (つづく)

2019年8月21日水曜日

万物は揺らいでいる 推敲 1


今でこそ揺らぎは一大ブームとも言えるテーマだが、揺らぎはそれこそ宇宙が始まって以来永遠に存在してきた。宇宙の始まりと言われている「ビックバン」はその最大にして最初の揺らぎだったかもしれない。それは大変な激震だったが、それでも「大きな揺らぎ」には違いなかった。考え方によってはビックバンにより起こされた擾乱が揺らぎとして全宇宙に、そして量子レベルでの微小の世界に存在し続けているのかもしれない。そして今でも気温、気圧、海水温、あるいは地震計の示す波形も揺らいでいる。そして私たちの体の体温も、血圧も、脈拍数も、脳波もゆらいでいる。科学やテクノロジーが進んだ現代ではそれらは常識の範囲内かも知れないが、いったんその理由を問い出すと、そこに多くの謎が見いだされる。
揺らぎは常に存在していたにもかかわらず、私たちはそれを「発見」していなかったのである。しかし現象としては同じことが今も昔も起きている。世界は今も昔も揺らいでいるのだ。では揺らぎという概念が生まれる前、揺らぎは私たちの目にはどう映っていたのだろうか? 実は人類は長い間、万物が揺らいでいることを知らなかった。そもそも細かな揺らぎを見出すためには正確な基準が必要になる。しかしたとえば時間に関しては16世紀の終わりにガリレオ・ガリレイが振り子時計を発明するまでは、正確な時間の計測は一般人には全く不可能だった。だから脈拍数が揺らいでいることなど知る由もなかっただろう。何しろ人間の脈拍を比較的正確なものと見なし、時計代わりにする場合もあったのである。
ただしそれでも少し注意深い人であったら、脈拍は呼吸の影響を容易に受けることがすぐにわかるだろう。人は息を吸い込んでいる時は脈拍数が少しだけ上がり、吐いている間は少し下がる。肺が酸素を吸い込んで血液が酸素を運ぶ効率が上がる時には脈を上げ、下がる時は脈も下げるという風にして省エネをしているわけだ。ところが少し注意をすれば見出すことのできるこの揺らぎも、いわゆるノイズ、雑音とされていたわけだ。そこには説明できないものは要らないもの、相手にしなくていいもの、という一種の偏見があった。もちろんそのような傾向は現代の私たちも持っている。ノイズとは余計な音、録音をしようと思っている対象以外の阻害的な音、程度の理解でいいだろう。そもそもノイズとはゴミとして扱われるものなのだ。そしてそれまでノイズと見なされていたものを真剣に取り除こう、ターゲットとなる音を抽出しようという試みがなされるようになって初めて、ノイズの真の性質が解析されるようになり、そこにある種の法則性が見つかり、それが揺らぎという概念と結びついたと考えることもできる。
似たような例を考えよう。海岸から純粋な砂を集めようとする。純粋な砂は砂場を作る際によく売れるとしよう。ただしここでの砂粒とは、岩石が細かい粒に砕けて出来たものを呼ぶとしよう。しかし正確に顕微鏡を用いて除いてみると、砂粒だと思っていたものには砂粒以外のいろいろなもの、ゴミとでも言うべきものが沢山混じっていることがわかった。そしてそれらを取り除くことをせずに砂粒として扱っているうちは、誰もそのゴミの正体を知る必要も、意欲も持たなかっただろう。ところが正確に砂粒とそれ以外のものを峻別するという段になって、初めてゴミと思われた、ものの中にカルシウムを主成分とする粒が一定の割合でピンクがかった粒が明らかになる。人は今度はこちらに夢中になり、その由来を知ろうとする。そして早晩それが珊瑚のかけらであった事がわかるのだ。その一部は近くの珊瑚礁から、別の一部は遠くの珊瑚礁から、あるいは太古の海に存在していた珊瑚礁の名残として残っていて、それがその海の壮大な歴史を物語っていることがわかったとしよう。そして今度はそれのみを集めて綺麗なピンクの砂(珊瑚砂)を集めて売ろうということになるかもしれない。こうして突然ゴミの一部は宝の山になるのである。揺らぎにもこれと似たようなところがある。
 最近では、たとえばゲノムのうちのゴミ junk といわれていた部分も実は宝の山だということがわかってきた。これなどはノイズが宝になるといういい例であろう。それまで DNA の含む核酸の配列による情報のほんの2パーセントほどが遺伝子情報としての意味を持つとされてきた。だから98パーセントは「ジャンク(ゴミ) DNA」と呼ばれていたのだ。それがその98パーセントの部分に、どの遺伝子をどのように発現させるかという重要な情報が詰まっているらしいことが分かり、最近では「98パーセントのトレジャー(お宝)DNA」などといわれるようになって来ている。
実は同様のことが神経細胞の研究にも言える。人間の脳にある1000億個とも言われる神経細胞こそが脳の機能を直接担う働きを有すると考えられ、数にしてその数倍はある神経膠細胞(グリア細胞)は単なる結合組織、神経細胞を固めて固定したり、栄養を運ぶだけの細胞と考えられてきたが、今そのグリアに情報伝達の役割が認められるようになり、ここでもジャンク → トレジャーへの変化が起きている。
ともかくも揺らぎは私たち人類がごく最近になりゴミの中から発見した宝、それもこの世の成り立ちの秘密を握るような宝としての意味を見出されたのである。

2019年8月20日火曜日

揺らぎと死生学 8


いわゆる三島事件(1970)は議論が多く、またいろいろ想像力を掻き立てる事件であった。三島由紀夫は著名な作家であり、ノーベル文学賞の候補にも上がったほどの人物であった。彼は葉隠の愛読者であり、信奉者もあった。彼は第二次世界大戦まで日本が持っていた伝統的な価値観を熱心に説いた。特に彼は日本国民が天皇を崇拝し、それに従う文化を称揚した。彼が晩年に発表した「葉隠入門」では、死を覚悟することがその人の精神の最高度の成熟を意味し、それは同時に人が最高の形で自由を行使することであるとした。そしてそれから3年後、三島は実際に日本の平和憲法に反対し、日本人が再び天皇を中心とした社会を復古することを呼び掛け、それが受け入れられないと見るや昔侍がしたような儀式化された形での切腹による自殺を決行した。三島は一見葉隠に述べられたような死の覚悟を持ち、「最高の自由」を行使したかのようである。

揺らぎとダイナミックな心、静的な心

フロイトの無常と死生観について触れた際、人の死の受け入れには非常に大きな個人差が存在するということを述べた。死の完全なる受容を達成したと思えた次の瞬間には、私たちはそのことを忘れて仕舞っているし、ちょうどその逆のことも起きている。私がここで改めて提案したいのは、人の心のダイナミックで揺らぐという性質が感情の源であるということである。そしてフロイトの後期の概念はそれを示唆しているのである。そしてそれは日本文化における無常や儚さの概念とも非常に近いことがわかる。
この最後の部分ではダイナミズムが失される危険についても触れてみたい。
心の力動、ないしはダイナミズムという概念は古くもあり、新しくもある。フロイトは19世紀末に心の在り方としてのダイナミズムを考案した一人である ( Ellenberger, 1970) 。ダイナミックな心を近代において切り開いたのがフロイトであり、ユングであり、ジャネだったのである。心のダイナミズムは現代的な考え方では揺らぎや振動や複雑系の理論とも関連し、そこには私たちの中枢神経系の在り方も含まれる。揺らいでいるということが、むしろ私たちの心や体の健康度の指標であるということは少し意外かもしれない。それは血圧や脈拍や体温の揺らぎについても言えることだが、つまるところ私たちの有する中枢神経系の神経細胞の発火の持つ揺らぎへと帰着する (Northoff, 2016)
私たちが喜びや悲しみといった情緒を体験するときは、私たちの心に力動が存在し、その自由さや柔軟性を有し、それらの感情が結果として生じることを示しているのだろう。その意味では喪のプロセスはいかにそれが高いレベルで達成されたとしても、それは依然として儚さを前提としているということになる。
私たちはダイナミズムやゆらぎがなくなってしまった場合の心の在り方を想像することも出来よう。それはフロイトが仮説的に考えた喪の完遂ということである。私たちはこれをある種の静的で安定した状態であると考えることが出来るが、そこにはもはや感情や感覚はないだろう。私たちがここで思い出すのは、フロイトの「大洋感情 oceanic feeling」という概念だ (Freud, 1927)。それはフロイトによれば「永遠で、限りがなく、境界がない」(p. 64) ということになるが、そこでは心は母親の子宮に回帰し、母との完全なる合一を達成することになる。その状態はいかに理想化され、喜びに満ちた状態であると想像されても、それ自身は空虚で意味を持たない可能性がある。フロイトが考えた自己愛の状態も、それが第一次であろうと第二次であろうと、同じような状態であると考えることが出来る。

2019年8月19日月曜日

揺らぎと死生学 7


いわゆる三島事件 (1970) は極めてセンセーショナルで様々な議論を掻き立てる事件であった。三島由紀夫はノーベル文学賞の候補にも上がったほどの、日本を代表する著名な作家であった。彼は「葉隠」の愛読者であり、信奉者でもあった。彼は日本人の精神が第二次世界大戦後に変質してしまったとし、それまで日本が持っていた伝統的な価値観を取り戻すべきであると熱心に説いた。特に彼は国民が天皇を崇拝し、天皇のもとに一つにまとまるという極めて右翼的な皇国史観を唱えた。
三島の主張は死生観にも及び、葉隠れに表された精神の重要さを説いた。彼が晩年に発表した「葉隠入門」には、死を覚悟することがその人の精神の最高度の成熟を意味し、自殺は人が自由を行使する最高の形であるとした。そしてそれから3年後、実際に三島は自衛隊の駐屯基地に立てこもり、日本の平和憲法に反対し、日本人が再び天皇を中心とした社会を復古することを呼び掛け、それが自衛隊員たちに受け入れられないと見るや、士道に則った儀式化された割腹自殺を遂げたのである。
三島は一見「葉隠」に述べられたような死の覚悟を持ち、自らの自由を最高の形で行使したと取れなくもない。少なくとも三島自身はそれを意図したはずである。しかし彼の行動には様々な反応が見られた。日本の精神分析家の岸田秀 (1978) は彼の行動が含む欺瞞を鋭く突いた。彼によれば、三島は決して自己をリアルな自己を体験することはなかったという。彼はごく幼いころから周囲の大人たちの願望を満足させなければならなかった。なぜなら彼の両親と祖母がそれぞれ盲目的に彼を「愛し」、彼ら同志はといえば非常に葛藤的な関係にあったからである。三島の人生はその最初から三方向に引き裂かれていて、彼が真に自分に自由になり、自分に正直になるためには、自殺することで彼らとの関係を永遠に絶つしかなかったというのだ。三島の行為がいかにヒロイックで自己犠牲的に見えても、彼が死に直面する際にいかに彼の自由さの感覚がもろく、また誤解されたものであったかを示している。三島の行為は自分の自由さを表現したものではなく、それがいかに自分に欠けていたかを図らずも表現したことになるというわけだ。三島の生き生きとした文学的な表現はいわば文学の衣をまとった彼の生命感の躍動と言えたが、後の人生において、その才能が枯渇するに従い、三島は自らをある固定したものにしたいという願望を持った。それはノーベル賞の受賞者で愛国主義者で殉教者であるというある種の理想化された姿、生の躍動感の失われた偶像としての自分を確立しようと試みたわけである。死とは究極的な、揺らぎの終焉というわけだろう。

2019年8月18日日曜日

揺らぎと死生学 6


日本文化における死生観
死生学は日本文化の中では「無常」のテーマと無縁ではない。日本語での無常とは、すべては常ならぬもの、という意味で、英語に直すとtransiency  となる。つまりフロイトのこのエッセイの題名だ。だから彼のエッセイは「無常」とか「無常ということ」と訳される。(ちなみに私たちの世代だと、小林秀雄の「モオツァルト・無常という事」という本のタイトルが浮かぶ。これも早速参照しなくちゃ。
この無常という概念はインドから由来した仏教に基づく考えということができる。無常は既に自然の常ならぬ性質を現しているのだ。しかし武士道において、死にたいする心構えの問題がはじめて論じられたのである。(ちなみに武士道はヨーロッパの騎士道にいくらか近いものと言えるが、ここでの両者の差については論じない。)
ここで特に問題にしたいのが「葉隠」である。なぜならこれは武士道の一種のバイブルのようなものだからである。特に有名なのが、「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という文章である。
ちなみに「葉隠」は江戸時代中期(1716ごろ)に書かれた書物であり、肥前国佐賀鍋島藩士・山本常朝が武士としての心得を口述し、それを同藩士田代陣基(つらもと)が筆録し全11巻にまとめたとされる。← WIKI様参考。)「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」と同様の文章で「朝毎に懈怠なく死して置くべし」とあり、これは常に自分の生死にかかわらず、正しい決断をせよということだという。
  もちろんこの「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」は極端である。ファナティックといってもいいだろう。しかしこれはある種の倫理的な指針であり、侍は大儀のためには命をささげてもおかしくないと言う覚悟を表したものであると言う。もちろんこのような見方に対する様々な意見が存在するし、年代層によっても大きく変わるはずだ。しかしおそらく日本文化においては、そこに一種の潔さや美を見出すという立場を想像することができるのである。武士を描いた多くのフィクションやノンフィクションの中に、「恥をそそぐため」や「責任を取るため」に武士が切腹を行うシーンが出てきて、私たちはその意味するところを把握できているからだ。欧米でも広く読まれている「武士道」を書いた新渡戸稲造は、武士道こそが日本人の倫理や行動規範を最もよく表したものだ、と主張している。
もちろん葉隠れが死を受容して自分を犠牲にする真の準備性を示しているとしても、自虐的な陶酔へのかたくなな執着を表しているものとも近いかもしれない。いわゆる三嶋事件はそれを表していた。


2019年8月17日土曜日

揺らぎと死生学 5

さてここからは日本文化の含みについて述べたい。私はこれまで見たフロイトの記述を日本文化という視点から眺めてみたいのである。言うまでもなく両者の関連は明らかである。日本文化においては明白で固定されていて、静的なものに価値を置かないという伝統がある。日本においては、どっちつかずのものに親和性があり、日本において美的なものはいずれも刹那的なものである。そうでないと、私たちは「もののあわれ」を感じないのである。フロイトの「移ろいやすいから美しい」という議論が同僚の詩人には受け入れられなかったとしても、日本人にはおそらくこの理屈に同調する人がそれだけ多いだろう。北山修先生もまさにこの問題について扱っている。彼によれば日本人は自分たちの運命を儚いものに投影する傾向にある(北山, 1998)。それらの儚いものとはホタルや線香花火などである。松木邦裕先生は「不在の在」を論じ、そこにないものが逆説的にその現前性を示すという点について論じている(松木, 2011)。私は最近になり、日本の文化を受け身的で秘密主義的であると表現した。それは隠されたものにより深い意味を付与する。それは谷崎潤一郎(1934)の「陰翳礼讃」により表現された。
ここで私の意見を述べるならば、この心性は日本人にとっての春の風物詩である「花見」に典型的に表されていると考える。毎年春先になると日本列島の各地の桜の木が一斉に花をつける。人々は桜の木の下に繰り出し、談笑し、酒を飲む。そしてもちろん桜の花を愛でる。しかし桜の花の命は短く、せいぜい二週間しか持たない。そしてその淡いピンクの花びらが雨のように散ったり、川面の一面に広がったりする。人々は桜の花の季節があっという間に過ぎ去ってしまうがためにそれを愛でるというところがある気がしてならない。日本人にとっては儚さの価値は時間の中での希少さであるTransience value is scarcity value in timeというフロイトの言葉が身にしみいるであろう。実は驚くべきことに(まあ、文脈からすれば驚くにはあたらないのであろうが)、この「無常について」のエッセイでフロイト自身が花に触れている。「たった一晩だけ咲く花は、それだけで愛でる価値が少ないとは決して言えない」(P359)。私の中のファンタジーでは、フロイトは日本の花見のことを知っていたのである。
私の考えでは、表現しないという事は誘惑的であるという事が重要である。控えめでへつらう態度は実は心理的な作戦でもあるかもしれない。しかしもちろんそれは行き過ぎれば自己破壊的となるのは北山(1998)が警告している通りである。北山は日本人がハッピーエンディングよりは別れのテーマを好むことについて述べ、「この抑うつ傾向は示唆的であるが、病的に自己破壊的で、自分自身も刹那的であると感じさせ易い。(p. 947) と述べる。

2019年8月15日木曜日

万物は揺らいでいる 2


揺らぎはおそらくシステムの統合に寄与している

昨日私が書いたのは、なぜ分子がこれほどまでに揺らぐのか、という事だがここに一つの仮説を設けることが出来る。それは揺らぎのおかげで私たち生命はシステムとして成立しているという事だ。システムと一言で言ってもあまり意味が通じないが、要するに情報システムという事だ。その中で情報の交換ができ、新しい組み合わせが生じるようなシステム。中枢神経系はその最たるものだ。人間の場合1000億の神経細胞が存在し、その一つ一つが、他の数千~数万の神経細胞とのつながりを持っている。脳は巨大な網目状の構造をしていて、そこを様々な情報が行きかう。ところがミクロのレベルでは、おそらく揺らぎのおかげでそのような網の目のようなシステムを必要としていない。それは分子レベルでの揺らぎがそれを代行してくれるからだ。私たちがアレルギーの薬を飲むとき、一つ一つの分子がヒスタミンのリセプターにうまく出あうことを祈るだろうか。その両者はほぼ確実に出会うし、分子とリセプターが神経線維のような連絡網によって結ばれている必要はない。体内に入った薬は、血液の流れに乗って体の隅々に送られた後は、自分自身の揺らぎでリセプターに到達するのである。

分子の発見につながったのも揺らぎだった
ところで物質が基本的な要素によって成立しているという事を発見したのは誰だろうか? 科学史に多少なりとも詳しい人ならご存知と思うが、それはかのアインシュタインである。アインシュタインが特殊及び一般相対性理論の発見者であることは常識であろう。しかし彼がノーベル賞を受賞したのは、いわゆる光電効果についてのもので、要するに光がある種の粒子としての振る舞いをすることを発見したことに与えられたものである。しかしもっと知られていないのは、水の分子の存在を実証して見せたという事である。
ロバート・ブラウンは植物学者だったが、1920年の頃、水に浮かべた花粉が顕微鏡下では細かく振動していることを発見した。それは水に落とした墨汁の細かい粒についてもいえた。ブラウン運動の発見である。しかしブラウン自身にも、当時の学者にもそれが何を意味するかは分からなかった。そう、人は理由のわからないことは無視するのである。しかしそれについてアインシュタインが出したのは驚くべき理論だった。それは水の分子が花粉やインクの粒に周囲からぶつかっているからというものだった。しかしどうしてアインシュタインはこの発想に至ったのだろうか。それはおそらく彼が物質の本質としての揺らぎを捉えていたからであろう。だってそうではないか。彼が水の分子が静かに漂っていると想像していたなら、小刻みに揺れる花粉や炭素の粒を見て、「ほら、水分子のせいだ!」などと思いついただろうか。

揺らぎと死生学 4


ところがフロイトの意見に対してもう一つの、やや肯定的な見方もある。それは次のようなものだ。フロイトはおそらく精神の一つ高い段階を表現しているのである。フロイトは野心的であったし、同時に死を極端に恐れてもいた。だから何らかの形で死を恐れないような境地に至ることが可能であると考えていたのではないか。フロイトは精神分析において、患者が解釈を受け入れず、それに抵抗するのに出会った。しかし彼はそれを徹底操作 working through することより克服することが可能だといっていた。彼も結構根性論だったというわけである。そして抵抗はいつかは克服できると信じていた分だけ、フロイトは自分自身の人生に対する諦めや喪を貫徹することが出来ると考えていたのではないだろうか。
この文脈に関連して、Frommer という分析家の考察はとても示唆に富んでいる。彼は同僚(分析家だろうか?)が深刻ながんの宣告を受けたのちに、その同僚は真の自由を獲得して行ったと報告している。それは私たちが十分に正当なものと信じることが出来るような境地である。死の運命が明確になることが私たちを解放し、自由にするという事は実際に起きうるのだろう。先ほど述べたホフマンも同様の例を挙げている。不治の病に侵された子供の親たちの体験を描いているのであるが、彼らもまた死を前にしたある種の自由の境地について描いている。また高層の中には真の意味での解脱を遂げたとみられる人々もいる。それらの境地を私たちは否定することは出来ないであろう。
そこでここからは私の見解である。私はフロイトのリビドー論に依拠して考える。フロイトは喪が完結した時点でリビドーは自由を得るという。フロイトはリビドーを「私たちが愛するキャパシティ」(1916, p. 359)とも言いかえている。そしてそれが一人の人に向けられていた状態から解放されていくのが喪のプロセスであると彼は考えた。私たちが人生において出会うことがらを愛し、楽しむことが出来る能力は、実は常に死すべき運命を想起することで損なわれてしまう可能性がある。それをフロイトは喪の味見foretaste of mourning」と呼んでいる。私の仮説はそれに関連している。人生はもしリビドーをすべて投入したならばきわめて快楽的なものである可能性があると考える。フロイトが示唆している通り、私たちが死ぬことに全く無頓着であるならば、人生はいくらでも楽しめるのかもしれない。しかし問題が一つある。その楽しみは刹那的な形でしか体験できないのであり、なぜならば私たちは子供時代に死の運命を知った時から、喪の先取りの侵入をあらゆる瞬間に受けているからだ。幸運なことに、死は頭から去ることが出来、私たちはリビドーに再び満たされる。しかしまた襲ってくる。そしてこの揺らぎこそが、つまり「愛することのキャパシティ」としてのエネルギーの行ったり来たりが私たちの人生の喜びと悲しみの鍵となっているのである。
恐らく死の受容の程度は、人によりさまざまである。そしてその振動の幅はひとによっても、そしてその人の人生における段階によっても異なるのであろう。重要なのはこのようなダイナミックで揺らぎを持つ性質が私たちの在り方そのものであり、また感情の源でもあるという事だ。静的でダイナミズムを欠いた状態で感情は決して生まれないのである。ちなみにフロイトは後の著作の中で、リビドーの量そのものではなく、それが上昇したり低下したりする時のテンポやリズムが快や不快の決め手であると述べている。(1924Frommer やホフマンが述べた、死の十分な需要というのも、決して静的な状態というよりは、ある種の最適なテンポやリズムを表現しているのではないだろうか。
ともかくフロイトの儚さについての概念は彼のダイナミックな心の理解につながっており、それはホフマンの弁証法的構成主義により詳述された(1998)。ホフマンが示唆したのは、儚さtransience (Vergänglichkeit) という単語を用いたことで、彼は彼なりのダイナミックで揺らぎにみちた心のモデルを提出したという事だ。フロイトの儚さの議論やホフマンの弁証法的な構築主義の理論が強調するのは、喪や喪失の痛みや、無意味さや空虚さの感覚は、喜びや価値の前提条件であるという事だ。残念ながらフロイトはそのことについてtransient な述べ方をしただけで、決して詳述はしなかったのである。

2019年8月14日水曜日

万物は揺らいでいる 1


万物は揺らいでいる

分子が揺らぐ、素粒子が揺らぐ、そしてもちろん細胞も揺らぐ・・・・

白状するが、私はここ数か月間は「揺らぎ」フェチになっているのだが、(まあそのテーマで本を書いているのでそうなるのが自然だが)それはこの揺らぎが実は、森羅万象に及ぶ現象であることを知ったからだ。さらには揺らぎは物事の一つの性質ではなく、本質とも言えるという事実に直面したからである。私の最終的な目標は揺らぎとしてみた心の在り方の説明であるが、まずは順を追って微小なものから大がかりなものへと目を移していきたい。
ひとつの重要な視点として、私たちが知り、感じている「揺らぎ」というのは、比較的マクロな世界での出来事であるという事は理解しなくてはならない。台地が揺らぐ、旗が揺らぐ(翻る)、体が揺らぐ、という時はかなり大きなものがぐらぐらしていることになる。その周期はかなり長く、大地が揺らぐ地震の時などは、私たちの体もそれに載って一緒に揺らいだりする。ところがより小さなものになると、その揺れ幅は小刻みになり、また周波数も大きくなる。「揺らぐ」というよりはプルプルと「振動する」という表現の方が近くなる。これは生物のゆらぎ方を観察するのが一番早い。大きな生物ほど揺らぎがゆったりし、小さくなると小刻みになる。
たとえばコンドルが大空を舞っている時、その羽の揺らぎ(羽ばたき)はかなりゆったりしたものであろう。一秒に一回か二回がせいぜいだ。しかしスズメやツバメの羽ばたきは一秒に10回程度とかなりせわしなくなる。そして同じ鳥でもハチドリなどは、毎秒50回から80回の羽ばたきというのであるから驚くべき速さである!!
(この部分を書いていてどうしても脱線したくなった。皆さんはパルサーという星の存在をご存知だろうか。太陽より大きな星が終焉を迎えて超新星爆発を起こすと、最後に半径10キロメートルほどの大きさに、太陽何個か分の質量が詰め込まれて、カチカチになる。その密度は1立方センチメートル当たり数億トンというのだが、その巨大隕石の程度の大きさの星がとんでもない速度で回転している。毎秒1000回というパルサーもあるそうだ。だから「大きければゆっくり」にはとんでもない例外もあるという事である。)
  

しかし鳥たちは揺らぐことで空気を高速で押して飛ぶという利点があるが、なぜ分子は振動していなければならないのか。振動していて何かいいことでもあるのだろうか?実はここには深いわけがある。たとえばタンパク質の分子の振動は生命の維持にとって決定的な意味を持つのである。
例えばこんなことを考えていただきたい。タンパク質が体の細胞内で合成される。たとえば一つのたんぱく質の分子は幾つかアミノ酸の結合により出来る。細胞の中のリボソームという器官で、一つ一つアミノ酸がつながっていくわけだ。そのプロセスは途方もなく複雑だが、しばしば出てくる表現として、○○ の部位に ×× が結合して△△ になる、という言い方だ。たとえば次のような解説(Wiki から)。
DNA から mRNA への転写は、酵素である RNA ポリメラーゼによって触媒される。RNA ポリメラーゼは、DNA の二重ラセンをほどきながら、二本鎖のうち鋳型となる鎖の塩基の 配列を読んで、これと相補的な塩基をもったヌクレオチドを次々と呼び込んで結合をつくっていく。」(傍線は岡野)などのように。
しかし「相補的な塩基をもったヌクレオチドを次々と呼び込んで結合をつくっていく」とサラッと書いてあるが、いったいどのようにしてそんなことが起きるのか。一定の塩基配列の周りにウヨウヨしているのは、途轍もない種類と数の分子である。もちろん様々なヌクレオチドの分子もその中に混じっているだろうが、もちろんそれだけのはずはない。つまりその「一定の塩基配列」に出会うためには、途方もない数の分子が揺らぎながらついて離れ、ついては離れを繰り返していることになる。一種の「ガラスの靴に合うシンデレラ探し」が常に生じていることになる。たいていは両者がうまくはまり合わないから、それらの分子は離れていく。そしてたまたまがっちりと合わさったヌクレオチドがそこに収まるというわけだ。そこでは形状がすべてだ。一般に分子は水中では独特の三次元構造をし、ちょうど鍵穴にハマる鍵のようにして、お目当ての分子と結合するのだ。そのためには分子同士が揺らいでいないといろいろなくっつき方を試すことが出来ない。
繰り返すが、ある塩基配列の裏返しになっている塩基が、最初からそこを狙ってやってくるわけでは決してない。すべては偶然の産物だ。ヌクレオチド同士が揺らぎながら途方もない頻度でお見合いを繰り返し、その中からぴったり合ったもの同士が結ばれていく。タンパク合成はこうして水の中での数多くの分子の高速の揺らぎを前提にしないと少しもことは進んでいかない。そうでないと「シンデレラ探し」を短時間にこなすことは出来ないからだ。
もちろんタンパク合成だけではないことは確かである。薬の例でもいい。私たちが春先になり、花粉症に苦しんで抗ヒスタミン剤を服用するとする。するとその薬の分子は、体中をめぐり、ヒスタミン受容体にくっついてヒスタミンの作用を抑える。そしてアレルギー症状が治まるというわけだ。しかしいったいどうやって抗ヒスタミン剤の分子がヒスタミン受容体を探してくっつくのだろうか。血中に流れる抗ヒスタミン剤の分子はきわめて希釈されているだろうし、身体を構成する細胞の表面に広がる受容体の数はその種類も数も天文学的であろう。そして抗ヒスタミン剤の分子は、どこにヒスタミンの受容体があるかなど知る由もない。ただあてずっぽうに、みずからの振動の力によって数多くの受容体と接していく。そして受容体の方も血中を流れる無数の物質の分子とついては離れ、を途方もなく繰り返し、ようやくお目当ての抗ヒスタミン剤と出会う。それぞれのリセプターがお目当ての分子に巡り合うチャンスはおそらく天文学的に小さいであろう。しかし分子の振動によりリセプターに訪れる分子の数もおそらく天文学的であり、だからこそ分子とリセプターが出会う可能性も高まる。(ここを書いていて私が門外漢であるために、その想像が正確ではないかもしれない。たとえば抗ヒスタミン剤は、ヒスタミンの受容体に優先的に引き寄せられるような仕組みがどこかに存在するのかもしれない。しかしそんなことはおそらく起きないであろうからこの想像のままにしておく。)