この前書いたばかりの序文をもう書き変えている。軸がブレているからこうなるのである。
「思えばトラウマのことばかり考えながら臨床を続けてきた。」
前著「脳から見えるトラウマ」(2025年3月、岩崎学術出版社)の前書きを、私はこのような一文から始めた。そして昨今も同じようなことを感じている。
もちろん前著はわずか2年前に書いたものであるから、それから私の思考の方向性は大きく変わるはずもない。しかし私の中で同時に起きているのは、トラウマの問題が様々な方向に枝を伸ばし、全体として一つの思考のまとまりをなしているという感覚である。さまざまな方向とは愛着の問題であり、脳科学であり、AI(人工知能)である。そしてそれらをどのように捉え、理解し、治療に役立てるかということを考える上での新たな精神分析的な視点である。それが本書のタイトルである「愛着とAIの時代の精神分析」に表されているのだ。
とはいえさすがにAIと愛着や精神分析とを結びつけるのは極端と思われるかもしれない。しかしAIについて考えることは、同時にAIではない存在としての人間の在り方を逆照射し、理解することである。そこで光を当てられる心の問題は、これらと結局は複雑に絡み合っていることになるのだ。
ところで愛着も脳科学もAIも、私の関心が自由に向かった先というわけではない。それについて論述し、講義をするという必然性に迫られたことが、それらの分野に親しむ最初のきっかけであった。つまり順番としては、それらの一見無関係に思われる分野について考えているうちに、それらが全体として繋がっていることを知ったという経緯があったのである。