「プレイセラピーと精神分析」の中に入る部分。
John Bowlby (1907-1990) は全盛期の初めにロンドンでM. Klein とかAnna Freud のもとで学んだ分析家であった。しかしロンドンという当時の精神分析の中枢の一つにいて、彼は彼女たちとは違う考えを持つようになった。愛着理論の提唱者でもある Bowlby は、治療者の役割は、子どもに安全基地を提供している母親のそれと類似していると感じ、治療状況というのは母子間のいわば愛着のやり直しであるという非常に大胆な、しかしある意味ではかなり自然な発想に基づく理論を提唱したが、当時の Freud およびその直系の弟子たちとはかなり異なる主張を行ったために、精神分析の世界ではかなり異端扱いをされたのである。同時代でおそらく同じような考え方を持っていたのがWinnicott であるが、彼は愛嬌があり、理論上のあからさまな対立を好まなかった。しかしBowlby はかなりはっきり自己主張をする人であったことも関係していた。
実はBowlby はその生い立ちにおいて幼少時に寄宿舎に入れられて、母親からの愛情を十分に受けることができなかったという事情があった。そのために実際の養育環境っていうのはいかに大事か、ということを唱え続けたのである。今でこそ精神分析の世界でも愛着の問題が盛んに論じられるようになっているが、Bowlby はあまりに時代を先取りしていたために当時の精神分析の世界では、それこそあのD.Winnicott からでさえ煙たく見られていたといわれる。(Phyllis Grosskirth(1986)Melanie Klein Her World nd Her Work, Harvard University Press, p405.
Daniel Stern(Daniel Stern:1934-2012)は『乳児の対人世界』(1985)を著した乳幼児精神医学の第一人者である。私が精神科医になった1980年代に彼の理論は非常にもてはやされていた。彼は実証的な研究、ミクロ的な分析を通して乳児の心的世界の解明を試みたのである。そしてそのやり方も当然ながら、伝統的な精神分析とはかなり違っていたわけである。
Stern の概念に「観察された乳児」と「臨床的な乳児」との区別というものがある。前者は実際にありのままを観察された乳児であり、後者は精神分析的な理論の中で再構築された乳児である。後者はFreudとかAnna Freud とかM.Klein の頭の中で描かれた。それと、発達心理学者が実際の観察をもとにして描く乳児とを統合しようということを試みた。すなわち Stern はあくまでも精神分析の立場からそれをおこなったのである。