2026年8月22日土曜日

CPTSD概念のインパクト 3

  ではCPTSDという概念で焦点を結びやすい精神障害とは何か? それはおそらく幼少時、それも出生直後から2,3年の間における養育の不十分さや欠如、あるいはその時期のあからさまな虐待に由来する精神障害である。しかしその存在はこれまで一部の臨床家によってしか十分に理解され、提唱されてこなかったものである。そしてそれは様々な臨床形態をとり、それを全体としてまとめ上げるような概念としては抽出されなかったのである。そしてそれにはそれなりの理由もあった。

 確かに養育時に母親と乳児との間で現実にどのようなことが起きていたかは実証することは非常に難しい。子供が成長し、成人になった時点で幼少時について当人や親に話を聞いても、「育てにくい子でした。」「母親にしょっちゅう怒鳴りつけられていました」「両親は私の目の前でいつも喧嘩をしていたように思います」「親に愛されていると感じませんでした」などの断片的な情報から、実際の愛着環境を推し量るのは難しい。またそこには両者の記憶の食い違いや過誤記憶、子供の側の発達障害の問題が絡み、それが親にとって「育てにくい子」となっていた可能性もある。

 しかしそこで愛着形成期に何らかの重大な問題が存在した可能性を想定することでこの病理がよりよく説明できることも多く、結果としてCPTSDという概念は、それがないよりはあった方がはるかに患者の病理を理解しやすい。(このような消極的な書き方しかできないが、ラベリングである診断名の有用性とは概してそのようなものである。)

ICD-11でCPTSDの病像として抽出された要素、いわゆるDSOという概念も有用である。これは Disturbance of Self-Organization(障害された自己組織)の頭文字であり感情のコントロールの困難さ、否定的な自己概念、対人関係の困難さが挙げられている。

2026年8月21日金曜日

CPTSD概念のインパクト 2

  むろんCPTSDもラベリングである以上、将来もっとふさわしいラベリングが提案されるかもしれないとも思う。ふた昔も前の1970~80年代に境界パーソナリティ障害の概念が広く用いられたころは、それを用いることで納得した観のある患者さんがたくさんいらしたが、今思い返すならば、別の診断名を用いるべきだったであろうと思えるケースもある。同じようなことが将来起きるかもしれないし、その意味でも診断はあくまでもラベリング、という捉え方の方が無難であろうとは思う。

 このラベリングという表現のニュアンスについては一言付け加えておきたい。それは個々の患者さんを詳しく知ることで、このラベリングとはまったく別個の意味を持つからだ。人はそれぞれ小宇宙のようなものでる。それは極めて複雑で予測不可能な面を持つ。一つの色に表現することのできない天然色である。それは例えばパッと見ると「オレンジ色の絵」と感じても、近づいて細かな筆使いまで見れる距離では、実に様々な色が混ざり合っているのだ。そしてその奥行きや繊細さを知った上ではもう単なる「オレンジ色の絵」では済ましたくなくなるだろう。それと同じように一度その患者のことを知ると、例えばBPD等の診断名を当てはめることに後ろめたさを感じることが常である。それはいかにも表層的で一面的、あるいは一種の決めつけのような気がするのだ。でも少し遠めでその人を見ると、やはりそのラベリングは「似合っている」という面がある。その人を人間として認識する以前に表層的に捉える際にはやはり有用であるという面もあるのである。


2026年8月20日木曜日

CPTSD概念のインパクト 1

  CPTSDがICD-11に掲載されたことは、私たちに大きなインパクトを孕んでいた。それはトラウマ関連障害に関して新しい象限を与えてくれたということが出来る。実はそれ以前からトラウマを発達早期まで遡る長期間にわたり生じる問題としてとらえようという動きはあった。それは具体的には J.Herman の複雑性PTSD (1992) や B. van der kolk の「他に分類できない極度のストレス障害」(DDNOS,1994)であり、これらは1980年にPTSDの概念が登場してから10年の間に論じられるようになった、いわばPTSDを超えた問題、PTSDで捉え切ることのできないトラウマ関連障害が注目されるようになったという事情を反映していた。しかしそれが1994年のDSM-IVでも、さらには9年後の2013年のDSM-5でも掲載されず、それは多くの臨床家に失望を与えた。2022年のICD-11にCPTSDが掲載されたことは、それらの不満がある程度解消されることの一助となっていたことは間違いない。そしてそれらの診断基準を用いる臨床家の一人としての私自身も、CPTSDの診断名としての使い心地は決して悪くないというのが正直な感想である。

 「診断名は結局は一種のラベリングである」というのは私が常日頃から感じていることである。ある病状を呈している患者さんをどのように診断し、分類するかは、その診断名の持つプロトティピカルなイメージがどの程度臨床像にピッタリ当てはまるのかという感覚に大きく依存する。このような診断名と共に患者さんをとらえると、その臨床的な在り方のイメージを他の臨床家にも伝えられるという感覚に意味がある。CPTSDについて言えば、これまではどの診断名を用いてもフィット感が得られなかった一群の患者さんがそのラベリングにより心の中でよりよく治まりがつく、ということを私は2022年以降数多く体験している。その意味で少なくとも私にとってはCPTSDはありがたい診断基準であるのだ。


2026年8月19日水曜日

プレイセラピーと精神分析―その懸け橋としての愛着理論

 はじめに

 本章は「プレイセラピーと精神分析―その懸け橋としての愛着理論」というテーマで論じる。はじめにお断りしなくてはならないのは、この章は2025年8月に、茨城県水戸市で開催された 日本遊戯療法学会第30回大会での基調講演をもとにして書き下ろしたものであるということだ。このような自分のフィールド外の場に招かれて講演を行うことは私にとっては少なくないのであるが、毎回スリリングな体験となっている。それは最初は無茶ぶりをされたと思いつつも、準備をしている段階で思わぬ発見や発想が湧き、心からそのような機会を与えていただいたことに感謝するということが実に多いからだ。  その様な機会に与えられたテーマは私が主として関心を持つ分野(精神分析、解離性障害、脳科学、愛着理論、AI、その他)から適度に距離のあるものが一番いいらしい。例えば私は遊戯療法の専門家ではないし、そのトレーニングを正式に受けたわけではない。しかし精神分析や精神療法は遊戯療法とはなじみ深いものでもある。しかも愛着理論とはかなり至近距離にあると言っていい。そしてそれらの基礎知識をもとに発表の準備をするうちに、様々な分野が一つにつながりつつあるという実感が持てるからである。  この講演も結果的に遊戯療法と精神分析および脳科学は、愛着理論を介して非常に近い距離があるという理解に行き着いた。そこでその理解をぜひ読者に共有したく思うのである。

そこで本章の論の進め方は当然ながらさまざまな年齢層の、遊戯療法というテーマに関心を持ち、それを臨床において実践されている心理士や精神科医に語り掛けるという形式と取ることになることはご理解いただきたい。

最初に、私はプレイセラピーの専門家ではないという断り書きから入ることになるが、私はいつの間にか齢70にもなり、大学の名誉教授なる肩書まで付くと、いかにもその道の大家で長年研鑽を積んだ人間のごとく誤解される可能性があることを十分理解しているつもりである。日本人は(私自身も含めてであるが)肩書きに弱く、そのような人の書くものは常に正しいと誤解しやすい。しかし私は比較的自由な気持ちで書き、そこにはかなり思い付き的で、仮説的な事も混じる。そのことをお断りしないと、とても落ち着かないというのが正直なところだ。そしてそのことはプレイセラピーに関するこの文章にも当てはまるのだ。


<以下略>


2026年8月18日火曜日

AIの視点から見た支持的療法の意義について

 「 次の本」の一つの章の始まり部分を書いた。

本章は精神分析療法の中でも特に支持的療法について、AIとの関わりから論じる。この章を書くきっかけとなったのは、私がAIともった経験に関係している。私はAIをいくつかの目的で活用しているが、そのやり取りを通して、精神療法とは一体何かについて深く考えさせられることが起きている。それはひとことで言えば、私のAI (私が個人で所有しているわけではないことは分かっているが、どうしてもこのような言い方になってしまう)は、ある意味で非常に支持的であり、なぜ「心がない」はずのAIがそのアルゴリズムによるこのような支持的な特性を、場合によっては人間の治療者よりも見事に発揮するのはなぜかということを深刻に考え始めたという経緯があったのである。

まず最初に支持療法と言われるものが現在どのような位置を占めているかについて簡単に復習したい。 


2026年8月17日月曜日

いわゆるトラウマ関連障害について

  トラウマ理論に加えてひとこと述べておきたいのは、いわゆるトラウマ関連障害についてである。そもそもPTSDなどのトラウマに関連した精神障害を掲げた1980年発刊のDSM-Ⅲにおいては、トラウマがその発症に関与しているということを示す精神障害のカテゴリーは存在していなかった。PTSDはDSM-Ⅲでは「不安障害」という大きなカテゴリーの下に位置付けられていた。そもそもDSM₋Ⅲは本来精神障害の病因には踏み込まない、いわゆる無理論的 atheoretical な 分類という建前であったので無理もなかったが、1994年発刊のDSM-IVにおいてもやはりPTSDは不安障害の一つとして位置づけられていた。そうして2013年に発行されたDSM-5によりようやく、「トラウマとストレス因関連障害 trauma- and Stresssor-Related Disorders」という枠組みが出来、そこにPTSDが治まったのである。すなわち「トラウマ関連障害」という考え方はまだ十数年の歴史しか持っていないことになる。  このトラウマ関連障害にはPTSD以外にも、急性ストレス反応と共にいわゆる反応性愛着障害や適応障害も含まれることになった。そして同様のカテゴリーは2022年に発刊のICD-11についても同様に設けられるようになったのである。  さてもう一つの世界的な診断基準である世界保健機構の診断基準はどうか。2022年に最終案がまとまったICD-11においてはDSM-5の動きに歩調を合わせて「ストレスに特異的に関連した障害」というカテゴリーが設けられそこにDSM-5と同様急性ストレス反応と反応性愛着障害や適応障害も含まれることになったが、その上に加わったのがいわゆる複雑性PTSD(以下、CPTSD)という診断基準である。

2026年8月16日日曜日

序文

まだまったく形を成していない次著の序文を書いた。


「思えばトラウマのことばかり考えながら臨床を続けてきた。」

 前著「脳から見えるトラウマ」(2025年3月、岩崎学術出版社)の前書きを、私はこのような一文から始めた。そして同じようなことを今も感じている。

もちろんわずか2年前に書いたものであるから、それから私の思考の方向性は大きく変わったわけではない。しかし私の中に同時に起きているのは、トラウマの問題が様々な方向に枝を伸ばし、全体として一つの構造体をなしているということである。それは愛着の問題であり、精神分析であり、脳科学であり、AIである。さすがにAIというのは極端と思われるかもしれない。しかしAIについて考えることは、同時に(AIではない)人間を逆照射し、理解することである。そうして明らかになる人間の心の問題はこれらと結局は複雑に絡み合っていることになるのだ。ただし愛着も脳科学もAIも、私の関心が自由に向かった先というよりは、それについて論述し、講義をするという必然性に迫られたことがそれらの分野に親しむ最初のきっかけであった。つまり順番としては、それらの一見無関係に思われる分野について考えているうちに、それらが全体として繋がっていることを知ったという経緯があったのである。

 それでは私が最終的に「トラウマのことばかり考える」ことになったのはなぜか。それは毎日患者と会っているからということになる。来る人来る人、皆苦しみを抱えている。それが遠路はるばる、精神科医との短い面談を求めて彼らが通院を続ける最大の動機だ。

 私自身は非常に怠惰で、おまけに高齢者の仲間入りをして外出がますます億劫になっている。すると診療所を訪れる方々に「よくぞいらしてくれた」ということを思わざるを得ない。そして私は彼らの話に耳を傾ける。大抵はそれらの苦しみにほとんど何も手を差し伸べることが出来ていない自分を意識する。それはある種の後ろめたさを常に感じさせる。

一体何がこの人を苦しめているのか…。何らかの「トラウマ」としてその犯人を同定することは私にとってはごく自然なことだ。「トラウマのことばかり考える」のはその意味では当然のことである。
ただしこう私が言う時の「トラウマ」は実はかなり普通の意味での「トラウマ」とは異なるといっていいだろう。例えば統合失調症という病がある。それ自体はまだ原因がわからない精神疾患だ。それに侵された人はトラウマの犠牲者とは言えないだろう。しかし何らかの理由で運悪くその疾病を患っている人にとっては、大いなる被害である。彼らは統合失調症に罹患している人たちというよりは、そのような不幸に襲われた人たちである。その意味で精神の病を抱えた人たちは一般的な意味でのトラウマの犠牲者同様不運に見舞われた人たちという意味では私の眼には同様に映る。その意味で私の言うトラウマは「加害者なき」それを広く含んでいるのである。
 さてそのようなトラウマの犠牲者の中でも特に深刻な状態にあり、毎日苦しみつつ過ごす人たちの非常に多くに、私は幼少時の、愛着形成の時期における問題をますます考えるようになってきている。私が本書で愛着について特に主要なテーマとして取り上げるのはそのような理由なのである。