また以下の「さらに不都合な真実」も示唆された。それは一部の患者にとっては転移解釈は侵入的であり、したがって非治療的である可能性があるということだった。つまりは表出的療法よりは、支持的療法の方がよりベターであるケースもあるということである。これは表出的介入と支持的介入はどちらかと言えば 対立的 antithetical なところがあるからやむを得ないことでもある。表出的治療は「蓋を取る」治療、支持的治療は「蓋をする」治療と形容されるが、「蓋をする」ことが必要な患者がいきなり解釈により「蓋を取られる」ことは有害となる可能性がある。
私は米国留学中に G.Gabbard という精神分析の大家から「(BPDの患者にとって)分析的な転移解釈はハイリスク・ハイリターンだ」と聞いたが、このうちの「ハイリスク」とはまさにこの非治療的な部分という事が出来る。
ところで逆に表出的なかかわりを行っている患者にとっての支持的なかかわりは、同様の意味での危険性を帯びる可能性はあるだろうか? おそらく否であろう。支持的な関りはあくまでも大事をとった安全策であり、それは患者の内的理解の進行速度を緩めることはあったとしても、それを有害とまでは呼べないであろう。そして何よりも重要なのは、いま日本で行われている精神療法は週に一度、ないしはそれ以下の頻度がスタンダードなのである。つまり大多数の精神療法は支持的療法をベースに行われるしかないのである。
以上の点を踏まえた場合、一般の精神療法家に出来ることは何だろうか? これまでの予想に反してどうやら支持的介入が思いのほか有効であるらしいことが示された以上、それに基づく治療の方法論を整えることであろう。ただし老婆心ながら一つ注意すべきことをお伝えしたい。その方法論は従来の精神分析のそれとは独立したものと考え、あくまでも「週4回の精神分析は有効である」という可能性は温存すべきであるという事だ。PRPは時間と労力を費やした一つの大掛かりな研究であり、今後同様のスケールの研究は難しいかもしれない。しかし支持的療法の有効性を示したPRPの結果が必ずしも正解であるという保証はない。将来別の、さらにスケールの大きい研究がおこなわれて「支持的療法はPRPで得られた結果ほどには有効ではなく、やはり表出的療法が優れていた」という研究報告がなされるかもしれないからである。そしてもちろん、それが最終的に得られる結論であるとも限らない。
そしてそのような研究結果にいたずらに翻弄されないためには洞察的なアプローチと支持的なアプローチの違いをよく吟味し、後者の持ち味や弱点などを十分検討しておく必要がある。