ここで先生のよく知られた概念である「心の井戸」と「その場の雰囲気さん」について述べたい。これは先生のかなり関係論的な考え方を表していると思う。先生の晩年のエッセイに「共感をめぐって」(祖父江典人、細澤仁編著(2023)寄添うことのむずかしさーこころの援助と「共感」の壁」2023年、木立の文庫)に特別寄稿として書かれたもの) がある。 この章を読んでもかなり成田先生はフロイト理論と戦っておられる。彼は共感をポール・ブルームの反共感論(ポール・ブルーム著、高橋洋訳 2018年 白揚社)の説に倣って、認知的なそれと情動的なそれに分け、精神分析的な解釈はもっぱら前者によるものとする。そして共感を雰囲気として感じ取るものとして、つまりは情動的な共感として捉え、それを患者に伝えることを実践しているという。その上で彼が掲げるのが、「その場の雰囲気さん」という言葉であり、第三者的な立場の人が治療室にいたらその場の雰囲気をどう感じ取るかをそう呼ぶという。これはトーマス・オグデンやジェシカ・ベンジャミンによる精神分析の「第三主体」の概念をまさに彷彿させ、成田自身がいみじくも、これを the third,すなわち第3の主体と同類のものとしている。 この概念はそれでさえ分かりにくい第三主体という概念を、この「その場の雰囲気さん」という和語で見事にわかりやすく表現しているということである。
ここで改めて成田先生は関係論的かと問うてみよう。私はそうだと思う。それは成田先生が自分の考えを患者に伝えることに非常に重きを置いているからだ。従来の精神分析では治療者が自分のことに目を向けたり、自分を語るのに非常に抑制がかかっている。それはもちろん徐々に変化しつつある。たとえば逆転移はフロイトの時代以降は、不可避的に起きることで、むしろそれをよく理解する事が大切ということになった。またそれを行動に表すことでさえ、以前は逆転移の行動化と呼ばれ、戒められていたが、最近は逆転移エナクトメントとして、積極的に活用するようになってきている。そして特に大切なのは、それを俎上に載せるという傾向が、関係論にしばしばみられる一つの特徴といえるのだ。その意味で成田の考えは極めて関係論的といえる。