サンフランシスコで分析のトレーニングを開始した土居は、ライダーとの教育分析について以下のように語る。 「私の体験したことはあまりにも身近なことであるために、いまだこれを十分に整理することが出来ませんし、またこれを整理されないまま生の形で皆さまにお話しすることは、私にとってあまりにも苦痛の多いことでございます。従って詳細は控えますが、ただ結果だけを述べますと、私は予定のコースを完了することなく1956年に帰国したのであります。」 「これには種々の外的事情も関係していますが、教育分析の観点から言えば、これを打ち切ることが唯一の解決であるという行き詰まりに逢着したためであります。実際このことは私の精神に深大な効果を及ぼしました。私はそこから逃げようとしていた現実にいやおうなしに直面することを強いられましたし、そのためにいまだかつてなかった不安を経験しました。」(精神分析研究、1958) 教育分析で、土居は最初は「傷ついた獣のごとき心境に陥ってしまった。しかし私は次第にその傷の意味を理解し、それによって心に精神分析を理解するに至ったと思っている。実に本書執筆の最大の苦闘は、教育分析に引き続く自己分析の感性にあったのである。」と述べている。(精神療法と精神分析、1961、P2) 土居はそれについてその後語ろうとしないが、「分析しても終わらない」という考えを重視していた。 「私は『実際上健康と目される人間の分析が未完成に終わることはやむを得ない」というフロイトの言葉を思い出します。(分析研究、1968、p110) 「だいたい私自身、私の中にひそむ甘えを自分の分析の中で自覚するのでなければ、甘えの重要性を認識するに至らなかったということが出来ます。(土居、1968 vol 14 No3 選集2p117))。
岡野憲一郎のブログ:気弱な精神科医 Ken Okano. A Blog of an insecure psychiatrist
精神科医が日常的な思いつきを綴ってみる
2026年6月24日水曜日
2026年6月23日火曜日
甘え理論の先駆性 5
ここからはある意味でのthe making of Amae にお付き合いいただきたい。これなしではおそらく土居の甘え理論の真意を掴めないからだ。 土居が1950年に内科から精神科へ転向した時点にさかのぼる。彼は米国留学のガリオア奨学金を獲得し、それを喜んだ古沢の推薦でメニンガーに2年間留学する。ちなみにこの時の体験が「甘えの構造」を各出発点となっている。 そこで土居はルドルフ・エクスタインの講義を受けて感化される。 留学中に土居は古沢からの誘いで「通信分析」を帰国するまで一年おこなう。 1952年に帰国した後は古沢から分析ではなくSV(監督分析)を受けたが、1954年より「暗礁に乗り上げ」「患者の治療上の技術に関しての意見の相違が起き」、さらに「もっと全面的な相違に発展した」という。 以上引用は「土居:われわれはどんな風に精神分析を学んできたか 精神分析研究 Vo.5.No 6 1958」 この時の土居と古沢の間の葛藤は詳しく語られていないが、ある意味では次の土居自身の言葉でその様子を垣間見ることは出来るのではないか。 「(古沢)先生は分析としての立場から私のこのような態度を分析的に理解し、同時に私をどこまでも容認しようとなされましたが、私にはそれがまた我慢できない事でありました。私はついに先生を離れて再び米国に留学し、かの地で始めから教育分析を受けてみようと決心するに至ったのであります。」(土居、精神分析研究 Vol.5₋6 1958) 「『自分が米国に行くのは、古沢先生の治療態度について、別の分析医との接触によって疑問を解くためだ』と言って(土居先生は)米国に旅立った。」
(小此木 精神分析研究 選集 2 2005年 p112)
私は土居先生(急に「先生」付きになる)はこだわりがあり、頑固な人だったと思う。自分の主張に固執なさる。ある時土居先生は私が著作の中で「患者さん」という表現を用いているのを慇懃無礼だと仰った。それはそうかもしれない。しかしこれは一種の好みの問題であり、人それぞれではないだろうか。
2026年6月22日月曜日
甘え理論の先駆性 4
ところでこのような考えに従った土居の理論は、どの程度先駆的だったのだろうか、という本題に入る。別稿で検討したように、愛着に基づく精神療法では、治療とは愛着関係を再現し、そこで治療者・患者の間の心の、生理作用の、脳の同期化を目指すものである、というのがフォナギーやショアやホームズの理論であった。 このような前提を踏まえた場合は、精神療法における治療関係はある種の愛着関係の再構築としてのニュアンスを持つことが示唆される。これは従来の精神分析における解釈を中心とした認知的なプロセスをその治癒機序として考える流れとは大きく異なる方向性になる。でははたして土居の理論は、これらの流れに先駆する理論であったのか?その答えを以下に探る。 その骨子をまとめるならば、もし愛着に元ずく精神療法が愛着関係を取り戻すという方向であるならば、おそらく土居の方針はそれとは大きく異なり、むしろ真逆なところすらある。土居が繰り返し言うように、本当の意味での甘えは実現しないということを理解することが治療であるという考えを彼は持っていたからだ。しかしそれはどのような意味なのだろうか?フロイトは治療の最後には「素直な甘え」が登場すると言っている。つまり素直な甘えを治療者に表現することになるわけだ。でもこれは甘えを満たす体験ではない、とも土居は言う。ここの関係はいったいどうなっているのだろうか?
2026年6月21日日曜日
甘え理論の先駆性 3
結局甘えとは何かということについては、私はかつて以下のようにまとめている。「相手に対して持つ欲求を、こちらから求めることなく、相手から先に、積極的に満たして欲しいという願望」。
これに尽きるであろう。ではこのような「甘え」はなぜ生じるのか? これも当たり前すぎるような疑問である。こちらから要求して満たしてもらってもあまりうれしくない。それは無条件の愛ではなく(岡野,1999,Okano,2024)「条件付き conditional 」な愛だからである。問題はこれは日本人だけが思うことだろうか?ということだが、ここら辺は土居も一刀両
断なのである。
(ちなみに以下は土居先生の還暦の頃の写真である。私が最初に面会をした頃の先生は、このように若く精悍であった。)
わかり易く言うと、日本人は甘え合う文化であり、それを是とする。ところが西欧文化ではこれを否定する。つまり自分と他者は分離しており、甘えのような両者の融合を目指すようなことは建前上否定する。ところが本心は甘えの願望を持っている。それを彼らは抑圧しているのだ、というわけである。
2026年6月20日土曜日
甘え理論の先駆性 2
土居先生のアメリカでの原体験については、「甘えの構造」にしっかり書かれている。そこを引用するならば以下の通りだ。
「アメリカの精神科医は概して、患者がどうにもならずもがいている状態に対して恐ろしく鈍感であると思うようになった。言い換えれば彼らは患者の隠れた甘えを容易に感知しないのである」(同、p.16)
「[米国では]精神や感情の専門医を標榜する精神科医も、精神分析的教育を受けたものでさえも、患者の最も深いところにある受け身的愛情希求である甘えを容易には関知しないという事は、私にとってちょっとした驚きであった。文化的条件付けがいかに強固なものであるかという事を私はあらためて思い知らされたのである。」(同、p.16)
これはかなりアメリカ人に喧嘩を売っているような表現と言える。このようなところを読む限り土居先生はかなり文化的なバイアスがかかった物言いをしていたことがわかる。ある意味では反米的で、渡米したころからかなり挑戦的であったことがわかる。しかしそれでいてとても英語が堪能で、早くから海外に出ることを考えていらっしゃった人でもある。
アメリカ人に対する批判には歯に衣着せないものも含まれる。ある時メニンガークリニックに久しぶりに訪れた土居先生は、聴衆に向かって、「久しぶりにアメリカに来てみたら、太り過ぎの人がとても多くなってびっくりしました」と言ったという。すると聴衆の何人かは、席を立って帰ってしまったという逸話を聞いた。そういうところがあるのである。「甘えの構造」はさっそく英訳されて海外でも読まれるようになったが、これらの引用部分など、米国人が皆どんな思いで読んでいるのかとひやひやするところがある。
2026年6月19日金曜日
甘え理論の先駆性 1
土居健郎先生の甘え理論はどのくらい先駆的であったか、というテーマで論じる。私はたまたま昨年11月に、ある学会の「甘え」に関するシンポジウムに招待され、甘え理論を再考する機会を持った。その結果以下の疑問が生まれた。
一つには世界的に知られている甘え理論の何が画期的だったのか?(本当に画期的だったのか?)ということである。甘えは日本の精神分析にとって一つの記念碑と言ったニュアンスがある。それだけこの理論は世界中で一定の認知度と評価を得ている。でも我が国の精神分析で甘え理論を発展させた業績というのはあまり知られていないのも確かである。また世界レベルでもあまり盛んな議論を巻き起こしているとは言い難い。それはなぜだろうか?私たちはこの貴重な遺産を正しく評価しているのであろうか?それが一番問うべき問題である。
ただしこういう私も去年のシンポジウムがなかったらこの問題に着手する事はなかったのを思えば、私自身が甘え理論に特別関心を寄せていなかったのも確かである。それはなぜなのか?これは私自身への問いということにもなる。
もう一つの疑問は土居先生は甘え理論を「実践」していたか?
実はこれは非常に悩ましい問題だ。土居先生は御自分の二回の教育分析に関して、それが波乱に満ちて、中断の形をとったことを自ら明かしている。しかしそのことから自分が得たことはとても大きかったとも語る。それが甘え理論とどのように関わるのか?その理論は自らの苦しい教育分析によって得られたものと関連しているのか。
しかし実に意地悪な見方をするならば、教育分析に「失敗」した彼にそれを語ることは出来るのか、となる。先生自身が自らの失敗体験(?)を開示していることに、私たち後身は何を学ぶことができるのか?
2026年6月18日木曜日
土居先生と精神分析 7
少ししつこいようだが、今までの私自身の理解を確かめるために書き記しておく。
「この人はいつも自分のそばにいて、私のことをわかってくれて、こちらが望む前にいつでも手を差し伸べてくれる」という幻想は、初期の養育者との関係の中で生まれるという仮説が、エクスタインの「基本的な一致 unity 」であり土居の「素直な甘え」である。その後に現実を体験してそれが現実の世界ではかなわないと知ることで脱錯覚が起きるわけだ。そしてその代わりに心の中で「誰かがどこかで自分のことを本当にわかってくれる」という気持ちを持てるようになることが「基本的な結合 union 」の成就ということになる。後者に至ることが私たちの目標になるわけだが、これはやはり幻覚的な要素を持つことは確かであろう。
ところでこの結合はかなり矛盾を含んでいて、そもそもそれは現実の他者との結合ではない。自分の心の中だけで起きているからだ。しかしそれは確かに対象イメージを含んでいるから、一応結合と呼んでいいのだろう。「お前は大丈夫、特別だ」というメッセージはやはり外部性を含まなくてはならない。そしてある程度は外部の実際の関係性により析出され、高められる必要がある。それがいわゆる自己対象の機能であろう。
とにかく自分のことを百パーセント認めて欲しい、夢であってもいつか叶えて欲しい、たとえあの世であっても…という考えは狂気に近いが、それを自分が持っていて、同時にそれが今の現実の世界ではかなわないことも認めることが「素直な甘え」ということだろう。つまり自分の中に狂気を抱えつつ、それを容認していることが「基本的な結合」なのだが、その祖型を作ってくれたのは、初期の愛着関係であると考えることができる。それはその時期の養育者との脳のシンクロの体験であり、その時にできた脳の回路が原型となっている可能性がある。そしてそれを治療者がブーストするのが「愛着に基づく精神療法」の意義なのではないか。またそのブーストは日常の人間関係でも少しずつ起きている可能性がある。親しい友人や配偶者との関係である種のやさしさに触れると「この人は基本的な結合の『かけら』を与えてくれている」と思えること。あとは自分で幻想を膨らませればいいのである。