2026年6月10日水曜日

解離と自殺傾向について 3 

 DIDを含む解離性障害では自殺企図・自傷の頻度はかなり高い、という点はかなり一貫している。一方で、既遂自殺率についてはデータがずっと乏しく、未遂ほどははっきりしていない、というのが現状である。いちばんよく引用される数字の一つは、ISSTDの成人DID治療ガイドラインにあるもので、解離性障害患者の67%が反復的な自殺企図歴を、42%が自傷歴を報告したとされている。これは Foote らや Ross & Norton らの研究を引いてまとめた数字だ。 古典的には Ross & Norton の1989年のMPD(現在のDIDに近い概念)研究で、患者の72%が自殺企図歴を持っていたと報告されている。かなり古い研究ではあるけれど、「DIDでは未遂が非常に多い」という印象の出発点になっている。さらに、より最近の外来フォロー研究では、12か月の観察期間中にDID群の23.5%が少なくとも1回の自殺企図をしたのに対し、DIDでない群では0%だったという報告もある。これはかなり強い差である。 また、一般精神科外来を対象にした Foote らの研究では、解離性障害の存在が「複数回の自殺企図」の最も強い予測因子だったと要約されている。つまり、解離は単なる合併症ではなく、自殺リスク評価の中心に置くべき変数として出てきている。 一方で、既遂自殺率については、僕が確認できた範囲ではDIDに限定した大規模で安定したデータは見当たらなかった。近いところでは、慢性複雑性解離性障害の研究で、completed suicide は relatively low で、1.0~2.1%程度とする記載がある。つまり「未遂は非常に多いが、既遂はそれに比べると低い」という方向の記述は存在する。

2026年6月9日火曜日

土居先生と精神分析 1

 土居健郎先生は甘え理論をどこまで実践していたか?

この問題は実に悩ましい。そして土居先生と精神分析理論の関係性そのものに迫る問題である。土居先生は御自分の二回の教育分析に関して、それが波乱に満ちて、中断の形をとったことを自ら明かしている。しかしそのことから自分が得たことはとても大きかったとも語る。それが甘え理論とどのように関わるのか?その理論は自らの苦しい教育分析によって得られたものと関連しているのか。

 しかし実に意地悪な見方をするならば、教育分析に「失敗」した彼にそれを語ることは出来るのか、となる。先生自身が自らの失敗体験(?)を開示していることに、私たち後身は何を学ぶことができるのか?

 1950年に内科から精神科への転向した土居は、米国留学のガリオア奨学金を獲得し、それを喜んでくれた古沢先生の推薦でメニンガーに2年間留学する。そこで土居はルドルフ・エクスタインの講義を受ける。その間古沢からの申し出で「通信分析」を帰国するまで一年おこなう。

1952年に帰国、その後は古沢からSV(監督分析)を受けたが、1954年より「暗礁に乗り上げ」「患者の治療上の技術に関しての意見の相違が起き」「もっと全面的な相違に発展した」という。

「先生は分析としての立場から私のこのような態度を分析的に理解し、同時に私をどこまでも容認しようとなされましたが、私にはそれがまた我慢できない事でありました。私はついに先生を離れて再び米国に留学し、かの地で始めから教育分析を受けてみようと決心するに至った。」分析家ライダー(サンフランシスコ)との教育分析:「私の体験したことはあまりにも身近なことであるために、いまだこれを十分に整理することが出来ませんし、またこれを整理されないまま生の形で皆さまにお話しすることは、私にとってあまりにも苦痛の多いことでございます。従って詳細は控えますが、ただ結果だけを述べますと、私は予定のコースを完了することなく1956年に帰国したのであります。これには種々の外的事情も関係していますが教育分析の観点から言えば、これを打ち切ることが唯一の解決であるという行き詰まりに逢着したためであります。実際このことは私の精神に深大な効果を及ぼしました。私はそこから逃げようとしていた現実にいやおうなしに直面することを強いられましたし、そのためにいまだかつてなかった不安を経験しました。」(精神分析研究、1958) 

それについてその後語ろうとしないが、「分析しても終わらない」という考えを重視していたという言及もある。

真相はいったいどうだったのか?

 






2026年6月8日月曜日

解離と自殺傾向について 2

 そこで実際に「DID患者の既遂自殺率」を正面から扱った研究を調べたが、これはほとんど見当たらない。これは単に研究が不足しているというだけでなく、別の可能性もあると思う。たとえば自殺願望を担う人格状態と生存を担う人格状態と養育的な人格状態が内部で拮抗しているため、「未遂は非常に多いが最後の一線で止まる」という現象が起きている可能性がある。実はこれは、解離研究よりもむしろDIDの臨床記述の中に散発的に現れる観察である。

「DID患者の既遂自殺率は本当に低いのか? 」「人格状態間の葛藤は自殺を阻止するのか?」
「Ross、Putnam、Brandらはこの問題をどう論じているか?」というテーマでAIに調査をしてもらった。ちなみにこれはまだほとんど未開拓のテーマである。DID/解離性障害の自殺「未遂」と「既遂」を分け、Ross・Putnam・Brandらの臨床研究や治療研究で何が言えるかを、できるだけ一次文献に近い形で確認してもらった結論としては、DIDの既遂自殺率が「低い」と断定する根拠はない。ただし、未遂率の高さに比べて、既遂についての系統的データは驚くほど少ないということである。

1. 既遂自殺の数値

Rossらの236例研究では、MPD/DID患者の 72% が自殺未遂、2.1% が既遂自殺 と報告されている。これは「既遂が少ない」というより、「未遂率が非常に高い割には既遂データが限られている」と読むべきだと思う。
Putnamらの100例研究では、治療者調査で 既遂自殺1% が示されたが、これは過小評価かもしれないと後続文献で注意されている。
Kluftは1995年に DID患者6例の既遂自殺 を臨床観察として報告している。これはまさに既遂を扱った稀な論文で、DIDにおいて既遂が起こりうることを示す重要文献。

2. Brand / TOP DD研究から言えること

BrandらのTOP DD研究は、DIDを含む解離性障害患者280名と治療者292名、19か国規模の前向き自然istic研究で、現在でも最大級。30か月の治療経過で、解離、PTSD、抑うつ、自傷、自殺未遂、入院などが減少したと報告されている。 ただしこれは既遂自殺率の研究ではない。

ただし重要なのは、30か月研究の本文に「最終サンプルのうち1名が30か月間に自殺した」とある点。つまりTOP DDでも既遂はゼロではないが、主要アウトカムとして十分に分析できる件数ではない。

3. 「人格状態間の葛藤が自殺を阻止するか?」

ここは、直接の統計研究はほぼ見当たらない。しかし臨床的には十分ありうる仮説だと思う。

Brandらのレビューでは、DID治療では安全確保・安定化・治療同盟が第一段階に置かれ、解離した自己状態を認識し、それらと作業することが重要とされている。 またTOP DDでは、治療者が自己状態と頻繁に作業しており、その治療中に症状改善が見られたとされる。

だから、証明済みとは言えないが、自殺を望む部分がいても、別の部分が生存・保護・治療継続を担うことで、行動が中断されることがある。

2026年6月7日日曜日

ストレスとDID 推敲の推敲の推敲 3

ようやく文献のリストアップにまでこぎつけた。もう一息。 


参考文献

Blackmore, S : Are Out-of-Body Experiences Evidence for Survival?Anabiosis – The Journal for Near-Death Studies, 3, 137-155 1893.

Blanke O, Mohr C, Michel CM, et al. : Linking out-of-body experience and self processing to mental own-body imagery at the temporoparietal junction. J Neurosci. 19;25(3):550-7. 2005.

Huolman, M, Peltonen, M. : Dissociative features related to imaginary companions in the assessment of childhood adversity and dissociation: A pilot study, European Journal of Trauma & Dissociation,Volume 6, Issue 4. 2022. 

Lanius, RA.  et al. : Emotion Modulation in PTSD: Clinical and Neurobiological Evidence for a Dissociative Subtype American Journal of Psychiatry. 167: 640-647, 2010.  

McLewin, LA, Muller, RT Childhood trauma, imaginary companions, and the development of pathological dissociation. Aggression and Violent Behavior 1(5):531-545, 2006.
Moix J, Nieto I, De la Rua AY. :  Out-of-body experiences: interpretations through the eyes of those who live them. Front Psychol. pr 10;16:1566679. 2025.

Okano, K.: The Role of Dynamic Core and Mirror Neuron System in Dissociative Disorder. Medical Research Archives, 10(12); December issue, Vol.10 Issue 12.,2022.

Pearson D, Rouse H, Doswell S, Ainsworth C, Dawson O, Simms K, Edwards L, Faulconbridge J. : Prevalence of imaginary companions in a normal child population. Child Care Health. 27(1):13-22, 2001.
Porges SW. : Neuroception: A subconscious system for detecting threat and safety. Zero to Three: Bulletin of the National Center for Clinical Infant Programs 24:5,19-24. 2004.

Putnam, F. W..  Diagnosis and Treatment of Multiple Personality Disorder. New York: Guilford Press. 1989.


2026年6月6日土曜日

ストレスとDID 推敲の推敲の推敲 2

 相転移としての人格交代


 上でICの成立がいかに創造的であるかを論じたが、DIDに見られる解離症状のもう一つの、おそらくは最大の特徴は、人格状態間の遷移、スイッチングという現象にある。その際には一つの心の状態からまったく別の心の状態に瞬時に移行する様子が見られる。それが一般人の多くにも生じている例としてすでにOBEという現象について論じたが、DIDにおける人格のスイッチングはそれより一段高度でかつ創発性を含んだプロセスである。 

  この種の心の状態の急激な遷移は、癲癇発作のような神経学的な現象としては見られるものの、精神医学的にはあまり類を見ない。双極性障害における躁転や急性の幻覚妄想状態がある程度類似する状態として思い至る程度である。しかし解離性の人格交代には躁転や急性の精神病の発症には見られないような極端な非連続性が見られる。そこにはそれまでの意識の連続性やそれに伴う記憶,知覚様式、運動機能、生理反応などの変換が見られるのである。

 精神におけるこのような急激な遷移は、自然現象にたとえるならばいわゆる相転移に類似していると言えるだろう。相転移は物理現象としてよく知られ、温度や圧力などの外部環境の変化により、物質が固体・液体・気体といった「相(状態)」を不連続に変化させる現象である。氷の溶解や水の蒸発、磁石の磁性の転換などが代表例として挙げられる。
 私は解離性障害における人格のスイッチングをそのまま相転移として概念化する用意はないが、あくまでも現象としては類似しているということを強調したい。物理的な相転移においては水の相転移のように構成する分子そのものは変わらず、それらの結合の仕方が大きく変わるが、解離性の人格交代においても神経細胞そのものは変わらないが、それらの形成するネットワークが変わるという事態を想定せざるを得ない。私はDIDの病理として各人格がダイナミックコア(大脳皮質や視床を構成する一群の神経細胞の塊、G.エデルマンの概念 )を占有し、それ自体がスイッチングを起こすというモデルを考えた(Okano, 2022) が、同じ趣旨に従ったものである。


ポリヴェーガル理論を含んだ解離プロセスの理解

 最後にいわゆるポリヴェーガル理論の見地から解離の防衛機制と創造性の問題について論じたい。私見ではこの理論を組み込むことでこれまで述べた解離の諸現象をより整合的に理解することが出来ると考える。
 上述の相転移現象としての解離の特徴はそれが心だけではなく、身体レベルでの変化を伴う点である。そしてそのような機能の獲得は私たちの住む自然界における掟と関係している。自分が捕食者の側に立つか、あるいはその餌食の立場なるかは一瞬で決まる。相手に襲いかかるか、そこから退散したり身を隠したりするかのモードチェンジを瞬時に行えるかは野生の世界においては死活問題なのだ。というより闘争と逃避の一瞬での切り替えが可能な個体がこれまで生き延びて来たというべきであろう。そしてそのスイッチングのメカニズムを巧みに説明するのが、近年S.ポージスにより提唱されたポリヴェーガル理論である。
 従来の自律神経系の理解においては、各臓器は交感神経と副交感神経の両方により支配され、ストレス時や活動時に前者が働き、リラックス状態のときは副交感神経が働くというように、両者が通常は拮抗した作用を発揮すると考えられてきた。しかし進化のプロセス哺乳動物の迷走神経が異なる2系統(腹側迷走神経複合体、VVCと背側迷走神経複合体、DVC)に分かれているという発見が、ポリヴェーガル理論の核心部分である。
 ポリヴェーガル理論では、周囲が安全や安心を感じられる状況か、それとも命の危険を感じる状況かにより交感神経系(SNS)とVVC, DVCの3系統の自律神経系が切り替わって環境に対応すると説明する。安全な環境では哺乳類になってから獲得したVVCが働く。しかし周りからストレスがかかると、「戦うか逃げるか」に関わるSNSが働くが、そのストレス状況が高度になると、進化的に古いDVCに切り替わるとした。
 ポリヴェーガル理論の中で最も優れた点のひとつは、SNSからDVCに切り替わる際の偽死反射のような現象だけでなく、愛着形成に働くVVCの向社会的な意義を見出したことである。ポージスはリスク管理と行動のスイッチの二つをつかさどるニューロセプションという概念を用いる。(これは無意識的な皮質下のシステムを通して生じるもの、認知レベルで上がってくる知覚 perception と区別することを意図したボージスの造語である。)危機ないし脅威の環境では、皮質レヴェルは作動することなく、偏桃体ー中脳水道周囲灰白質 (PAG) などの防衛システムが即座に作動する」という。そして安全な場合はこの扁桃体ーPAGが、側頭葉により抑制されているために、皮質と結びついた向社会的行動が生じやすいという。
このうち前者は、OBEの場合は一種の偽死反射を説明する。下等生物で危機的な状態で何らかのスイッチが押されるかのようにドラスティックな心身の反応が生じる様子を説明する。しかし解離における人格状態の遷移はそれにとどまらず、もう一つの、その場を救出するような交代人格の出現が見られるのだ。しかしそれだけでなく、安全な状況では子供の人格が登場するという現象についても述べたが、それがこの後者の扁桃体ーPAGの抑制によるVVCの活動亢進として説明できる可能性を示しているのだ。


2026年6月5日金曜日

ストレスとDID 推敲の推敲の推敲 1

どうもうまく書けていない部分があり、何度も書き直している。文章を書くとは本当に厄介な作業だ。


 解離は脆弱性か、それとも能力か?

 解離をトラウマに対する防衛機制や防御反応としてとらえる場合、その発症機序はトラウマ理論でしばしば用いられるモデルにどれほど適合するのだろうか?いわゆる Stress-diathesis model(ストレス―脆弱性モデル、SDモデル)は、ストレス因に当人の脆弱性が関係して発症するというモデルだ。このモデルはその内容に多少なりとも変更は加えられているが、精神疾患の発症を説明する標準的な理論とされている。 

  しかし解離はこのモデルでは十分説明ができない可能性がある。上述の「生き延びる価値」の例として挙げたOBEは、当人が仮死状態のようになってその場をしのぐ機制として理解される。これはその個体の闘争能力が一瞬にして奪い去られるという意味では脆弱性としてとらえられなくもない。ところがDIDの臨床場面でしばしば見られるのは、危機的な状況で別の人格(交代人格)が登場し、その状況に対応するという様子である。そしてその交代人格はあらかじめ存在していて、かねてから主たる人格を内側から観察していたという事情が、その交代人格から語られるのである。
 さらには人格のスイッチングは危機的状況とは逆の、安全性が保たれた治療関係においても生じる。その場合には治療者の受容的な態度や治療室内のぬいぐるみやクレヨンなどに反応して、子供の人格が「遊びに」出現するという様子が見られるのだ。

 以上のような交代人格の形成のされ方は、脆弱性と理解することは難しく、むしろ創造的なプロセスと見なすことが出来よう。Putnamの言う「解離の生き延びるための価値」は、危機的状況においてのみ発揮されるのではなく、その個人の適応を永続的に促進するという意味を持ち、その意味では解離はある種の能力や創造性と考えることができるのではないだろうか。なおこれらの二種類の人格の出現の仕方については、のちにポリヴェーガル理論との関連で再び論じる。


創造の過程としてのイマジナリーコンパニオン
 

 上述の心にあらかじめ交代人格が形成されているという現象は、いかにして生じるのであろうか。そのヒントとなるのが、いわゆるイマジナリーコンパニオン (イマジナリーフレンド、以下 IC)であろう。IC は周囲の人にはその存在が感じられないものの、本人にとっては実在していると体験される「空想上の友だち」である。人間や動物、ぬいぐるみ、あるいは架空の生き物の姿をしており、当人は一緒に遊んだり会話をしたりする。ICは健常な子供に広く見られ、ある研究では5から12歳の一般人の二人に一人が幼少時にこのような体験を持つと報告されている(Pearson, 2001)。

 ICの存在自身はその子供の病理を反映するものではなく、基本的にはその子を助け、恐怖を和らげたり補助自我的な役割を演じる(Putnam, 1989)。その数は通常は二人以内で、ともにいて居心地の良い存在である。ただしICはDIDのように交代人格となって当人に代わって表に現れることはなく、ただDIDに見られる人格間のスイッチングの素地を作っていると考えられるのである。
 ちなみにDIDにおいても幼少時にICが報告されることが多いが、それは通常よりより高い頻度で見られ(McLewin, LA, Muller, RT (2006)健康な発達に見られるICに比べてネガティブな要素を有し、その数も多く、本人の体をコントロールしたり行動を強制するといった性質が報告されている((Huolman, M, Peltonen, M, 2022))。ともかくもICがこれほど多くの人々に見られるということは、このような解離のプロセスは大多数の人間にほとんどデフォルトとして備わっている能力と考えることは出来ないであろうか。
 このICが形成されること自体が心の驚くべき創造性を表していると筆者は考えられるが、それは実はよくあることであり、特に驚くに当たらないと思われるかもしれない。実際ある人のイメージを心に抱くことが出来、時にはこちらから語りかけ、向こうからも何らかのメッセージが伝わってくるように感じられる。そのような心の働きは精神分析ではいわゆる内的対象像として記載されるであろう。つまり内的対象とは実在する重要な人物を心の中に写し取ったイメージである。
 ところがICはある意味で新たに創造された対象であり、しかも当人が作り上げたという実感は伴わない。それはいつの間にか形成され、ひとりでに動き出して自主性や主体性を獲得しているのである。そしてここでもう一歩想像力を飛躍させる必要がある。ICが動き、語りかけてくるとき、その主体はどこにあるのか。それは結局はその子供の脳のどこかに存在するとしか想定しようがないころになろう。つまり一般人におけるICの存在は、私たちが複数の主体を脳内に持ちうることを明らかにしているのである。 


2026年6月4日木曜日

解離と自殺傾向について 1

  ちょっとした事情で(実は7月の北海道での学会発表)解離性障害と鬱症状及び自殺の危険について調べている。チャット君に選んでもらった7本の論文のまとめを読むと、ほぼ一貫しているのは、「解離と自殺未遂の関連は極めて強い」ということである。しかし私の発想は少し違った。解離は自殺が既遂に至る事への抑制因子ではないか?  なにしろこれまで書いてきた論文で、解離が生き延びるための価値 survival value を有するという考え方は、 広く受け入れられている、と書いてきたからだ。(Putnam, 1989) 一つの思考実験として、DIDを有する人が自殺に瀕している場合を考えてみよう。統計的なデータがないために思考実験に留まるしかないのだが、私の経験では自殺未遂や自傷行為の多さとの対比で、かなり既遂自殺は少ないという実感がある。私の見解は、自殺の間際になると、異なる人格が介入することにより自身の身体を救うという傾向があるのではないかと思う。それは端的に言って、最初の危機的状況で解離が当人を救ってくれたからだ。自殺の瀬戸際にあるという第二の危機的な状況で解離が「生き延びるための価値」を発揮して、本人を救わないというのは理屈に合わないであろう。