結局甘えとは何かということについては、私はかつて以下のようにまとめている。「相手に対して持つ欲求を、こちらから求めることなく、相手から先に、積極的に満たして欲しいという願望」。
これに尽きるであろう。ではこのような「甘え」はなぜ生じるのか? これも当たり前すぎるような疑問である。こちらから要求して満たしてもらってもあまりうれしくない。それは無条件の愛ではなく(岡野,1999,Okano,2024)「条件付き conditional 」な愛だからである。問題はこれは日本人だけが思うことだろうか?ということだが、ここら辺は土居も一刀両
断なのである。
(ちなみに以下は土居先生の還暦の頃の写真である。私が最初に面会をした頃の先生は、このように若く精悍であった。)
わかり易く言うと、日本人は甘え合う文化であり、それを是とする。ところが西欧文化ではこれを否定する。つまり自分と他者は分離しており、甘えのような両者の融合を目指すようなことは建前上否定する。ところが本心は甘えの願望を持っている。それを彼らは抑圧しているのだ、というわけである。