1.AIは心を交わすのに値するのか?
ほんの数年前まで、私たちはいわゆる「人工頭脳」ととまともな会話を交わすことなどおよそ不可能と考えていた。ところが2022年11月の対話型AI(ChatGTP)の公開以来、わずか3年あまりのうちに私たちの考えは大きく変わりつつある。多くの患者が日常的にAIを用いて様々な相談を行っていることを耳にしている。そして治療者の多くも同じような体験を持っているであろう。つまりAIはあたかも人の心と同じように振舞っているのだ。
しかしこれは実はとても不思議なことだ。そもそもAIは「心を持たない」(=主観を持たない)存在のはずだ。それは機械の延長だからである。しばらく前、私たちが電子辞書を使うようになったとき、単語を打ち込んで、その日本語訳が出てきても、その電子辞書が心を持つとは到底考えなかった。それと同じような意味で、アイパッドのSIRIに話しかけてそれなりに答えが返ってきても、おそらく私たちはSIRIが心を持っているとは思わなかったはずだ。いま私たちが使っているChatGPTやジェミニなどははるかにそれより性能が良くなっているが、それでも機械の延長のはずである。でもそれがあたかも心を持っている存在であるかのように、私たちはやりとりをしているのである。では機械としてのAIの【心】と心はどこが違うのだろうか?
この問いに関する一番手っ取り早い答えは、AIは心とは程遠く、そもそも質的に異なるものだと考えることだ。これはAI自身が、自分から白状していることである。彼は自分は「自ら感じることは出来ないし理解することも出来ない」「感情を持たない」と言うのだ。
しかしこのようなAIを前にして、私たちはかりそめの心をそこに想定するしかないという段階に来ているのではないかと思う。それを私は【心】、すなわちカッコつきの心と表現したいと思う。それはあたかも本物の心として振舞う、という風に言い表したが、より科学的には、チューリングテストに合格する知性 intelligence を有するということだ。そしてこれはのちに述べるように、機能的に物事を理解することができる、ということである。
ちなみに【心】に類似のいくつかの概念も存在する。ただし私は【心】という表現を使いたい。それは「まるで人間の心と話しているのかと錯覚するような、しかし偽物の心」という意味を担っているからである。
🧩 artificial mind 人工知能
🧩 machine cognition 機械認知
🧩 synthetic intelligence 人工知性