Q:ところで先生、この小さい字で、「自己愛憤怒について聞いてください」とあるのは何ですか?
A:あ、そうそう、対人恐怖の話を終る前に、この話をさせていただこうと思っていたのです。自己愛憤怒とはいわば、恥の力、威力のようなものです。恥というと何か話すべきでないもの、あまり誉められないもの、というニュアンスがあると思いますが、実は恥というのはとてつもない威力を持っているという話です。
Q:恥のポテンシャル、・・・ですか?(上野樹里風) また我田引水で、恥を美化しようとしているという感じですね。
A:まあそうですが、最近の恥の論者たちは皆そういう傾向があります。話の発端はコフートという精神分析家の概念ですが、この分析家は精神分析という土壌に、恥の議論を持ち込んだ人です。人は常に他人から認められようとしている。それが得られないと感じられるのが恥である、と言った人です。
Q:人に情けないところを見られることによる恥、というのとちょっと違いますね。
A:まあ、恥の定義にはいろいろありますが、自己愛の文脈で恥を論じる、というのが一つのアメリカでの風潮なわけです。そしてコフートが、人は自己愛を満たされなかった時、まあそういう意味で恥をかかされた時、ものすごく怒りのパワーが出るということです。これってすごくよくわかる・・・・
Q:先生、なんか遠くを見る目つきになっていますね。
A:はあ、私もいろいろ恥をかかされたことがあるので。そういうときに人は恥じ入って、穴があったら入りたくなるわけです。でもそうではなくて、猛烈に怒ることがある。憤怒、とはそういうことです。どういうときかわかりますか?
Q:いえ、ピンときません。
A:あなたより年下だったり、あなたより会社などで地位が低い人に恥をかかされた場合です。その時に人は怒りの頂点に達することがある。恥をかかされた時の人間は怖い。政治の世界なんてまさにそこらへんで動いているようなものじゃないですか。彼らの世界なんて、足の引っ張り合い、恥のかかせ合い、メンツのつぶし合いみたいなところがある。
A:そうですね。政治の話になったところで収拾がつかなくなる前に、今日はこの辺にいたしましょうか?
2011年9月8日木曜日
2011年9月7日水曜日
対人恐怖とは何か?(8)
A: デパスは、おそらく内科などでもしばしば出されますし、一番名前が知られている安定剤ですね。後はもう一つ、いわゆるβ(ベータ)ブロッカーという一連の薬があり、こちらも役に立ちます。私も個人的にはこちらの方が好きです。
Q:先生もお飲みになるんですか?
A:アメリカでは自己処方がかなり自由なので、いろいろ試してみたことがありますよ。私は実はデパスやソラナックス等のマイナー系は好きではありません。なんとなく眠たくなるような気がして。それに慣れてくると思うのが嫌です。患者さんには散々そんな量では週間になることはありませんよ、という身ですが、何となく嫌です。ところがベータ―ブロッカーと言うのは本来高血圧の薬で、たくさんの人が飲んでいますし、習慣性と言うのがそもそもありません。私は時々飲むとしても、ベータ―ブロッカーの代表と言えるインデラルの一番小さい10ミリ錠を一つ程度ですが、高血圧の患者さんは時には百ミリ以上使うということもあります。習慣性がない、余り眠くならない、手の震えがなくなる、心臓もドキドキしなくなる。こんな便利な薬はありません…
Q:何かインデラルの話になるとまた興奮してきますね。
A:インデラルは、オーケストラの奏者たちも演奏の前に使っている人たちが多いのです。私はインデラルは体の緊張を取り、デパスは心の緊張を取る、という言い方をしています。インデラルは手の震えを止めるので・・・・・
Q:もうインデラルの話はこのくらいにして・・・
A:楽器奏者にとっては手の震えというのは非常に困るんです。だってバイオリンの高音部なんて、ほんの一ミリ指板を抑える位置がずれただけで一音違ってくるのですから・・・・
A:どうも先生は音楽の話とかにも嵌まる傾向がありますね。それではここで曲に行きましょう。
Q:先生もお飲みになるんですか?
A:アメリカでは自己処方がかなり自由なので、いろいろ試してみたことがありますよ。私は実はデパスやソラナックス等のマイナー系は好きではありません。なんとなく眠たくなるような気がして。それに慣れてくると思うのが嫌です。患者さんには散々そんな量では週間になることはありませんよ、という身ですが、何となく嫌です。ところがベータ―ブロッカーと言うのは本来高血圧の薬で、たくさんの人が飲んでいますし、習慣性と言うのがそもそもありません。私は時々飲むとしても、ベータ―ブロッカーの代表と言えるインデラルの一番小さい10ミリ錠を一つ程度ですが、高血圧の患者さんは時には百ミリ以上使うということもあります。習慣性がない、余り眠くならない、手の震えがなくなる、心臓もドキドキしなくなる。こんな便利な薬はありません…
Q:何かインデラルの話になるとまた興奮してきますね。
A:インデラルは、オーケストラの奏者たちも演奏の前に使っている人たちが多いのです。私はインデラルは体の緊張を取り、デパスは心の緊張を取る、という言い方をしています。インデラルは手の震えを止めるので・・・・・
Q:もうインデラルの話はこのくらいにして・・・
A:楽器奏者にとっては手の震えというのは非常に困るんです。だってバイオリンの高音部なんて、ほんの一ミリ指板を抑える位置がずれただけで一音違ってくるのですから・・・・
A:どうも先生は音楽の話とかにも嵌まる傾向がありますね。それではここで曲に行きましょう。
2011年9月6日火曜日
対人恐怖とは何か?(7)
A;まあ対人恐怖の人はみな偉くなる、というわけでもないでしょうけどね。
Q:あれ、最近ちょっと言葉キツくないですか。最近。まあそれはそうです。つまり私が言いたいのは次のことです。対人恐怖とは要するに相手が自分を見て、自分が何を相手に表わして、あるいは隠しているかということについての敏感さゆえに身動きが取れないほどの状態なのです。私は漱石のファンといえばファンですが、彼の文章を読んでいると、ほとんどそのことばっかりやっているのではないかと思うことがあります。
人と人とのかかわりに繊細でそこで生じるさまざまな力動を奥深く追求するために、対人恐怖的な敏感さは大切だ、というわけです。ただしもちろん退陣恐怖は知的に優位な人が起こしやすい、というものでもないんです。特に知性とは関係ないし、もうひとつは男女差もはっきりしないんです。それは日本の研究でも、アメリカの研究でも同じです。
Q:それでは先生、治療法についても教えてくださいますか?
A;そうですね。精神科医としてはお薬による治療とカウンセリングとの組み合わせがベストであると考えます。手っ取り早いほうの薬からいきますか。不安障害については、人類はある種の特効薬を持っています。それがいわゆる精神安定剤というやつです。「安定剤」とか「抗不安薬」とか「トランキライザー」という言い方をした場合、たいていこれをさすわけです。これは1950年代以降に発見されたもので、急場しのぎにはとても助かります。とりあえずこれを飲んでおくと心が落ち着く、という薬です。対人恐怖の人でこれを使うことで、苦しい場面をやり過ごすという人はかなり多いようです。
Q:安定剤ですね。私も局に勤めているので、生放送の前に緊張した人が何か「デパス」とか言う薬を飲んでいるのを見かけたことがあります。
Q:あれ、最近ちょっと言葉キツくないですか。最近。まあそれはそうです。つまり私が言いたいのは次のことです。対人恐怖とは要するに相手が自分を見て、自分が何を相手に表わして、あるいは隠しているかということについての敏感さゆえに身動きが取れないほどの状態なのです。私は漱石のファンといえばファンですが、彼の文章を読んでいると、ほとんどそのことばっかりやっているのではないかと思うことがあります。
人と人とのかかわりに繊細でそこで生じるさまざまな力動を奥深く追求するために、対人恐怖的な敏感さは大切だ、というわけです。ただしもちろん退陣恐怖は知的に優位な人が起こしやすい、というものでもないんです。特に知性とは関係ないし、もうひとつは男女差もはっきりしないんです。それは日本の研究でも、アメリカの研究でも同じです。
Q:それでは先生、治療法についても教えてくださいますか?
A;そうですね。精神科医としてはお薬による治療とカウンセリングとの組み合わせがベストであると考えます。手っ取り早いほうの薬からいきますか。不安障害については、人類はある種の特効薬を持っています。それがいわゆる精神安定剤というやつです。「安定剤」とか「抗不安薬」とか「トランキライザー」という言い方をした場合、たいていこれをさすわけです。これは1950年代以降に発見されたもので、急場しのぎにはとても助かります。とりあえずこれを飲んでおくと心が落ち着く、という薬です。対人恐怖の人でこれを使うことで、苦しい場面をやり過ごすという人はかなり多いようです。
Q:安定剤ですね。私も局に勤めているので、生放送の前に緊張した人が何か「デパス」とか言う薬を飲んでいるのを見かけたことがあります。
2011年9月5日月曜日
対人恐怖とは何か?(6)
Q:そこらへんの文化的な事情はよくわかりませんね。急に話が難しくなった感じです。
A:ごめんなさいね。私の得意の知性化が出てしまいました。
Q:ところで先生の本を読んでいて、対人恐怖の人は著名人にも多い、というようなことが書いてありました。対人恐怖と言うと、病気で苦しむものという印象がありますが、ちょっと意外ですね。そこらへんをもう少しお聞かせください。
A:これはちょっと我田引水かと思いますが。つまり自分が対人恐怖だとそれは実は優れた素質なんだ、という風に言いたくなるというのが、私たち精神科医にはあるかもしれません。でもこの発想は、内沼先生の影響です。
Q:内沼先生、・・・・ですか?
A:その「・・・ですか?」の間合いが、「江」の上野樹里の言い方に似てますね・・・。まあともかく、私には対人恐怖のお師匠さんがいて、それがかつて帝京大学の教授だった精神科医の内沼幸雄先生なのです。
Q:内沼先生が対人恐怖というわけなのですか?
A:いや、そういう風に聞こえたとしたら間違えです。「対人恐怖学」のお師匠さんです。彼の名著「対人恐怖の人間学」を読んだことが、私が精神科医としていわゆる精神病理学を学ぶ出発点だったわけです。その本の中で彼が、三島由紀夫やサルトルやニーチェを引いて、彼らの文学にいかに対人恐怖的な心性が働いているかを論じたのです。
A:ごめんなさいね。私の得意の知性化が出てしまいました。
Q:ところで先生の本を読んでいて、対人恐怖の人は著名人にも多い、というようなことが書いてありました。対人恐怖と言うと、病気で苦しむものという印象がありますが、ちょっと意外ですね。そこらへんをもう少しお聞かせください。
A:これはちょっと我田引水かと思いますが。つまり自分が対人恐怖だとそれは実は優れた素質なんだ、という風に言いたくなるというのが、私たち精神科医にはあるかもしれません。でもこの発想は、内沼先生の影響です。
Q:内沼先生、・・・・ですか?
A:その「・・・ですか?」の間合いが、「江」の上野樹里の言い方に似てますね・・・。まあともかく、私には対人恐怖のお師匠さんがいて、それがかつて帝京大学の教授だった精神科医の内沼幸雄先生なのです。
Q:内沼先生が対人恐怖というわけなのですか?
A:いや、そういう風に聞こえたとしたら間違えです。「対人恐怖学」のお師匠さんです。彼の名著「対人恐怖の人間学」を読んだことが、私が精神科医としていわゆる精神病理学を学ぶ出発点だったわけです。その本の中で彼が、三島由紀夫やサルトルやニーチェを引いて、彼らの文学にいかに対人恐怖的な心性が働いているかを論じたのです。
2011年9月1日木曜日
対人恐怖とは何か(5)
Q: 何となくわかったようなわからないような話ですね。結局対人恐怖は日本に特有なものではない、ということなのですか?
A: いい質問の向け方をしてくれました。私は結局次のような結論に至ったのです。アメリカ人も日本人も人といる時の緊張感は同じだろう。ただそこに文化的な影響がみられる。わかりやすく言えば、日本では対人恐怖でいることはある意味で許されるし、対人恐怖的なところが全くないとかえって不適応を起こすようなところがある。ところがアメリカでは対人恐怖的であるということは、社会生活上少しもいいことはないという違いがある、というわけです。
Q: もうちょっと具体的にお願いします。
A: うーん、例えば日本の新首相が、民主党の代表選の時の演説で、ドジョウの話をしたのをご存知でしょう?自分は金魚のように華はない。自分は泥の中にいる土壌だ。
Q: ドジョウ、でしょ?
A: そうそう、ドジョウだ、と言ったわけです。私は思わず笑ってしまいました。だってこれがウケて選ばれる要因になったなんて、ほかの国では信じられないからです。自分が地味であることをアピールするなんて、アメリカとかフランスではありえません。ところが日本文化ではこれがウケる。日本では自分はほかの人に引け目を感じています、自分は目立ちません、というメッセージは安心感を生む。ということは対人恐怖であるということは、どこか人が期待されている人物像、というところがあるんです。
Q: ということはアメリカでは対人恐怖であることはいいことは少しもない、と。
A: そういうわけです。だからその存在が否認し続けられてきたというのが真相ではないかと思うのです。ということは彼らにとっては1980年のDSMというのは大きな発想の転換、というよりは自らのありのままの姿を認めるきっかけになったといえるでしょうね。
A: いい質問の向け方をしてくれました。私は結局次のような結論に至ったのです。アメリカ人も日本人も人といる時の緊張感は同じだろう。ただそこに文化的な影響がみられる。わかりやすく言えば、日本では対人恐怖でいることはある意味で許されるし、対人恐怖的なところが全くないとかえって不適応を起こすようなところがある。ところがアメリカでは対人恐怖的であるということは、社会生活上少しもいいことはないという違いがある、というわけです。
Q: もうちょっと具体的にお願いします。
A: うーん、例えば日本の新首相が、民主党の代表選の時の演説で、ドジョウの話をしたのをご存知でしょう?自分は金魚のように華はない。自分は泥の中にいる土壌だ。
Q: ドジョウ、でしょ?
A: そうそう、ドジョウだ、と言ったわけです。私は思わず笑ってしまいました。だってこれがウケて選ばれる要因になったなんて、ほかの国では信じられないからです。自分が地味であることをアピールするなんて、アメリカとかフランスではありえません。ところが日本文化ではこれがウケる。日本では自分はほかの人に引け目を感じています、自分は目立ちません、というメッセージは安心感を生む。ということは対人恐怖であるということは、どこか人が期待されている人物像、というところがあるんです。
Q: ということはアメリカでは対人恐怖であることはいいことは少しもない、と。
A: そういうわけです。だからその存在が否認し続けられてきたというのが真相ではないかと思うのです。ということは彼らにとっては1980年のDSMというのは大きな発想の転換、というよりは自らのありのままの姿を認めるきっかけになったといえるでしょうね。
2011年8月31日水曜日
対人恐怖とは?(4)
Q:さて、対人恐怖というと日本文化に特有の病気であるとどこかで読んだ気がしますが、いかがでしょう?
A:そうなんです。長年の常識がそうでした。少なくとも1980年まではそうでした。アメリカでその年に社交恐怖という、対人恐怖に似た診断がなされるようになりました。すると今では、アメリカではうつ病、アルコール中毒に続いて三番目に多い精神疾患ということになっています。人口の13%くらいは社交恐怖を持っているというのです。それまではアメリカでも少ないといわれていたわけですからどうなっているんでしょうね。私がアメリカに渡ったのは1987年ですので、アメリカでの恥の意識が大きく変わる時期でした。なにかとても不思議な気がしたのを覚えています。私が渡米した時、アメリカ人が日本人と同じように人込みを避けたり人目を気にするのかはとても興味がありました。そしてしばらくして気が付いたのは、彼らも人間であり、対人緊張を持つという点は日本人と少しも変わらないということでした。たとえば長い廊下の向こうから知っている人が歩いてくると、そこでの緊張感は日本人の場合と同じです。ただアメリカ人はそこで早めに挨拶をしてしまうというところがあります。日本に住んでいると、例えば狭いエレベーターに知らない人と二人で乗る時などはとても緊張するのですが、それは挨拶をそこで変わる習慣がないからでしょう。アメリカではそんな時は、知らない者同士でも「ハーイ」と言って挨拶を交わすことでその緊張を和らげるというところがあります。アメリカ人のほうが対人緊張に日本人より耐えられない、という可能性もあるかもしれませんね。
Q:長いお答えでしたね。曲の時間が無くなってしまいました。
A:そうなんです。長年の常識がそうでした。少なくとも1980年まではそうでした。アメリカでその年に社交恐怖という、対人恐怖に似た診断がなされるようになりました。すると今では、アメリカではうつ病、アルコール中毒に続いて三番目に多い精神疾患ということになっています。人口の13%くらいは社交恐怖を持っているというのです。それまではアメリカでも少ないといわれていたわけですからどうなっているんでしょうね。私がアメリカに渡ったのは1987年ですので、アメリカでの恥の意識が大きく変わる時期でした。なにかとても不思議な気がしたのを覚えています。私が渡米した時、アメリカ人が日本人と同じように人込みを避けたり人目を気にするのかはとても興味がありました。そしてしばらくして気が付いたのは、彼らも人間であり、対人緊張を持つという点は日本人と少しも変わらないということでした。たとえば長い廊下の向こうから知っている人が歩いてくると、そこでの緊張感は日本人の場合と同じです。ただアメリカ人はそこで早めに挨拶をしてしまうというところがあります。日本に住んでいると、例えば狭いエレベーターに知らない人と二人で乗る時などはとても緊張するのですが、それは挨拶をそこで変わる習慣がないからでしょう。アメリカではそんな時は、知らない者同士でも「ハーイ」と言って挨拶を交わすことでその緊張を和らげるというところがあります。アメリカ人のほうが対人緊張に日本人より耐えられない、という可能性もあるかもしれませんね。
Q:長いお答えでしたね。曲の時間が無くなってしまいました。
2011年8月30日火曜日
対人恐怖とは?(3)
Q: 「ばら色のサクランボの木と白いりんごの木」をリーヌ・ルノーの歌でお聞きしました。
A:え、リーヌ・ルノーって彼女そんな歌も歌っていたんですか?
Q:そこ、突っ込まないでくださいね。ところで先生は対人恐怖ということですが、思春期にそうなったと聞きましたが、そもそも何歳ぐらいから起きてくるものなのですか?
A:いろいろなケースがあると思いますが、典型的なものはやはり思春期以降でしょうね。異性を意識する時期以降です。あるいは恋愛対象を意識する、という言い方じゃなくてはいけませんね。同性愛の方もいますから。でもその時期は自分というものを強烈に意識するという時期です。よく小学生とか中学一年生のなりたてのころって、髪もボザボザだし、来ているものもダサいし、要するに他人の目をあまり気にしていない。少なくとも表面上は美しく、かっこよくありたいなんて思わないわけです。ところが思春期になると突然櫛を持ち歩くようになり、鏡に見入るようになる。そんなときです。雷に打たれるように、強烈な羞恥心に襲われるのは。そして強烈な羞恥はすぐ恥辱のレベルになるのです。それが対人恐怖のレベルといっていいでしょう。
Q:シュウチシン?チジョク?そこで急に専門用語を出さないでください。どういうことを言いたいんですか?
A:アーア、あなたは対人恐怖の言語がわかっていない・・・・もう次の曲に行ってください。
Q:曲に逃げないでください。まず説明していただきましょう。
A:つまりこういうことです。羞恥とは、恥ずかしい、照れくさいということです。必ずしも不快ではない。くすぐられたようなものです。恥ずかしがっている人って、たいてい笑っているでしょう。人はもともと生まれてしばらくは、視線を浴びたいものです。見られることは快感です。その名残でしょう。でもその体験が強烈で、痛みを伴う程だと、ひとは自分の中の何かが暴かれ、白日の下にさらされるような气分になる。それが恥辱なのです。
Q:先生調子に乗って簡略体を使ってで喋らないでくださいね。
A:え、リーヌ・ルノーって彼女そんな歌も歌っていたんですか?
Q:そこ、突っ込まないでくださいね。ところで先生は対人恐怖ということですが、思春期にそうなったと聞きましたが、そもそも何歳ぐらいから起きてくるものなのですか?
A:いろいろなケースがあると思いますが、典型的なものはやはり思春期以降でしょうね。異性を意識する時期以降です。あるいは恋愛対象を意識する、という言い方じゃなくてはいけませんね。同性愛の方もいますから。でもその時期は自分というものを強烈に意識するという時期です。よく小学生とか中学一年生のなりたてのころって、髪もボザボザだし、来ているものもダサいし、要するに他人の目をあまり気にしていない。少なくとも表面上は美しく、かっこよくありたいなんて思わないわけです。ところが思春期になると突然櫛を持ち歩くようになり、鏡に見入るようになる。そんなときです。雷に打たれるように、強烈な羞恥心に襲われるのは。そして強烈な羞恥はすぐ恥辱のレベルになるのです。それが対人恐怖のレベルといっていいでしょう。
Q:シュウチシン?チジョク?そこで急に専門用語を出さないでください。どういうことを言いたいんですか?
A:アーア、あなたは対人恐怖の言語がわかっていない・・・・もう次の曲に行ってください。
Q:曲に逃げないでください。まず説明していただきましょう。
A:つまりこういうことです。羞恥とは、恥ずかしい、照れくさいということです。必ずしも不快ではない。くすぐられたようなものです。恥ずかしがっている人って、たいてい笑っているでしょう。人はもともと生まれてしばらくは、視線を浴びたいものです。見られることは快感です。その名残でしょう。でもその体験が強烈で、痛みを伴う程だと、ひとは自分の中の何かが暴かれ、白日の下にさらされるような气分になる。それが恥辱なのです。
Q:先生調子に乗って簡略体を使ってで喋らないでくださいね。
2011年8月28日日曜日
対人恐怖とは?(2)
Q: センセーはすぐ結局自分の話になって・・・・。それよりも原則的なことをまずお聞かせください。対人恐怖とは何か、定義のようなものからお願いします。
A:簡単に言ってしまえば人が怖い、ということです。ただし人前で引っ込み思案になる、緊張するという体験は非常に一般的なことです。それにより社会生活が営めない、つまり学校や仕事に行けなくなってしまうということが起きてくるとこれは病気のレベルになるわけですね。それと、単に人が怖い、というだけでなく・・・・・・ちょっと複雑な言い方になるかもしれませんが、自分が怖い、ということになるんです。
Q:自分が怖い?
A: つまり人前で自分に起きることが怖いというか。人前でとんでもないことになってしまう自分が怖いわけです。
Q:とんでもないこととは?
A:たとえばわきの下から汗が出るとか、顔が赤くなるとか・・・
Q:それが「とんでもないこと」なんですか?
A:あーあ、あなたは対人恐怖の人の気持ちがわかっていない。もう曲行ってください。
Q:….わかりました。それでは聞いていただきましょう。「ばら色のサクランボの木と白いりんごの木」です。
A:簡単に言ってしまえば人が怖い、ということです。ただし人前で引っ込み思案になる、緊張するという体験は非常に一般的なことです。それにより社会生活が営めない、つまり学校や仕事に行けなくなってしまうということが起きてくるとこれは病気のレベルになるわけですね。それと、単に人が怖い、というだけでなく・・・・・・ちょっと複雑な言い方になるかもしれませんが、自分が怖い、ということになるんです。
Q:自分が怖い?
A: つまり人前で自分に起きることが怖いというか。人前でとんでもないことになってしまう自分が怖いわけです。
Q:とんでもないこととは?
A:たとえばわきの下から汗が出るとか、顔が赤くなるとか・・・
Q:それが「とんでもないこと」なんですか?
A:あーあ、あなたは対人恐怖の人の気持ちがわかっていない。もう曲行ってください。
Q:….わかりました。それでは聞いていただきましょう。「ばら色のサクランボの木と白いりんごの木」です。
2011年8月27日土曜日
対人恐怖とは?(1)
また予定が違ってしまった。「母親病」ではなく、「対人恐怖」ということになった。(何の話だ?)ということでまたこの場を借りることにする。
Q: なぜそもそも対人恐怖なんですか?
A: いや、私自身が対人恐怖気味なんです。つまり自分自身の問題ということで一番わかりやすいし、興味が持てるテーマなんですね。
Q: 先生自身が対人恐怖とおっしゃいますと?
A:いや、何をするにも恥ずかしかったですね。私は幼い頃は違ったんです。クラスでもひょうきん者ということになっていたんです。コメディアンとか言われていて、冗談を言って笑わせるのが好きというか。それが自然だったわけです。それが中学生になって、あれっ、と思うことが重なったんです。その頃ゲバゲバ90分という番組があって、その中にハナ肇とクレージーキャッツのハナ肇がヒッピーの姿で「あっと驚くタメゴロー!」というせりふを言うんですが、そのギャグが流行ったことがあるんです。これを聞いている人の大部分は何のことだかわからないだろうなあ。さびしいなあ。マアいいや,そこでひょうきんものの私が文化祭の寸劇でその役をやることになったんです。私はそれが問題なくこなせると思っていたのですが、リハーサルにクラスの皆を前にして私がそれを言う時になって、「あっムリ!」となったんです。これは対人恐怖の体験とは違うけれど、思春期の入り口にたって、それまでの自然体でひょうきんもののキャラが続けられなくなった。それからズドーンと内向的になっていくんです。そして人が怖くなった・・・・。
A:相変わらず自分の話ばかりですね。
2011年3月25日金曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(13) もうやめる
今日で震災から二週間。長いようで短い時間だった。毎日の余震。日々状況が切迫しているかのような福島原発。まだ災害が終わった、という実感はない。余震のたびに「あ、これがもっとすごくなっていって、これが本震だったんだ、となるのかな。」などと考える。一回一回小さな「覚悟」を繰り返すようである。これを書いている現在も(夜8時36分)、地震速報が伝えられた。今日出会った患者さん達は皆すべて震災の影響を受けて不安や疲労感を深めているという印象を持った。この頃は診察が終わる際の挨拶は「余震に気をつけましょうね。」である。
Mとの治療で私が一つ心残りだったことがある。それはこの当時の私はかなり受身的な姿勢をもって彼に接していたということだ。私はもっぱらMの連想を聞き、それに対して言葉を挟むというかかわりを持った。「分析的にやろう」という意識が強かったように思う。それが本来のやり方だ、という気持ちもあった。でも私が「では始めましょう」と声をかけてからMが話し出すのを待つというスタイルを彼はあまり好んでいないということも感じていた。口下手の彼が話題を探しながら咳払いをしたり、居心地悪そうに足を組み直したり体の位地を変えるのを見ながら、このようなスタイルは彼は好まないんだろうな、と思い続けてきた。 それでも私は彼の言葉を待つことが多かった。それ以外の治療スタイルを知らなかったからだ。
今だったらどうだろうか?もう少しざっくばらんに色々なことが話せたと思う。それで彼の社交恐怖がどれほど良くなったかはわからない。しかし彼に必要以上に居心地の悪さを体験させることは控えるだろうと思う。社交恐怖について私が知っていること、体験したこと、自分自身の考えた工夫などについても伝えるかも知れない。
私はこのシリーズを今日でおしまいにするが、結局「対人恐怖の精神分析的なアプローチ」というのは一つの幻想という気がする。もちろん理想型としては存在するかも知れない。しかし個々の患者の悩みは千差万別、症状も、治療への反応も、薬の聞き方も全員が異なると言っていい。分析的なアプローチが有効か、それとも行動療法なのか、治療者の受身的な姿勢が有効なのか、それとも積極的な姿勢なのかも。一人ひとりの患者と当たってそのニーズを感じ取って、自分に出来うる限り提供していくこと以外に「治療法」は存在しない、というのが実感である。(おわり)
Mとの治療で私が一つ心残りだったことがある。それはこの当時の私はかなり受身的な姿勢をもって彼に接していたということだ。私はもっぱらMの連想を聞き、それに対して言葉を挟むというかかわりを持った。「分析的にやろう」という意識が強かったように思う。それが本来のやり方だ、という気持ちもあった。でも私が「では始めましょう」と声をかけてからMが話し出すのを待つというスタイルを彼はあまり好んでいないということも感じていた。口下手の彼が話題を探しながら咳払いをしたり、居心地悪そうに足を組み直したり体の位地を変えるのを見ながら、このようなスタイルは彼は好まないんだろうな、と思い続けてきた。 それでも私は彼の言葉を待つことが多かった。それ以外の治療スタイルを知らなかったからだ。
今だったらどうだろうか?もう少しざっくばらんに色々なことが話せたと思う。それで彼の社交恐怖がどれほど良くなったかはわからない。しかし彼に必要以上に居心地の悪さを体験させることは控えるだろうと思う。社交恐怖について私が知っていること、体験したこと、自分自身の考えた工夫などについても伝えるかも知れない。
私はこのシリーズを今日でおしまいにするが、結局「対人恐怖の精神分析的なアプローチ」というのは一つの幻想という気がする。もちろん理想型としては存在するかも知れない。しかし個々の患者の悩みは千差万別、症状も、治療への反応も、薬の聞き方も全員が異なると言っていい。分析的なアプローチが有効か、それとも行動療法なのか、治療者の受身的な姿勢が有効なのか、それとも積極的な姿勢なのかも。一人ひとりの患者と当たってそのニーズを感じ取って、自分に出来うる限り提供していくこと以外に「治療法」は存在しない、というのが実感である。(おわり)
2011年3月24日木曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(12)
私がMの内面を聞き続けて思ったのは、おそらくどのような対人恐怖傾向を持った人にも、健全な自己顕示の欲求は当然ある、という当たり前のことだ。Mは治療関係が出来始めたころにこんな話をした。彼は小さいころから目立たず、特に運動も勉強も出来ない子供だったという。そして両親から十分な関心を払ってもらえたということが一度もなかった。そんな彼が小学生のころ、盲腸炎を起こして病院に運ばれるということがあったという。痛みに苦しんでふと見ると、ベッドの周りを医師や看護婦が囲んで自分を見下ろしていた。そのとき痛みに耐えながらも言いようのない心地よさを感じたという。自分の存在を皆が見守っているという感じ。でもその感覚を得るために、彼は普通でいることでは十分ではなく、急病になる必要があったのである。
すでにこのブログにも書いたと思うが、認められること be recognized への欲求を持たない人間はいない。それは通常の意味でのナルシシズムとは別物である。認められる、とはこの世に生きていてもいいよ、という承認を周囲から得るということだ。人は他人より特にすぐれていなくても、特に人の役に立つというわけでなくとも、ごく「普通」に、特に迷惑をかけずに、たくさんの人々に混じって周囲と同じように生きたいというつましい願望を持つのが自然だ。認められる、とは朝「お早う」と挨拶をして当たり前に「お早う」返してもらえるということなのだ。
でも時々幸か不幸かそのような挨拶を返してもらえないことがある。どう頑張っても親の目に映してもらえないという子供がいる。その場合は泣く泣くアピールをする以外にない。そうしてやっと認めてもらえる、やっと「普通」になれるのだ。Mの盲腸炎のエピソードもそのようなひとつだったのだろう。もちろんそれは彼が関心を払ってもらい、認めてもらうために仕組んだことではなかったわけであるが。
Mは若くして結婚し、子供を二人持っていた。奥さんはMには不釣合いな非常に快活な看護スタッフとして同じ病院で働いていた。Mはこの奥さんにもいつも引け目を感じているという話をよくした。二人はいわゆる「でき婚」で、子供が出来なかったら結婚はなかったかもしれない、ということだった。派手好きの奥さんは引っ込み思案で口下手の夫に飽き足らなさを感じ、よく夜一人で踊りに行ったりしていたという。「結局僕には友達がいない。妻も自分を相手にしてくれない。僕の話を聞いてくれるのはあなたぐらいだよ。」と彼はよく言ったものだ。
Mと私とはまたいろいろ「ニアミス」があった。彼の勤める大病院には、私も一時籍をおいていたことがある。私が病棟で大暴れをした患者さんに対して拘束のオーダーを出すと、セキュリティーがすぐに呼ばれて、2,3人の警備員が駆けつけてくる。その中に時々Mが混じっていて、一番後ろで仲間から姿を隠すようにして私の病棟に現れ、照れくさそうな顔をしながら私の前で手馴れたしぐさで患者をベッドに拘束するということもあった。私が彼らにオーダーを出すという立場であるということは、彼に複雑な気持ちをいただかせたようである。私はMのおそらく数少ない理解者であり、また病院ではオーダーを出す強い立場の医師であった。いわば父親的な存在というニュアンスもあった。しかし私は同時に彼より一回りからだが小さく、不慣れな言葉を操る外国人であり、気の弱いM自身の分身という感覚もあったのであろう。「先生と別のところで会うと、とても変な感じだよ」とMはいい、「その感じもわかるよ」と私も応じた。
生まれも育ちも立場もぜんぜん違うMと私との関係はそうやって二年も続いた。彼は初めのころに比べるとはるかにリラックスして自分を表現できるようになっていただろう。奥さんとの関係も、子供とも関係も充実していったように思えた。でもMはやはりMのまま、私はMのおかげでほんの少し治療者としての自信をつけることが出来たが、基本的には引っ込み思案のままだった。アメリカで自分らしい生き方が多少なりとも出来るようになるには私自身もそれから10年近くもかかった。(続く)
すでにこのブログにも書いたと思うが、認められること be recognized への欲求を持たない人間はいない。それは通常の意味でのナルシシズムとは別物である。認められる、とはこの世に生きていてもいいよ、という承認を周囲から得るということだ。人は他人より特にすぐれていなくても、特に人の役に立つというわけでなくとも、ごく「普通」に、特に迷惑をかけずに、たくさんの人々に混じって周囲と同じように生きたいというつましい願望を持つのが自然だ。認められる、とは朝「お早う」と挨拶をして当たり前に「お早う」返してもらえるということなのだ。
でも時々幸か不幸かそのような挨拶を返してもらえないことがある。どう頑張っても親の目に映してもらえないという子供がいる。その場合は泣く泣くアピールをする以外にない。そうしてやっと認めてもらえる、やっと「普通」になれるのだ。Mの盲腸炎のエピソードもそのようなひとつだったのだろう。もちろんそれは彼が関心を払ってもらい、認めてもらうために仕組んだことではなかったわけであるが。
Mは若くして結婚し、子供を二人持っていた。奥さんはMには不釣合いな非常に快活な看護スタッフとして同じ病院で働いていた。Mはこの奥さんにもいつも引け目を感じているという話をよくした。二人はいわゆる「でき婚」で、子供が出来なかったら結婚はなかったかもしれない、ということだった。派手好きの奥さんは引っ込み思案で口下手の夫に飽き足らなさを感じ、よく夜一人で踊りに行ったりしていたという。「結局僕には友達がいない。妻も自分を相手にしてくれない。僕の話を聞いてくれるのはあなたぐらいだよ。」と彼はよく言ったものだ。
Mと私とはまたいろいろ「ニアミス」があった。彼の勤める大病院には、私も一時籍をおいていたことがある。私が病棟で大暴れをした患者さんに対して拘束のオーダーを出すと、セキュリティーがすぐに呼ばれて、2,3人の警備員が駆けつけてくる。その中に時々Mが混じっていて、一番後ろで仲間から姿を隠すようにして私の病棟に現れ、照れくさそうな顔をしながら私の前で手馴れたしぐさで患者をベッドに拘束するということもあった。私が彼らにオーダーを出すという立場であるということは、彼に複雑な気持ちをいただかせたようである。私はMのおそらく数少ない理解者であり、また病院ではオーダーを出す強い立場の医師であった。いわば父親的な存在というニュアンスもあった。しかし私は同時に彼より一回りからだが小さく、不慣れな言葉を操る外国人であり、気の弱いM自身の分身という感覚もあったのであろう。「先生と別のところで会うと、とても変な感じだよ」とMはいい、「その感じもわかるよ」と私も応じた。
生まれも育ちも立場もぜんぜん違うMと私との関係はそうやって二年も続いた。彼は初めのころに比べるとはるかにリラックスして自分を表現できるようになっていただろう。奥さんとの関係も、子供とも関係も充実していったように思えた。でもMはやはりMのまま、私はMのおかげでほんの少し治療者としての自信をつけることが出来たが、基本的には引っ込み思案のままだった。アメリカで自分らしい生き方が多少なりとも出来るようになるには私自身もそれから10年近くもかかった。(続く)
2011年3月23日水曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(11)
私がかつて週2回2年間というかかわりを持った患者さんがいた。この人のことを私が自由に書けるのは、もう20年ほど前にかかわった患者さんであることと、アメリカでの話なので、絶対に彼がこの私の記述を日本語で読むことはないし、読者にも彼が誰のことかは分からないからだ。(それでも多少脚色を加える。)
他のどの治療とも同じように、彼の治療も全てがうまくいったわけではなかった。2年間の治療の後に私の職場の変更ということから終結を迎えたが、彼はある意味ではあまり変わっていなかったかもしれない。でも多くのことを話し、一緒に考えさせられた。アメリカ人にもしっかりと対人恐怖的な心性を持つ人がいるのは当たり前のことだが、渡米して高々4年目の私にはそんなことはよくわかっていなかった。まともにかかわったアメリカ人がほとんどいなかったからだ。30歳代前半のMは当時の私と同年輩。彼は既婚者で小さい子供を二人抱えていた。彼の仕事は大きな精神病院の警備員。気の弱さや自己主張の難しさを抱えた人の職業選択としては不釣合いのようでいて、案外ありうるのかもしれない。彼はアメリカ人としては普通の体格だったが、私より一回り大きく、でもいつも伏し目がち、言葉少なに、しかし律儀に面接に現れたのを覚えている。私も本格的な精神療法のケースとしては彼の地ではMが初めてで緊張していたし、お互いが対人恐怖同士で出会ったようなものだ。一つ明らかなのは、彼は私が威圧的でないことにずいぶん助かったらしいということである。私にとってはアメリカ人は対外威圧感を持って感じられていたから。だいたい英語を自然に話すということだけでこちらとしては引け目を感じてしまうだろう。体格は最初から一回り小さいし。ただし同じ日本人でも、アメリカ人に対してその種の引け目を感じない人も多いということを、私はアメリカに居るたくさんの日本人を見ながら感じた。このすぐ相手に引け目を感じてしまうのが、対人恐怖の心性なのである。私はそれを持っていたし、同様の傾向のあるMにとってはそれだけ都合がよかったのであろうと思う。
Mと私は比較的すぐに打ち解けた。対人恐怖同志は、互いに似たような匂いを感じ取る。お互いに安全だとわかるのであろう。彼は自分の人生についてとつとつと語った。(Mは言葉数が少なく、しかもアメリカの中西部に特有の、すなわち「訛りのない」英語だったために、私にしては珍しく彼の話すことは聞きとりやすかったのもよかった。)彼は非常に厳格な父親にそだてられたと語った。何をしてもほとんど褒められることなく、常に上を目指すように言われ続けた。
Mと話していて一つ感じたのは、アメリカという文化のせいか、彼の控えめな性格が誰からも何らポジティブな評価を与えられていないということだった。彼程度の対人緊張は日本人のあいだでは珍しくないし、だからといってすぐにネガティブな評価を与えられるわけではない。グループでの話し合いなどで、口数が少なかったり黙っていたりしても、それだけでネガティブな評価を与えられないであろう。ところが米国ではほとんど常に発信していない限りその存在が疎んじられたり逆に悪意を持っているのではないかと勘ぐられたりする傾向にある。そのことを彼は分かっていて、何とか社交的で饒舌な人間になろうとして、しかしそれが性に合わない自分に失望するということを繰り返していた。「Mって日本の社会に生まれたら、そんなに苦労しなかっただろうに」などと口にだすことはなかったものの、私はしばしばそんなことを考えながら彼との対話を続けた。(続く)
他のどの治療とも同じように、彼の治療も全てがうまくいったわけではなかった。2年間の治療の後に私の職場の変更ということから終結を迎えたが、彼はある意味ではあまり変わっていなかったかもしれない。でも多くのことを話し、一緒に考えさせられた。アメリカ人にもしっかりと対人恐怖的な心性を持つ人がいるのは当たり前のことだが、渡米して高々4年目の私にはそんなことはよくわかっていなかった。まともにかかわったアメリカ人がほとんどいなかったからだ。30歳代前半のMは当時の私と同年輩。彼は既婚者で小さい子供を二人抱えていた。彼の仕事は大きな精神病院の警備員。気の弱さや自己主張の難しさを抱えた人の職業選択としては不釣合いのようでいて、案外ありうるのかもしれない。彼はアメリカ人としては普通の体格だったが、私より一回り大きく、でもいつも伏し目がち、言葉少なに、しかし律儀に面接に現れたのを覚えている。私も本格的な精神療法のケースとしては彼の地ではMが初めてで緊張していたし、お互いが対人恐怖同士で出会ったようなものだ。一つ明らかなのは、彼は私が威圧的でないことにずいぶん助かったらしいということである。私にとってはアメリカ人は対外威圧感を持って感じられていたから。だいたい英語を自然に話すということだけでこちらとしては引け目を感じてしまうだろう。体格は最初から一回り小さいし。ただし同じ日本人でも、アメリカ人に対してその種の引け目を感じない人も多いということを、私はアメリカに居るたくさんの日本人を見ながら感じた。このすぐ相手に引け目を感じてしまうのが、対人恐怖の心性なのである。私はそれを持っていたし、同様の傾向のあるMにとってはそれだけ都合がよかったのであろうと思う。
Mと私は比較的すぐに打ち解けた。対人恐怖同志は、互いに似たような匂いを感じ取る。お互いに安全だとわかるのであろう。彼は自分の人生についてとつとつと語った。(Mは言葉数が少なく、しかもアメリカの中西部に特有の、すなわち「訛りのない」英語だったために、私にしては珍しく彼の話すことは聞きとりやすかったのもよかった。)彼は非常に厳格な父親にそだてられたと語った。何をしてもほとんど褒められることなく、常に上を目指すように言われ続けた。
Mと話していて一つ感じたのは、アメリカという文化のせいか、彼の控えめな性格が誰からも何らポジティブな評価を与えられていないということだった。彼程度の対人緊張は日本人のあいだでは珍しくないし、だからといってすぐにネガティブな評価を与えられるわけではない。グループでの話し合いなどで、口数が少なかったり黙っていたりしても、それだけでネガティブな評価を与えられないであろう。ところが米国ではほとんど常に発信していない限りその存在が疎んじられたり逆に悪意を持っているのではないかと勘ぐられたりする傾向にある。そのことを彼は分かっていて、何とか社交的で饒舌な人間になろうとして、しかしそれが性に合わない自分に失望するということを繰り返していた。「Mって日本の社会に生まれたら、そんなに苦労しなかっただろうに」などと口にだすことはなかったものの、私はしばしばそんなことを考えながら彼との対話を続けた。(続く)
2011年3月22日火曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(10)
うーん。「大震災の爪跡」はどうなったのだ?もう普通のブログに戻っているということはやはり日常に戻りつつあるということだろうか?余震に驚くことは若干少なくなっているのは、余震自体が少なくなっていることなのか、それとも「余震に慣れて」来ているのだろうか?相変わらずのモノ不足は一部は買占めによるものだろうが、生産が滞っていることもある。神さんに牛乳を頼まれて、四日目にして今日はじめて手に入った、というのも非日常ではあるが、そんなレベルでしか震災の影響を受けていないことがまた後ろめたい。家ではせいぜい節電に精を出している。(というより神さんがあちこちを消しまくって、家の中は真っ暗である。)安永先生のこと、ずっと考えている。お通夜の司会をした内海健先生の言葉が残っている。「これから何十年先に、安永先生を発見した精神科医たちは何を思うのだろうか・・・・」本当にそうである。
いったいこの読者を無視した「社交恐怖」シリーズがどこまで続くかはわからない。しかし読者を振り切ってでも行き着くところまで行き着かないわけにはいかない。というより論文を書くというのはそういうことだろう。書きながら考える。というより書き上げるために考える?これでも5月締め切りには危ないくらいだ。
アンドリュー・モリソンAndrew Morrison はアメリカの精神分析に恥の論理を持ち込んだ張本人の一人であろう。彼の「Shame The underside of Narcissism 恥-自己愛の裏の面」は1989年にThe Analytic Press社から発売されたが、私も非常に大きな力を得た。
モリソンはコフート派である。彼の主張はわかりやすい。彼は「恥とは自己愛の傷つきである。コフートははっきりとは言っていないが、彼の理論は恥の理論である(「恥の言語で綴られている(モリソン)」。」というわけで、恥の体験はコフート的な自己の病理ということになり、するとその成因もおのずと決まってくる。それは患者のプライドや健全な自己愛を育ててくれるような自己対象が養育環境において存在しなかったということになる。そして治療方針もまたわかりやすい。患者との間に成立する自己対象転移を中心にそれは展開することになる。
「ジコタイショウテンイ、だって??」と読者はおっしゃるかもしれない。「それって何?」自己対象転移とは何かを言う前に。自己対象 self-object とは何か?について説明しなくてはならない。
人は敬愛し、尊敬している他者から認められ、敬意を表されることを必要とする。それはあたかも生存のためには空中の酸素を必要とするように、である。精神的な意味で生き続けるためには、自分を認めてくれる誰か、を毎日のように望んでいるわけだ。それをコフートは自己対象と呼んだ。普通私たちはそのような存在に守られて育つ。幼少時は主として親がその役割を果たすであろう。そして成長してからも、友人や先輩や同僚や配偶者との間で、同様の関係を持つ。自己対象転移とは、治療関係において、治療者がそのような関係を取り持ってくれることを望む傾向を反映しているといえる。
ただし、である。
治療者が実際に自己対象として振舞うべきか、ということとは別なのである。つまり患者の話を静かに聴き、その存在を認め、自己価値観を高めるという、自己対象的な振る舞いをするべきかといえば、コフートは決してそうは言ってはいない。むしろそのような関係性を作ろうとしている患者のニーズについて扱っていくことが治療である、となる。そりゃそうだろう。ここら辺がやはり精神分析である。精神分析とは患者の心の動きを分析し、探求し、明らかにしていくことだからだ。
ここまでモリソン流、すなわちコフート流の恥の病理について、一筆書きをしたが、何が問題なのだろうか?対人恐怖に対する精神分析的なアプローチとして、これを最初から書いて論文として出せばよかったのではないか?でもそう簡単にはいかないのだ。そこにはいくつかの理由がある。
一番の悩ましい点は、社交恐怖、対人恐怖といった病態が、モリソン流の「恥の病理」と微妙にずれるということである。これは昨日のブログで少し触れたとおり、恥イコール自己愛の病理、としていることから来る問題ともいえる。対人恐怖者は、自己愛の病理を抱えているのか?必ずしもそうではないところが難しいのである。ただしモリソンの治療論を読むと、対人恐怖や恥を感じやすい人々を限定して論じるというよりは、自己愛の病理一般を恥という視点から見直すというニュアンスを持っていて、これはこれで非常に内容が深いという印象を受ける。これは彼が恥の防衛として生じるさまざまな病理、特に他人に対する憤りや軽蔑といった問題も自己愛が満たされないことから来る怒り(「自己愛憤怒」)という視点から扱っている。これはパーソナリティ障害に広く見られる問題を扱う手段としては非常に有効だと思うのであるが、そこに現れる患者像は、対人恐怖というよりはDSM的な自己愛パーソナリティ、すなわち自己中心的であり、他人を自分の自己愛の満足のために利用するといったタイプにより当てはまるという気がするのである。
ということで私の対人恐怖に関する臨床体験に移って2,3回論じて、このシリーズにけりをつけることを考えている。
いったいこの読者を無視した「社交恐怖」シリーズがどこまで続くかはわからない。しかし読者を振り切ってでも行き着くところまで行き着かないわけにはいかない。というより論文を書くというのはそういうことだろう。書きながら考える。というより書き上げるために考える?これでも5月締め切りには危ないくらいだ。
アンドリュー・モリソンAndrew Morrison はアメリカの精神分析に恥の論理を持ち込んだ張本人の一人であろう。彼の「Shame The underside of Narcissism 恥-自己愛の裏の面」は1989年にThe Analytic Press社から発売されたが、私も非常に大きな力を得た。
モリソンはコフート派である。彼の主張はわかりやすい。彼は「恥とは自己愛の傷つきである。コフートははっきりとは言っていないが、彼の理論は恥の理論である(「恥の言語で綴られている(モリソン)」。」というわけで、恥の体験はコフート的な自己の病理ということになり、するとその成因もおのずと決まってくる。それは患者のプライドや健全な自己愛を育ててくれるような自己対象が養育環境において存在しなかったということになる。そして治療方針もまたわかりやすい。患者との間に成立する自己対象転移を中心にそれは展開することになる。
「ジコタイショウテンイ、だって??」と読者はおっしゃるかもしれない。「それって何?」自己対象転移とは何かを言う前に。自己対象 self-object とは何か?について説明しなくてはならない。
人は敬愛し、尊敬している他者から認められ、敬意を表されることを必要とする。それはあたかも生存のためには空中の酸素を必要とするように、である。精神的な意味で生き続けるためには、自分を認めてくれる誰か、を毎日のように望んでいるわけだ。それをコフートは自己対象と呼んだ。普通私たちはそのような存在に守られて育つ。幼少時は主として親がその役割を果たすであろう。そして成長してからも、友人や先輩や同僚や配偶者との間で、同様の関係を持つ。自己対象転移とは、治療関係において、治療者がそのような関係を取り持ってくれることを望む傾向を反映しているといえる。
ただし、である。
治療者が実際に自己対象として振舞うべきか、ということとは別なのである。つまり患者の話を静かに聴き、その存在を認め、自己価値観を高めるという、自己対象的な振る舞いをするべきかといえば、コフートは決してそうは言ってはいない。むしろそのような関係性を作ろうとしている患者のニーズについて扱っていくことが治療である、となる。そりゃそうだろう。ここら辺がやはり精神分析である。精神分析とは患者の心の動きを分析し、探求し、明らかにしていくことだからだ。
ここまでモリソン流、すなわちコフート流の恥の病理について、一筆書きをしたが、何が問題なのだろうか?対人恐怖に対する精神分析的なアプローチとして、これを最初から書いて論文として出せばよかったのではないか?でもそう簡単にはいかないのだ。そこにはいくつかの理由がある。
一番の悩ましい点は、社交恐怖、対人恐怖といった病態が、モリソン流の「恥の病理」と微妙にずれるということである。これは昨日のブログで少し触れたとおり、恥イコール自己愛の病理、としていることから来る問題ともいえる。対人恐怖者は、自己愛の病理を抱えているのか?必ずしもそうではないところが難しいのである。ただしモリソンの治療論を読むと、対人恐怖や恥を感じやすい人々を限定して論じるというよりは、自己愛の病理一般を恥という視点から見直すというニュアンスを持っていて、これはこれで非常に内容が深いという印象を受ける。これは彼が恥の防衛として生じるさまざまな病理、特に他人に対する憤りや軽蔑といった問題も自己愛が満たされないことから来る怒り(「自己愛憤怒」)という視点から扱っている。これはパーソナリティ障害に広く見られる問題を扱う手段としては非常に有効だと思うのであるが、そこに現れる患者像は、対人恐怖というよりはDSM的な自己愛パーソナリティ、すなわち自己中心的であり、他人を自分の自己愛の満足のために利用するといったタイプにより当てはまるという気がするのである。
ということで私の対人恐怖に関する臨床体験に移って2,3回論じて、このシリーズにけりをつけることを考えている。
2011年3月21日月曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(9) 分析的?コフート的?
昨日の安永先生のお通夜のことを思い出す。ご家族にとっては、安永先生はとても落ち着いてびくともしないという面と、電話を掛けるのを許している患者さんにしょっちゅう電話口で怒鳴っていたというような感情的な面を持ち合わせていたしたという。ただ患者に向き合う治療態度には非常に誠実なものがあった。先生は昨年の暮にクリニックの忘年会に出られないことをお許し願いたいという旨の手紙を奥様に託したということで、それが朗読された。それは治療者である自分が病気とは言え、臨床を退くことへの後ろめたさが縷々述べられていて、そこでは「患者さま」という表現が繰り返し用いられていた。先生は小児科医であったお父様から「赤ひげ精神を受け継がれた」という紹介もあったが、さもありなんと思った。それともう一つ印象深かったのは、中学校の体育の教師という一人息子のご子息が、ある意味では安永先生とまったく異なるタイプでいらしたことだろうか。安永先生がある種紛れもない天才肌の精神医学者であったために、この遺伝子がどのように受け継がれるのだろうか、という興味はおそらく多くの人の心にあったであろうとおもうが、ご子息は先生の野球好き、スポーツ好きを受け継がれたようだ。
我執性と没我性の葛藤という図式が心理学のいろいろな場面に出てくるという話をしたが、伝統的な精神分析における対人恐怖の理解も、その路線で考えることが出来る。このシリーズの(4)で紹介したのが、オットー・フェニケル(1963)の例であった。彼は「舞台恐怖 stagefright」は無意識的な露出願望とそれが引き起こす去勢不安とが原因になって生じるものとして説明した。つまり対人恐怖の人々は「自分を見せたい、表現したい」という願望を抑圧しているというわけだ。これはフェニケルの時代に遡るのであれば、当然性的な意味合いを持つ。(フロイトがすごく具体的に性的な意味付けをしていたのであるから、これはやむを得ない。)つまり自分の性器を露出したいという願望と同等ということになる。だからこそ性器を切断されるのではないかという去勢不安を生むということになるが、のちの精神分析はこの種のあからさまな考え方を取らずにより象徴レベルのそれとして扱うことになる。つまり私が書いたように、露出願望とは「自分を見せたい、表現したい」という願望のことを指すと考えるのである。
ところがこのように考えると私が理想自己と恥ずべき自己の相克として提示している図式と近い関係にあることがわかるだろう。理想自己とはいわば、人に自慢したい自己、見てほしい自己である。これが強烈だからかえって人目を意識してしまい、「恥ずべき自己」の肥大してしまうと考えると、フェニケルの説の象徴的な理解とほとんど変わらなくなってしまう。
ただしここで重要なのは、フェニケルの説では、露出願望をプライマリーなものと考えるという点である。それがおそらく対人恐怖の人々の体験とかなり違う場合が多い。むしろ彼らの場合は、ごく普通に自分を表現することが突然難しくなってしまったという体験を持つことが多いのである。
実はこの問題、一つの悩ましい問題点を提起している。それは、対人恐怖者は本来は露出願望が強いのかどうか、あるいは少し言い方を変えると、自己愛的なのか、ということである。対人恐怖を自己愛の病理として捉えるか否か。結論から言えば、これから述べる、米国における社交恐怖の分析的なアプローチは、端的に言ってコフート的なのである。恥の病理も、自己愛の病理と重ねあわせて考えることになる。私が分かりやすく定義できずにこのブログで苦しんでいる「セイシンブンセキ的にどうやって対人恐怖を扱うのか?」は実は、精神分析的 → コフートによる自己心理学的 と置き換えることで簡単に済ませてしまうこともできる。
我執性と没我性の葛藤という図式が心理学のいろいろな場面に出てくるという話をしたが、伝統的な精神分析における対人恐怖の理解も、その路線で考えることが出来る。このシリーズの(4)で紹介したのが、オットー・フェニケル(1963)の例であった。彼は「舞台恐怖 stagefright」は無意識的な露出願望とそれが引き起こす去勢不安とが原因になって生じるものとして説明した。つまり対人恐怖の人々は「自分を見せたい、表現したい」という願望を抑圧しているというわけだ。これはフェニケルの時代に遡るのであれば、当然性的な意味合いを持つ。(フロイトがすごく具体的に性的な意味付けをしていたのであるから、これはやむを得ない。)つまり自分の性器を露出したいという願望と同等ということになる。だからこそ性器を切断されるのではないかという去勢不安を生むということになるが、のちの精神分析はこの種のあからさまな考え方を取らずにより象徴レベルのそれとして扱うことになる。つまり私が書いたように、露出願望とは「自分を見せたい、表現したい」という願望のことを指すと考えるのである。
ところがこのように考えると私が理想自己と恥ずべき自己の相克として提示している図式と近い関係にあることがわかるだろう。理想自己とはいわば、人に自慢したい自己、見てほしい自己である。これが強烈だからかえって人目を意識してしまい、「恥ずべき自己」の肥大してしまうと考えると、フェニケルの説の象徴的な理解とほとんど変わらなくなってしまう。
ただしここで重要なのは、フェニケルの説では、露出願望をプライマリーなものと考えるという点である。それがおそらく対人恐怖の人々の体験とかなり違う場合が多い。むしろ彼らの場合は、ごく普通に自分を表現することが突然難しくなってしまったという体験を持つことが多いのである。
実はこの問題、一つの悩ましい問題点を提起している。それは、対人恐怖者は本来は露出願望が強いのかどうか、あるいは少し言い方を変えると、自己愛的なのか、ということである。対人恐怖を自己愛の病理として捉えるか否か。結論から言えば、これから述べる、米国における社交恐怖の分析的なアプローチは、端的に言ってコフート的なのである。恥の病理も、自己愛の病理と重ねあわせて考えることになる。私が分かりやすく定義できずにこのブログで苦しんでいる「セイシンブンセキ的にどうやって対人恐怖を扱うのか?」は実は、精神分析的 → コフートによる自己心理学的 と置き換えることで簡単に済ませてしまうこともできる。
2011年3月20日日曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(8)(このブログの名前の由来?)
今日は安永浩先生のお通夜であった。素晴らしく前向きなご遺族。先生の全うされた人生を改めて振り返るような式だった。いろいろご家族でなくてはわからない先生の横顔をお聞きすることが出来た。どんなに才能豊かな人でも、家族にとっては普通の人になってしまうということが興味深かった。
没我性と我執性の相克、という話の続きである。いきなり難しい表現が出てきたとお思いであろうが、ドイツ流の精神病理学にはよく出てくる。確かクラーゲスという人の本がその源のかなり近くにあったと思うが、たとえば体系と性格で有名なエルンスト・クレッチマーの精神医学も、ドイツ出身でアメリカでサリバン派として活躍したカレン・ホーナイなども、この図式を使っている。昔精神病理学なるものを一時かじっていたときに、ここら辺を読み漁っていた。両方ともドイツ語のゼルプストなんとかかんとか、という語源の日本語訳というわけだ。
要するに人は二つの傾向を持っている。自分を守り、自分を主張し、他人を打ち負かすという傾向と、逆に他人に譲り、他人の主張に任せ、自分を消し去るという傾向である。私たちは日常的にその相克を体験しているというわけだ。わかりやすく言い換えれば、他者との関係でどちらが主でどちらが奴か、どちらが強者でどちらが弱者か、という相対的な位置関係のようなものだが、どちらにもそれなりの満足感が伴い、それぞれを個別に求める傾向が私たちの中にあるというわけだ。
単純な図式だけに、いろいろな文脈に当てはめることができる。精神分析的にいえば、我執とはエディプス葛藤で父親を打ち負かしたいという願望や衝動に関係し、没我とは父親にひれ伏して受身的女性的態勢をとる方向性に関係する。エディプス葛藤とは、このどちらかに引き裂かれてしまっている状態だ。また対人恐怖の文脈ではすでに説明したように、我執とは「自分は誰も怖くない。何事も恐れずに自分を表現する」ということであり、没我とは「自分には表現すべきものはない。自分はわが身を隠したい」ということだ。対人恐怖においては、この両者に引き裂かれていて身動きが取れない。
この双方の状況に共通しているのは何だろうか?それはこの相克ないしは葛藤を象徴としてではなく、極めて具体的なものとして体験していることだ。もともとこの葛藤には最終的な結論は出ず、ある意味ではどちらでもいいのだ、という姿勢が取れないのである。
ところが私たちが日常生活でかかわる他者との関係を考えればわかるとおり、他者との上下関係や強弱の関係は、いわば約束事であり、現実の強弱を反映しているものではない。会社の上司との関係を例にとってみよう。立場上は上下関係がある。上司にはかなりひどい小言を聞かされても部下としては耐えなくてはならない。何をするにも上司にお伺いを立てなくてはならない。でもそれは上司との本質的な優劣を決定しているわけではないことがわかっているから、部下は耐えられるのであろう。
慧眼な読者なら、この没我性と我執性の相克という問題が、私が本シリーズの(2)で示した図式、すなわち理想自己と恥ずべき自己の図で表した問題と結局は同じことであるという点にお気づきであろう。そのとき対人恐怖症状の深刻さはこの両自己像の隔たりに反映されていると説明した。対人恐怖においてその隔たりが継続しているひとつの理由は、当人がその両方の自己像を直視しないことにあるといっていい。対人恐怖の人は、自分を恥ずべき存在と見做す際は、徹底して自分を貶める。手が震えたり声が震えたり、赤面している自分は、それを見たら誰もが軽蔑したりあまりの悲惨さに言葉を失ったりするような姿であると感じている。それらの人に欠けているのは、おそらく人前で緊張をしたり、パフォーマンスを前にしてしり込みをしたりするのはごく普通の人にもおきることであり、特別なことではないこと、そしてその姿を他人に見せたからといって二度と人前に出られなくなったり社会的な生命が奪われたりするわけではないということである。そして人前での緊張や引っ込み思案は、他人に自己主張や発言のチャンスを与え、いわば謙譲の美徳にも裏打ちされているということを理解するということだ。そしてそれを体験することが治療関係なのである。
つまり気弱でいいのだという開き直りが突破口のひとつとなるのである。ということで私のブログの題は、「気弱な精神科医」なのだ。(実は本の編集者が勝手に決めた。私は反対しなかっただけだ。つまり治療的だったというわけである。)
没我性と我執性の相克、という話の続きである。いきなり難しい表現が出てきたとお思いであろうが、ドイツ流の精神病理学にはよく出てくる。確かクラーゲスという人の本がその源のかなり近くにあったと思うが、たとえば体系と性格で有名なエルンスト・クレッチマーの精神医学も、ドイツ出身でアメリカでサリバン派として活躍したカレン・ホーナイなども、この図式を使っている。昔精神病理学なるものを一時かじっていたときに、ここら辺を読み漁っていた。両方ともドイツ語のゼルプストなんとかかんとか、という語源の日本語訳というわけだ。
要するに人は二つの傾向を持っている。自分を守り、自分を主張し、他人を打ち負かすという傾向と、逆に他人に譲り、他人の主張に任せ、自分を消し去るという傾向である。私たちは日常的にその相克を体験しているというわけだ。わかりやすく言い換えれば、他者との関係でどちらが主でどちらが奴か、どちらが強者でどちらが弱者か、という相対的な位置関係のようなものだが、どちらにもそれなりの満足感が伴い、それぞれを個別に求める傾向が私たちの中にあるというわけだ。
単純な図式だけに、いろいろな文脈に当てはめることができる。精神分析的にいえば、我執とはエディプス葛藤で父親を打ち負かしたいという願望や衝動に関係し、没我とは父親にひれ伏して受身的女性的態勢をとる方向性に関係する。エディプス葛藤とは、このどちらかに引き裂かれてしまっている状態だ。また対人恐怖の文脈ではすでに説明したように、我執とは「自分は誰も怖くない。何事も恐れずに自分を表現する」ということであり、没我とは「自分には表現すべきものはない。自分はわが身を隠したい」ということだ。対人恐怖においては、この両者に引き裂かれていて身動きが取れない。
この双方の状況に共通しているのは何だろうか?それはこの相克ないしは葛藤を象徴としてではなく、極めて具体的なものとして体験していることだ。もともとこの葛藤には最終的な結論は出ず、ある意味ではどちらでもいいのだ、という姿勢が取れないのである。
ところが私たちが日常生活でかかわる他者との関係を考えればわかるとおり、他者との上下関係や強弱の関係は、いわば約束事であり、現実の強弱を反映しているものではない。会社の上司との関係を例にとってみよう。立場上は上下関係がある。上司にはかなりひどい小言を聞かされても部下としては耐えなくてはならない。何をするにも上司にお伺いを立てなくてはならない。でもそれは上司との本質的な優劣を決定しているわけではないことがわかっているから、部下は耐えられるのであろう。
慧眼な読者なら、この没我性と我執性の相克という問題が、私が本シリーズの(2)で示した図式、すなわち理想自己と恥ずべき自己の図で表した問題と結局は同じことであるという点にお気づきであろう。そのとき対人恐怖症状の深刻さはこの両自己像の隔たりに反映されていると説明した。対人恐怖においてその隔たりが継続しているひとつの理由は、当人がその両方の自己像を直視しないことにあるといっていい。対人恐怖の人は、自分を恥ずべき存在と見做す際は、徹底して自分を貶める。手が震えたり声が震えたり、赤面している自分は、それを見たら誰もが軽蔑したりあまりの悲惨さに言葉を失ったりするような姿であると感じている。それらの人に欠けているのは、おそらく人前で緊張をしたり、パフォーマンスを前にしてしり込みをしたりするのはごく普通の人にもおきることであり、特別なことではないこと、そしてその姿を他人に見せたからといって二度と人前に出られなくなったり社会的な生命が奪われたりするわけではないということである。そして人前での緊張や引っ込み思案は、他人に自己主張や発言のチャンスを与え、いわば謙譲の美徳にも裏打ちされているということを理解するということだ。そしてそれを体験することが治療関係なのである。
つまり気弱でいいのだという開き直りが突破口のひとつとなるのである。ということで私のブログの題は、「気弱な精神科医」なのだ。(実は本の編集者が勝手に決めた。私は反対しなかっただけだ。つまり治療的だったというわけである。)
2011年3月19日土曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(7)
今日町を歩いていて感じたのだが、車が少ない。気のせいだろうか?でもあれだけガソリンが貴重だと、気楽に運転する気になれないであろう。これって二酸化炭素削減の最大の切り札かもしれない。ガソリンが希少になり、あるいは高価になること。そして電気自動車の時代になったら、電力が規制されること。もちろん電力の供給が可能なかぎりはその制限は至難であろうが、原子力発電への見直しが進んだとしたら、深刻な電力不足に陥るかも知れない。町のネオンが半減して思うのだが、これってそんなに悪くない。夜道が暗いって、むしろ自然ではないか。計画停電で一番変わったのは、人の就寝時間らしい(当然早くなった)。それもまた悪くないのではないか?
・・・という風にしてB先生とAさんの治療は続いていくのであるが、「これだとまるでCBTじゃん」、といわれてもしょうがない。私としては「精神分析的なCBT」という書き方をしても、気のきいたCBTの治療者だったら言いそうなことばかりである。っていうか、「分析的って何?」ということがまたまた問題になりそうだ。現在の精神分析の最大のジレンマ、というより日本における精神分析というべきか、は精神分析が非常に大きな希望を背負っていると同時に、その根幹の部分が空洞化しつつあることを、人は知らないということだ。禁欲原則の遵守、受身性、転移の解釈、無意識的な内容の意識化、探索的な手法(支持的、ではなく)、といった精神分析の根幹の部分が、相対的な形でしか意味をなさない以上、(つまり禁欲原則は、それが必要な場合に用いる、転移解釈はそれが適切な場合に用いる、ということ)「これは分析的です」、ということの内実が実に曖昧になっている。実はそこが精神分析が最高に面白いところなのであるが、そのためには「新しい精神分析理論」の待望ということになる。私の思い描く新しい分析理論は非常に未来志向的で創造的なものである。それでいて人が自らの心のある部分を隠しておきたい、見ずにおきたいという力動に最大の注意を払い、それを必要に応じて扱っていく。意識レベルでも、無意識レベルでも。ただその手法として、自由連想はほんの一つにしか過ぎないというわけだ。
ということで対人恐怖の(私流の)精神分析的アプローチに加えたいことを、忘れずに書いておく。
対人恐怖傾向のある人の持つ控えめさ、謙虚さの美徳についても扱う
これは米国の「恥ずかしがりを克服しようOvercome your Shyness!」的な本を読んでつくづく感じることだが、社交恐怖症がDSM-Ⅲ(1980年)に乗じてデビューしてからのアメリカの恥ブームは、恥をなくすべきもの、克服すべきもの、という論調に終始している。それはそうだろう。アメリカで恥ずかしがっていたら、いつまでたっても発言が出来ない。人に好かれさえもしないのだ。自分自身で体験した。だからアメリカ人は控えめさ、謙虚さの意味もよくわからないし、社交恐怖が美徳に繋がるなど考えない。しかし私は内沼幸雄先生の「対人恐怖の人間学」に目を見開かれた人間であるから、それが実は「滅びの美学」に結びついていることを常に忘れないようにしている。そして対人恐怖傾向にある人が、おおむね人の気持ちをわかりすぎ、他人を優先し、人に尽くす傾向にあることに注意を払うこともまた重要であると考えている。もちろん対人恐怖の人には、他人に対する恐怖や不安が手伝った結果として過剰に注意を払いすぎて、自らを情けなく思うという傾向があるのはもちろんである。しかし彼らの人格構造を全体として捉えた場合は、自分の存在を主張することへの恐怖や不安が、他人に喜びを与える感覚(贈与の感覚)と結びついているという点を無視するわけにはいかない。世の中には「自分が、自分が」という人たちがたくさんいる。数としては多くないのであろうが、そういう人たちが社会の支配層を占める傾向にあるために、余計に目だって腹立たしい。でもそれは他方でそれらの人たちに喜んで道を譲る心優しい対人恐怖予備軍の人々がいるから可能なのである。問題は彼らが単に道を譲るだけに満足するのではなく、譲りすぎることへの不甲斐なさや自らもまた主張したいという願望のために大きな葛藤を体験していることにある。
私は対人恐怖の根幹にある力動は、この人に譲りたいという気持ちと裏腹の自分を主張したいの葛藤、内沼先生が表現するところの 没我と我執の葛藤にあると思うし、それを扱ってこそ分析的なアプローチと考えるのである。
・・・という風にしてB先生とAさんの治療は続いていくのであるが、「これだとまるでCBTじゃん」、といわれてもしょうがない。私としては「精神分析的なCBT」という書き方をしても、気のきいたCBTの治療者だったら言いそうなことばかりである。っていうか、「分析的って何?」ということがまたまた問題になりそうだ。現在の精神分析の最大のジレンマ、というより日本における精神分析というべきか、は精神分析が非常に大きな希望を背負っていると同時に、その根幹の部分が空洞化しつつあることを、人は知らないということだ。禁欲原則の遵守、受身性、転移の解釈、無意識的な内容の意識化、探索的な手法(支持的、ではなく)、といった精神分析の根幹の部分が、相対的な形でしか意味をなさない以上、(つまり禁欲原則は、それが必要な場合に用いる、転移解釈はそれが適切な場合に用いる、ということ)「これは分析的です」、ということの内実が実に曖昧になっている。実はそこが精神分析が最高に面白いところなのであるが、そのためには「新しい精神分析理論」の待望ということになる。私の思い描く新しい分析理論は非常に未来志向的で創造的なものである。それでいて人が自らの心のある部分を隠しておきたい、見ずにおきたいという力動に最大の注意を払い、それを必要に応じて扱っていく。意識レベルでも、無意識レベルでも。ただその手法として、自由連想はほんの一つにしか過ぎないというわけだ。
ということで対人恐怖の(私流の)精神分析的アプローチに加えたいことを、忘れずに書いておく。
対人恐怖傾向のある人の持つ控えめさ、謙虚さの美徳についても扱う
これは米国の「恥ずかしがりを克服しようOvercome your Shyness!」的な本を読んでつくづく感じることだが、社交恐怖症がDSM-Ⅲ(1980年)に乗じてデビューしてからのアメリカの恥ブームは、恥をなくすべきもの、克服すべきもの、という論調に終始している。それはそうだろう。アメリカで恥ずかしがっていたら、いつまでたっても発言が出来ない。人に好かれさえもしないのだ。自分自身で体験した。だからアメリカ人は控えめさ、謙虚さの意味もよくわからないし、社交恐怖が美徳に繋がるなど考えない。しかし私は内沼幸雄先生の「対人恐怖の人間学」に目を見開かれた人間であるから、それが実は「滅びの美学」に結びついていることを常に忘れないようにしている。そして対人恐怖傾向にある人が、おおむね人の気持ちをわかりすぎ、他人を優先し、人に尽くす傾向にあることに注意を払うこともまた重要であると考えている。もちろん対人恐怖の人には、他人に対する恐怖や不安が手伝った結果として過剰に注意を払いすぎて、自らを情けなく思うという傾向があるのはもちろんである。しかし彼らの人格構造を全体として捉えた場合は、自分の存在を主張することへの恐怖や不安が、他人に喜びを与える感覚(贈与の感覚)と結びついているという点を無視するわけにはいかない。世の中には「自分が、自分が」という人たちがたくさんいる。数としては多くないのであろうが、そういう人たちが社会の支配層を占める傾向にあるために、余計に目だって腹立たしい。でもそれは他方でそれらの人たちに喜んで道を譲る心優しい対人恐怖予備軍の人々がいるから可能なのである。問題は彼らが単に道を譲るだけに満足するのではなく、譲りすぎることへの不甲斐なさや自らもまた主張したいという願望のために大きな葛藤を体験していることにある。
私は対人恐怖の根幹にある力動は、この人に譲りたいという気持ちと裏腹の自分を主張したいの葛藤、内沼先生が表現するところの 没我と我執の葛藤にあると思うし、それを扱ってこそ分析的なアプローチと考えるのである。
2011年3月17日木曜日
大震災の爪跡(5) + 社交恐怖の精神分析的なアプローチ(6)
あすで震災から一週間。まだまだ日常を取り戻したには程遠い。でも余震は今日は少なかった気がする。自分がある程度役割をはたすことを予定されていた集まりが次々とキャンセルになっている。そのせいか時間の余裕ができている。その分本を読み、原稿書きに費やす。診療は今日などは大多数の患者さんは外来にいらっしゃる。皆さん震災のせいか体調がすぐれない。まず尋ねることは、この一週間の様子。怪我はなかったか、家族は無事だったか。帰りは銀座線が止まっていた。いらだちを隠せないひとが多い。外は春には程遠い寒さ。青山通りを帰る。いつもよりずっと暗く、ネオンも見えない。立ち寄ったコンビニに、少しは品は戻ってきている印象。しかしガソリンスタンドにはどこも長い列。むろん東北地方の惨状はいやでも耳に入ってくる。そのたびに心が痛む。福島原発は3号機への放水が始まったばかり。まだ先が見えない。
手が震えるという訴えの40代前半の女性Aさんの話であった。B先生はCBT(認知行動療法)的な要素を取り入れようとしていた。あの有名なCBT、保険の点数にも加えられることになった治療法である。精神分析的なオリエンテーションを持つB先生にとっては、CBTはいわばライバルのような治療法である。しかしそのような手法もAさんには必要だと考えていた。しかしB先生のCBTの導入の仕方は、やはりどこか「精神分析的」であった。
B先生のCBTの導入は、ある意味ではごく自然な発想に基づくものであった。それは治療状況で「手が震えやすい環境」を作り出し、Aさんにそれに慣れる練習を一緒にしよう、という提案だった。これまでの私の説明では、治療環境は、それが安定したものであればあるほど、対人恐怖を起こす可能性のある「パフォーマンス状況」がおきにくいということであった。しかし、だからこそ治療状況は手の震えを再現するのに最適なのである。なぜならB先生との治療状況においては、パフォーマンス状況を作り出すことは恐れを抱かせるものではないからだ。あえて言えばむしろ照れくさいもの、違和感を覚えるようなものだからである。
B先生はこんな提案をした。「ここではどんなことを話してもいい、という状況は同じですが、ここであなたの手の震えそのものに付いても目を向けてみませんか。」
そしてまずAさんに、治療室で練習できるような課題を考えてもらった。Aさんはそんなことを提案されたことがなかったので、少し当惑した。そこでB先生は手助けをして、一緒にその課題を考え、Aさんは面接中にコーヒーカップに入れた水を飲みながら話す、という課題を考えることで落ちついた。B先生はそれに合意し、ちょうどそれに使えるようなコーヒーカップをクリニックのキッチンから借りて来ることが出来た。B先生はクリニックの給湯室にあったインスタントコーヒーを二人分淹れて、カップの8分目くらいになるくらいに注いでAさんに渡す。セッションはオフィスにあるデスクをはさんで行うことにした。こうすることでAさんもB先生もカップを目の前におくことが出来る。
B先生は言う。「おそらくこんな状況はAさんが体験したことがないと思いますよ。」それに対してAさんは言う。「でも先生、これが結構あるから困るんです。最近では気の置けない友達と喫茶店でお茶を飲むことも出来ないんですよ。仕事に関係するミーティングなどで飲み物が出てもほとんど手をつけることが出来ません。」「そこが違うんですよ」、とB先生はにっこり。「Aさんはご自分が手が震えるのが怖いということを、友達にさえもおっしゃっていないんでしょう?仕事の関係のミーティングではなおさらですよね。でもここでは治療者である私はそれを知っています。私の前では、手の震えを隠す必要はないわけです。むしろどのように震えるか、自分の手の震えを『真似して』みてくれてもいいんですよ。」
手が震えるという訴えの40代前半の女性Aさんの話であった。B先生はCBT(認知行動療法)的な要素を取り入れようとしていた。あの有名なCBT、保険の点数にも加えられることになった治療法である。精神分析的なオリエンテーションを持つB先生にとっては、CBTはいわばライバルのような治療法である。しかしそのような手法もAさんには必要だと考えていた。しかしB先生のCBTの導入の仕方は、やはりどこか「精神分析的」であった。
B先生のCBTの導入は、ある意味ではごく自然な発想に基づくものであった。それは治療状況で「手が震えやすい環境」を作り出し、Aさんにそれに慣れる練習を一緒にしよう、という提案だった。これまでの私の説明では、治療環境は、それが安定したものであればあるほど、対人恐怖を起こす可能性のある「パフォーマンス状況」がおきにくいということであった。しかし、だからこそ治療状況は手の震えを再現するのに最適なのである。なぜならB先生との治療状況においては、パフォーマンス状況を作り出すことは恐れを抱かせるものではないからだ。あえて言えばむしろ照れくさいもの、違和感を覚えるようなものだからである。
B先生はこんな提案をした。「ここではどんなことを話してもいい、という状況は同じですが、ここであなたの手の震えそのものに付いても目を向けてみませんか。」
そしてまずAさんに、治療室で練習できるような課題を考えてもらった。Aさんはそんなことを提案されたことがなかったので、少し当惑した。そこでB先生は手助けをして、一緒にその課題を考え、Aさんは面接中にコーヒーカップに入れた水を飲みながら話す、という課題を考えることで落ちついた。B先生はそれに合意し、ちょうどそれに使えるようなコーヒーカップをクリニックのキッチンから借りて来ることが出来た。B先生はクリニックの給湯室にあったインスタントコーヒーを二人分淹れて、カップの8分目くらいになるくらいに注いでAさんに渡す。セッションはオフィスにあるデスクをはさんで行うことにした。こうすることでAさんもB先生もカップを目の前におくことが出来る。
B先生は言う。「おそらくこんな状況はAさんが体験したことがないと思いますよ。」それに対してAさんは言う。「でも先生、これが結構あるから困るんです。最近では気の置けない友達と喫茶店でお茶を飲むことも出来ないんですよ。仕事に関係するミーティングなどで飲み物が出てもほとんど手をつけることが出来ません。」「そこが違うんですよ」、とB先生はにっこり。「Aさんはご自分が手が震えるのが怖いということを、友達にさえもおっしゃっていないんでしょう?仕事の関係のミーティングではなおさらですよね。でもここでは治療者である私はそれを知っています。私の前では、手の震えを隠す必要はないわけです。むしろどのように震えるか、自分の手の震えを『真似して』みてくれてもいいんですよ。」
2011年3月9日水曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(5)
社交恐怖への精神分析的なかかわりの話である。(まあ、そんな大げさなものでもないが。)もし精神分析のかかわりの本質が、治療関係の深まりとそこで生じる転移を重んじるという点にあるとしたら、社交恐怖の場合にはどのような転移を考えるべきか?一昨日は「対人恐怖転移」などという概念を持ち出したが、これを起こさせるのが治療の目的であると考えることは出来ない。対人恐怖症状ははある意味では関係が出来ていない時に最も顕著に表れるのだから。しかしそうではなくとも、治療関係が何らかの形で自己像の分極化(つまり理想自己と、恥ずべき自己の隔たり)を顕在化させ、その為に治療状況の中で扱うことのできるものとなるような治療関係を考えよう。私はそれは結局はコフートが言うところの「自己対象転移」に近い形になるのであろうと思う。つまり治療者に認められ、あるいは無視されたと感じることでその性質が動くような治療関係である。そこではコフート的な意味での自己愛の満足ないしはその破綻が疑似体験され、そこで両極化された自己像が顕在化することになる。 人は他者から認められ、その存在を確認してもらうことを常に望んでいる。そのニーズはあまりに日常的で、あまりに普遍的でありながら、あからさまに語ったり認めたりするには恥ずかしく、またウザッたがられるのがわかっているからそうしないだけである。あるいはそれを日常の対人関係の中で、表面に表さない形で陰で満たしていたりする。ケアをする側の人間が、ケアされる側からの感謝やねぎらいという形での自己愛的な満足を欲していたり、暗に要求したりする。それを得られないと、その失望体験から相手に見放されたと思ったり、相手を恨んだりする。
同様のことは対人恐怖を生みやすいような状況でも実は如実に体験される。駆け出しの芸人は、舞台に立った時の聴衆からのちょっとしたクスクス笑いに敏感に反応して「俺ってウケているかもしれない…」と思い、自分を「まんざらでもないのかも・・・」と感じ、スムーズな話芸を披露できるモードになるかもしれない。ところが目の端で居眠りしている聴衆を捉えると「俺の芸ってやはりつまらないんだ・・・・」と落ち込み、たちまち噛んでしまってその後はボロボロになってしまうかもしれない。相手の反応により自己像の在り方が反転する傾向にあり、それは治療者との関係でも顕著に生じることになる。
社交恐怖における治療関係とは、おそらく患者の基本的な自己愛のサポートが提供されることは前提条件と言えるであろう。その様な環境で、治療関係によりさまざまに動く患者の心境に焦点を当てた治療となるのだろう。それは基本的には支持的で、古典的な分析状況とはかなり異なるものとなるはずだ。
同様のことは対人恐怖を生みやすいような状況でも実は如実に体験される。駆け出しの芸人は、舞台に立った時の聴衆からのちょっとしたクスクス笑いに敏感に反応して「俺ってウケているかもしれない…」と思い、自分を「まんざらでもないのかも・・・」と感じ、スムーズな話芸を披露できるモードになるかもしれない。ところが目の端で居眠りしている聴衆を捉えると「俺の芸ってやはりつまらないんだ・・・・」と落ち込み、たちまち噛んでしまってその後はボロボロになってしまうかもしれない。相手の反応により自己像の在り方が反転する傾向にあり、それは治療者との関係でも顕著に生じることになる。
社交恐怖における治療関係とは、おそらく患者の基本的な自己愛のサポートが提供されることは前提条件と言えるであろう。その様な環境で、治療関係によりさまざまに動く患者の心境に焦点を当てた治療となるのだろう。それは基本的には支持的で、古典的な分析状況とはかなり異なるものとなるはずだ。
2011年3月8日火曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(4)治療の原則-社交恐怖の「二重性」を視野にいれる
昨日述べたように社交恐怖を精神分析的に位置づけたとはいえ、そこからすんなり治療方針が決まるというわけではない。分析的な方針に従った治療を受けても少しも症状が改善されないという場合もある。それはおそらく社交恐怖の持つ二重性が関係していると思われる。ここでの二重性とは、社交恐怖が症状を有する神経症という側面と、一種のパーソナリティ上の特徴および障害という側面を併せ持つということである。社交恐怖の発症にはさまざまなパターンがあるが、もともと他人の目にさらされると萎縮しやすく緊張しやすい、という性格的な素地があり、その上で顕著な対人緊張症状(赤面、声の震え、どもりなど)が出現することも多い。たとえばDSMで言えば、多くの社交恐怖の患者さんは、回避性人格傾向、ないしは回避性パーソナリティ障害を有する。
このような性格上の特徴については、森田療法の森田正馬画「ヒポコンドリー性基調」と呼んで論じている。精神分析で扱うのはこの性格的な基盤のほうであろうが、患者さん自身は症状に何よりも苦しんでいるということがある。そして症状自身についてはむしろ認知行動療法的なアプローチが必要とされるであろう。この両者の組み合わせが必要とされることになる。
さきほど精神分析的な方針に従った治療、とサラッと流したが、もちろんこれについては説明を要する。私が示した方針のとおり、社交恐怖はそこにある二つの分離した自己像の問題を扱うことが、私の言う分析的治療である。ただし従来古典的な精神分析においても、社交恐怖を扱う試みは多少はなされていた。その例を挙げるならば、たとえば半世紀前のオットー・フェニケル(1963)の例がある。その理論は本当にブンセキ的である。従来の精神分析では抑圧という障壁の左右にポジをネガに、ネガをポジに捉えるところがあるから社交恐怖的な心性の背後にあるのは、抑圧された露出的衝動ということになる。フェニケルは「舞台恐怖 stagefright」 (いわゆる「あがり症」)について、それが無意識的な露出願望および,それが引き起こす去勢不安とが原因になって生じるものとして説明した。(うーん、例によってわかりにくい!)舞台に立つ人は,自分の露出願望のままに振舞うよりは,そのような願望を持つことについて懲罰されることの方を選び,その場合聴衆は超自我ないし去勢者として機能し,そこに聴衆を前にした恐怖感が生まれる,という説明である。
この説によれば対人恐怖的な現象は幼児期の葛藤の再現であり,無意識的な欲動に対する防衛として生じるものとして理解されたのである。(実はここ、私の本「恥と自己愛の精神分析理論」の該当部分の丸写し。)この露出願望というのは一見極端に思えるであろうが、実は患者さんの持つ自己愛的な側面、自分をよく見せようという願望を捉えているという意味では全く的が外れているわけではないであろう。ただ対人恐怖の人をつかまえて、「あなたは実は(性的に)露出したい、目立ちたいという願望を抑えているから赤面するんですよ」といっても、理解が得られない可能性が高い。
そこで私が提唱する分析的な理解に立った治療は、どのようなものになるのだろうか?(続く)
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昨日述べたように社交恐怖を精神分析的に位置づけたとはいえ、そこからすんなり治療方針が決まるというわけではない。分析的な方針に従った治療を受けても少しも症状が改善されないという場合もある。それはおそらく社交恐怖の持つ二重性が関係していると思われる。ここでの二重性とは、社交恐怖が症状を有する神経症という側面と、一種のパーソナリティ上の特徴および障害という側面を併せ持つということである。社交恐怖の発症にはさまざまなパターンがあるが、もともと他人の目にさらされると萎縮しやすく緊張しやすい、という性格的な素地があり、その上で顕著な対人緊張症状(赤面、声の震え、どもりなど)が出現することも多い。たとえばDSMで言えば、多くの社交恐怖の患者さんは、回避性人格傾向、ないしは回避性パーソナリティ障害を有する。
このような性格上の特徴については、森田療法の森田正馬画「ヒポコンドリー性基調」と呼んで論じている。精神分析で扱うのはこの性格的な基盤のほうであろうが、患者さん自身は症状に何よりも苦しんでいるということがある。そして症状自身についてはむしろ認知行動療法的なアプローチが必要とされるであろう。この両者の組み合わせが必要とされることになる。
さきほど精神分析的な方針に従った治療、とサラッと流したが、もちろんこれについては説明を要する。私が示した方針のとおり、社交恐怖はそこにある二つの分離した自己像の問題を扱うことが、私の言う分析的治療である。ただし従来古典的な精神分析においても、社交恐怖を扱う試みは多少はなされていた。その例を挙げるならば、たとえば半世紀前のオットー・フェニケル(1963)の例がある。その理論は本当にブンセキ的である。従来の精神分析では抑圧という障壁の左右にポジをネガに、ネガをポジに捉えるところがあるから社交恐怖的な心性の背後にあるのは、抑圧された露出的衝動ということになる。フェニケルは「舞台恐怖 stagefright」 (いわゆる「あがり症」)について、それが無意識的な露出願望および,それが引き起こす去勢不安とが原因になって生じるものとして説明した。(うーん、例によってわかりにくい!)舞台に立つ人は,自分の露出願望のままに振舞うよりは,そのような願望を持つことについて懲罰されることの方を選び,その場合聴衆は超自我ないし去勢者として機能し,そこに聴衆を前にした恐怖感が生まれる,という説明である。
この説によれば対人恐怖的な現象は幼児期の葛藤の再現であり,無意識的な欲動に対する防衛として生じるものとして理解されたのである。(実はここ、私の本「恥と自己愛の精神分析理論」の該当部分の丸写し。)この露出願望というのは一見極端に思えるであろうが、実は患者さんの持つ自己愛的な側面、自分をよく見せようという願望を捉えているという意味では全く的が外れているわけではないであろう。ただ対人恐怖の人をつかまえて、「あなたは実は(性的に)露出したい、目立ちたいという願望を抑えているから赤面するんですよ」といっても、理解が得られない可能性が高い。
そこで私が提唱する分析的な理解に立った治療は、どのようなものになるのだろうか?(続く)
2011年3月7日月曜日
社交恐怖の精神分析的なアプローチ(3) 「対人恐怖転移」??
先週土曜日のNHKの「追跡A to Z」(2011年3月5日 放送 広がる “新しい心の病” ~混乱する精神科医療~ )も「どうだかなあー」という出来栄えだった。精神科の患者があまりに多くの薬物を処方されている、という問題についての「追跡」だったが、趣旨はわかる。指摘したい点もある程度妥当だと思うが、相変わらず「勧善懲悪」的だ。「善き」精神科医と「悪しき」精神科医が登場するが、本来どちらが正しくどちらが間違っていると決められない問題なのに、そこに白黒をつけようとしている。もちろんそうしないと番組が面白くならないのはわかっているが。
私はこの種の問題を取り上げる姿勢は、両者の言う事を聞いてみると、なるほど簡単には善悪を決められない複雑な問題なのだ・・・とレポーターがため息をつく、というような落とし方が一番妥当なのだと思う。少なくとも扱われている分野の専門家が見て、「どうだかなー」と思うような論じ方は、やはり問題なのである。私は真面目に精神科の診療をしているつもりだが、それでもすごく薬の数が多い患者さんがいる。たいていはほかの医師から引き継いだ患者さんだが、自分で処方薬の数を増やしていった患者さんも中に入る。引継ぎの段階で数が多くても、それで病状が安定している場合には特に大きくいじろうとはしない。不用意にひとつ抜いたら、「先生に代わってから眠れなくなりました!」という訴えを聞くこともたまにあるものだ。
番組で指摘されていた問題として、抗不安薬の複数の使用が挙げられた。確かに問題なのはよーくわかる。私もほかの医者の処方を見るとそのような印象を持つことが多い。しかし私の印象には特に米国の経験が大きく影響している。彼の地では、たとえ一種類の抗不安薬でも、定時薬(つまり、朝夕一錠ずつ、など)として処方されることにはすごい抵抗がある。人は日本人の10倍くらい簡単に依存症になってしまうという印象がある。(何しろ安定剤と似たような作用を及ぼすアルコールの中毒患者が、日本に比べて一桁違うのだから。)だから抗不安薬が3種類出ている場合には、患者さんに「これって、ビールと焼酎とワインを飲んでいるようなものですよ。」と説明して、合計量が多いことを指摘することが、それが3,4種にわたっていることの指摘に優先される。(つまり合計のアルコールの量が多いのは問題にするが、それがビールと焼酎とワインのちゃんぽんであることは第一番に問題にすることではない。ただし合計のアルコール使用量が多くなるひとつの原因は、何種類かのアルコールを飲むことにある、というのは、それはそれで確かなことである。)
またもうひとつこのNHKの番組の中で言われていた問題、つまりアメリカでは単剤使用の傾向が強いというのは確かにそうだが、そうではない場合も沢山ある。そのため最近では「多剤併用polypharmacyはよくないが複合的な薬物治療combination threapyはよい」(この言い方自体は、半分冗談めかしたものである。なぜなら結局複数の薬を使うという点では変わらないからだ。)などといいつつ、多くの種類の薬物の使用を認める傾向もあるくらいだ。
アメリカ人の精神科医が、たとえば抗精神病薬はリスパダールしか使わない、というのも何種類かの抗精神病薬の効き味の違いをあまり問題にしない、いわば味覚音痴的な側面があることは向こうにいて知ったことである。第一アメリカのやっていることは正しい、というのが気に食わない。(けっきょくコレか!)もちろん日本の精神科は薬を出しすぎの傾向がある、患者さんの症状に対応するうちにずるずると種類が増えていったというのは確かにそうだ。しかしマイナーの出しすぎを指摘するのだったら、不必要に抗精神病薬を出されてその副作用で生ける屍のようになっている患者さんのほうに目を向けて欲しかった・・・・・。
社交恐怖の続きであるが、例の「理想自己」と「恥ずべき自己」の分極および相克、というテーマで昨日は終わっていた。この分極についてひとついえるのは、この分極の幅が、その病理の深刻さにつながるということだ。昨日の図の、二つの「自己」の距離ということである。なぜなら恥多き人ほど、「自分はこんなになりたい!」と夢見ることが多く、それは現実とかなりかけ離れたものであることが多いからだ。また恥多き人ほど「自分はなんて駄目なんだ!」と思うときの下げ幅が尋常ではないのだ。「こんな駄目な人間は生きている資格がない」、とまで思ってしまう。傍目からは大したことではないのに。だからこそ「理想自己」は高く位置し、恥ずべき自分はとことん低く位置してしまい、両者の距離が大きくなるのだ。
ちなみに対人恐怖的ではない人の場合は、両者の距離はあまり開いていないといえる。だからスピーチにしても、プロのレポーターなどなら「自分はこんなもんだろう」というレベルがあり、それを特に超えることも、それが極端に裏切られることもない。こんなもんだろう、というレベルも特別高くはなく、だからこそ自分に対する期待値も大きくならず、したがってそれだけ失望も少ないということだ。プロのパフォーマーは自分がそこそこ自分たちがやれると思っているし、その姿をビデオで撮って再生して見直してみても、自分がイメージしていたものと全く異なる自分の姿をそこに見ることはない。つまり「理想自己」から「恥ずべき自己」への転落はおきにくいのだ。ところが対人恐怖傾向のある人間は、自分の姿を写真で見ることすら強烈な恥の感情が沸き起こるものである。それは自分がこうあって欲しい、こうであったことにしておこう、と思っていたイメージがどうしても理想自己に近づき、それが写真を見ることにより失望体験を生むということが常習化しているからだ。
「対人恐怖転移」??
ところで昨日の図式を見ると、まるで自分という枠組みの中だけで二つの自己像がくるくる入れ替わっているというイメージを与えるかもしれないが、実は非常に「対象関係論的」な現象のである。それはどういうことか?
たとえば一人で部屋で文章を音読していていて、対人恐怖症状で声が震えるということがあるだろうか?何かを録音しているような場合を除いては、そんなことは起きないだろう。対人恐怖症状が起きるためには、目の前に対象がいなくてはならないのである。対人恐怖症状は対人場面で生じる。たった一人の存在でも動揺を与え、声の震えやどもりを引き起こすことがあるのだ。その意味では両「自己」の分極は対象関係により大きく変化する。
では対人恐怖症状を引き起こしやすいような関係性はあるのか?たとえば「対人恐怖転移」などというものは考えられるのだろうか?そこが興味深いところなのだ。普通転移関係は治療関係の深まりとともに発展していくというところがあるが、「対人恐怖転移」は治療者がまだ見知らぬ、あるいは出会ったばかりの場合にはその転移はもっとも深刻となり、それから徐々に軽減していく類のものだ。治療関係が出来上がり、ラポールが形成されたころにはゼロに近くなってしまうかもしれない。なぜなら患者が緊張する最大の機会は、初対面の場合だからである。これは非常に面白い点であり、そもそも「対人恐怖転移」という概念に意味があるのか、という議論にもつながる。
しかしこの点に関しては異論もあろう。対人恐怖は「半見知り」でもっとも引き起こされやすいとも言われる。全くのアカの他人でも、非常に親しい身内の人でも起こしにくく、その中間のレベルの人、つまりちょっと知っている人、あまり話したことのないクラスメート、顔見知り程度の人たちを前にして起きやすいともいえる。しかしそれなら自分がこれから関係を作っていくという想定のもとに出会う治療者は、すでにこの「半見知り」のカテゴリーに入っているのかもしれないという考え方も成り立つ。
私はこの種の問題を取り上げる姿勢は、両者の言う事を聞いてみると、なるほど簡単には善悪を決められない複雑な問題なのだ・・・とレポーターがため息をつく、というような落とし方が一番妥当なのだと思う。少なくとも扱われている分野の専門家が見て、「どうだかなー」と思うような論じ方は、やはり問題なのである。私は真面目に精神科の診療をしているつもりだが、それでもすごく薬の数が多い患者さんがいる。たいていはほかの医師から引き継いだ患者さんだが、自分で処方薬の数を増やしていった患者さんも中に入る。引継ぎの段階で数が多くても、それで病状が安定している場合には特に大きくいじろうとはしない。不用意にひとつ抜いたら、「先生に代わってから眠れなくなりました!」という訴えを聞くこともたまにあるものだ。
番組で指摘されていた問題として、抗不安薬の複数の使用が挙げられた。確かに問題なのはよーくわかる。私もほかの医者の処方を見るとそのような印象を持つことが多い。しかし私の印象には特に米国の経験が大きく影響している。彼の地では、たとえ一種類の抗不安薬でも、定時薬(つまり、朝夕一錠ずつ、など)として処方されることにはすごい抵抗がある。人は日本人の10倍くらい簡単に依存症になってしまうという印象がある。(何しろ安定剤と似たような作用を及ぼすアルコールの中毒患者が、日本に比べて一桁違うのだから。)だから抗不安薬が3種類出ている場合には、患者さんに「これって、ビールと焼酎とワインを飲んでいるようなものですよ。」と説明して、合計量が多いことを指摘することが、それが3,4種にわたっていることの指摘に優先される。(つまり合計のアルコールの量が多いのは問題にするが、それがビールと焼酎とワインのちゃんぽんであることは第一番に問題にすることではない。ただし合計のアルコール使用量が多くなるひとつの原因は、何種類かのアルコールを飲むことにある、というのは、それはそれで確かなことである。)
またもうひとつこのNHKの番組の中で言われていた問題、つまりアメリカでは単剤使用の傾向が強いというのは確かにそうだが、そうではない場合も沢山ある。そのため最近では「多剤併用polypharmacyはよくないが複合的な薬物治療combination threapyはよい」(この言い方自体は、半分冗談めかしたものである。なぜなら結局複数の薬を使うという点では変わらないからだ。)などといいつつ、多くの種類の薬物の使用を認める傾向もあるくらいだ。
アメリカ人の精神科医が、たとえば抗精神病薬はリスパダールしか使わない、というのも何種類かの抗精神病薬の効き味の違いをあまり問題にしない、いわば味覚音痴的な側面があることは向こうにいて知ったことである。第一アメリカのやっていることは正しい、というのが気に食わない。(けっきょくコレか!)もちろん日本の精神科は薬を出しすぎの傾向がある、患者さんの症状に対応するうちにずるずると種類が増えていったというのは確かにそうだ。しかしマイナーの出しすぎを指摘するのだったら、不必要に抗精神病薬を出されてその副作用で生ける屍のようになっている患者さんのほうに目を向けて欲しかった・・・・・。
社交恐怖の続きであるが、例の「理想自己」と「恥ずべき自己」の分極および相克、というテーマで昨日は終わっていた。この分極についてひとついえるのは、この分極の幅が、その病理の深刻さにつながるということだ。昨日の図の、二つの「自己」の距離ということである。なぜなら恥多き人ほど、「自分はこんなになりたい!」と夢見ることが多く、それは現実とかなりかけ離れたものであることが多いからだ。また恥多き人ほど「自分はなんて駄目なんだ!」と思うときの下げ幅が尋常ではないのだ。「こんな駄目な人間は生きている資格がない」、とまで思ってしまう。傍目からは大したことではないのに。だからこそ「理想自己」は高く位置し、恥ずべき自分はとことん低く位置してしまい、両者の距離が大きくなるのだ。
ちなみに対人恐怖的ではない人の場合は、両者の距離はあまり開いていないといえる。だからスピーチにしても、プロのレポーターなどなら「自分はこんなもんだろう」というレベルがあり、それを特に超えることも、それが極端に裏切られることもない。こんなもんだろう、というレベルも特別高くはなく、だからこそ自分に対する期待値も大きくならず、したがってそれだけ失望も少ないということだ。プロのパフォーマーは自分がそこそこ自分たちがやれると思っているし、その姿をビデオで撮って再生して見直してみても、自分がイメージしていたものと全く異なる自分の姿をそこに見ることはない。つまり「理想自己」から「恥ずべき自己」への転落はおきにくいのだ。ところが対人恐怖傾向のある人間は、自分の姿を写真で見ることすら強烈な恥の感情が沸き起こるものである。それは自分がこうあって欲しい、こうであったことにしておこう、と思っていたイメージがどうしても理想自己に近づき、それが写真を見ることにより失望体験を生むということが常習化しているからだ。
「対人恐怖転移」??
ところで昨日の図式を見ると、まるで自分という枠組みの中だけで二つの自己像がくるくる入れ替わっているというイメージを与えるかもしれないが、実は非常に「対象関係論的」な現象のである。それはどういうことか?
たとえば一人で部屋で文章を音読していていて、対人恐怖症状で声が震えるということがあるだろうか?何かを録音しているような場合を除いては、そんなことは起きないだろう。対人恐怖症状が起きるためには、目の前に対象がいなくてはならないのである。対人恐怖症状は対人場面で生じる。たった一人の存在でも動揺を与え、声の震えやどもりを引き起こすことがあるのだ。その意味では両「自己」の分極は対象関係により大きく変化する。
では対人恐怖症状を引き起こしやすいような関係性はあるのか?たとえば「対人恐怖転移」などというものは考えられるのだろうか?そこが興味深いところなのだ。普通転移関係は治療関係の深まりとともに発展していくというところがあるが、「対人恐怖転移」は治療者がまだ見知らぬ、あるいは出会ったばかりの場合にはその転移はもっとも深刻となり、それから徐々に軽減していく類のものだ。治療関係が出来上がり、ラポールが形成されたころにはゼロに近くなってしまうかもしれない。なぜなら患者が緊張する最大の機会は、初対面の場合だからである。これは非常に面白い点であり、そもそも「対人恐怖転移」という概念に意味があるのか、という議論にもつながる。
しかしこの点に関しては異論もあろう。対人恐怖は「半見知り」でもっとも引き起こされやすいとも言われる。全くのアカの他人でも、非常に親しい身内の人でも起こしにくく、その中間のレベルの人、つまりちょっと知っている人、あまり話したことのないクラスメート、顔見知り程度の人たちを前にして起きやすいともいえる。しかしそれなら自分がこれから関係を作っていくという想定のもとに出会う治療者は、すでにこの「半見知り」のカテゴリーに入っているのかもしれないという考え方も成り立つ。
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