脱線が過ぎたので、また最初に戻る。
「自由人成田先生と精神療法のスタイル」
本誌の成田先生の追悼記念号に寄稿のお誘いがあったことは誠に光栄である。私は先生と師弟関係にあったわけではなく、スーパービジョンをしていただく機会もなかった。年に一度、秋の精神分析学会で長身のお姿をお見掛けし、時々言葉を交わさせていただくだけであった。私は先生の著作を隅から隅まで読んだわけでもなかったが、私の中での先生の位置は特別なものであった。しかし改めてそれはどのような意味でであろうかを問うてみる。
これを考えると、かつて先生が2014年に精神分析学会の小此木賞をお受けになった時の記念講演のことが蘇る。私はたまたまその時に先生の簡単なご紹介をする立場にあったが、その最後に「私にとっては、成田先生は精神分析学会の良心と言っていい方です」と付け加えたのだ。これはその時最前列にいらした何人かの先生方が「面白いこと言うなあ!」とばかりに苦笑なさったことも覚えている。そして今振り返っても、成田先生はやはり私の心の中では「分析学会の良心」として特別な存在であったのだ。この文章で私がそう考える理由を簡潔にお伝え出来たらと思う。
まず結論から言えば、成田先生は自由人であったと思う。精神分析学会には属されていたが、精神分析やそその他の学問的な縛りからは自由で、いわば融通無碍なスタイルをお持ちだった。そしてそのことが上に書いた「良心」の話とも、治療者としての資質とも深く関係しているのである。