2026年5月9日土曜日

ストレスとDID 3

  ここで今愛読しているロバート・プロミン著「心は遺伝する」が関係してくる。Plomin や行動遺伝学の知見は、ごく当たり前のことではあるが、十分認識されてこなかった事実、すなわち「同じ環境が子供に同じ結果を生むわけではない」ことを示している。つまり子供の側の素因がかつてないほどに多いいことが知られるようになってきているのだ。  単純な例を考えよう。ある「虐待的な母親」が存在する。そして双子の男児(二卵性)を養育している。そしてそのうち兄が愛着トラウマによりCPTSDと呼べる症状を示したとする。その場合弟がCPTSDを発症する率はどのくらいだろうか?  トラウマモデルに従った考えの人はかなり躊躇なく、「高い確率で弟もCPTSDを発症するだろう。なぜなら同じ虐待的な母親に育ったのだから。そんなの当たり前でしょ?」と言うだろう。「だから弟も児相に隔離しないと」となるかもしれない。しかし話はそれほど簡単ではない。弟がCPTSDになる確率は、確実に50%以下だろう。それはなぜか。  あの遺伝率が高いと言われている統合失調症でさえ一致率は50%ほどだ。つまりは一卵性双生児の場合に、兄が統合失調症の場合の弟の発症率は50%ほどになるということになる。ましてや(遺伝子を半分共有している)二卵性ならこれよりずっと低く20%ほどだという。(ちなみにさらに遺伝が深く関与していると考えられるASDでは一卵性の一致率は70~90%とされ、かなり高い確率で兄がASDの場合は弟もASDを発症する。)  するとCPTSDが弟にも発症する確率はどのように高く見積もっても20%以下だろう。(ただしこれは臨床的な直観であり、科学的な根拠はない。実はCPTSDは2022年にICD-11に記載されたばかりなので、まだ研究は進んでいないらしい。)つまりどういうことかと言えば、ある子供がCPTSDを発症するくらいに虐待的な母親のもとに育っても、別の兄弟がCPTSDを発症する確率は決して高くない事になる。  この件についてAIにいろいろ尋ねるうちに、ここで使える橋渡し概念がDSモデル( differential susceptibility / biological sensitivity to context) だということが分かった。Belsky & Pluess という人たちの2009年の論文によると以下のようになる。「ある人々は不利な環境により傷つきやすいだけでなく、良い環境からもより大きな恩恵を受けやすい」。 Boyceという学者 も、差異感受性は気質・生理システム・脳回路・遺伝・エピジェネティクスなど複数レベルの生物学的調整に根ざすと整理している。私が関心を寄せているA.Schore 右脳精神療法の考え方と統合するならば、以下のようになるという。「早期愛着は右脳情動調整系を形成する。しかしその形成のされ方は、子どもの遺伝的・生物学的感受性によって大きく異なる。」  話をDIDに戻すと、DIDは単にトラウマの結果ではなく、トラウマと解離的に心を組織化する能力との相互作用の結果として理解できる。  そしてAIは次のようなキャッチフレーズを提案してくれた。 「トラウマ決定論から差異感受性モデルへ From Trauma Determinism to Differential Trauma Susceptibility」

Boyce WT.(2016) Differential Susceptibility of the Developing Brain to Contextual Adversity and Stress. Neuropsychopharmacology. 41(1):142-62. 

Belsky, J., & Pluess, M. (2009). Beyond diathesis stress: Differential susceptibility to environmental influences. Psychological Bulletin, 135(6), 885–908. 


 結局トラウマ的な刺激に対してDSはある種の感受性の高さを想定する。そしてこれが非常に高いと解離が起きる。しかしBelskyの理論のいいところは、この感受性はいい方向にも働くと言っているところだ。そしてこれが解離は能力でもある、という視点にもつながる。それはどういうことか?

解離とは環境ストレスに対する並外れた反応と考えることができる。それは心に一種の相転移のような反応を起こすということだ。