2026年5月8日金曜日

ストレスとDID 2

 能力としての解離→自殺というピンチで生存の方向に働く

症状としての解離→自殺傾向を高める


これら二つは全然違う方向性である。同じ解離という現象が人を死から遠ざけることもあれば、むしろ近づけることもあるという矛盾した主張のように思われるかもしれない。しかしこのように考えてみてはどうだろう? 解離という現象それ自体は一つの心の働きとして多くの人に程度の差こそあれ存在する。いやなことを考えまいとする、いわゆる抑圧などと同様の心の働きだ(正確には抑制という心の働きである)。それは適応的にも不適応的にも働くわけであり、進化の過程でそれが残されているということが証左となっているのであろう。そしてストレス関連障害は純粋な解離部分とそれ以外の部分(併存症としての鬱、その他を含む)に分けられるのではないか。そして自殺傾向に関与しているのは後者の「それ以外の部分」と考えられるのである。

 もう少しこの事情を説明するならば、気分障害を伴わない比較的純粋な多重人格状態にある人を考えると、その人はかなり正常に近い社会生活を営んでいる可能性がある。否、DIDを有する人の少なくとも一部は、解離が周囲の人には(時には自分自身にとっても)気づかれていない可能性があり、医療の対象となることもなく、特に自殺傾向が高いとは言えないのではないか。(ただし自傷の場合にはまた異なる事情がそこにあるかもしれない。)

 この問題、考えるうちに極めて深刻な問題をはらんでいることに気づかされる。たとえば「うつ病の人に自殺念慮を抱く人が多い」というのと「解離性障害の人に自殺念慮を抱く人が多い」というのでは、両者はかなり意味が異なる事になる。前者においては、自殺念慮はまさに鬱症状の一つとして含まれると言っていい。しかし後者の場合、本来は解離と自殺念慮は結び付いていない。関連があるのは、解離の引き金となった可能性のある過去のトラウマに由来するPTSDや悲壮感、抑うつなのである。言葉を変えるならば、前者は因果関係 cauation を、後者は相関関係 correlation を意味していることになる。


現代の遺伝行動学とトラウマ理論

 ところで解離性障害は、人間が過去のトラウマによりどのような形で解離の病理を生むかについての様々な知見を与えてくれたが、今このような考え方に対する一種のアンチテーゼのようなものも唱えられている。それもかなり強力な理論だ。それは簡単に言えば「トラウマにより解離の病理を発症する人には、それなりの素因があるということである」となる。さらにわかり易く言えば、外見上はかなり類似したトラウマを受けても、人によりその反応はかなりばらつきがあるということである。つまりはトラウマへの感受性の個人差が存在するということだ。