2026年2月14日土曜日

バウンダリーについて 5

 ギャバ―ド先生の、古典となっている論文がある。

Gabbard GO. The early history of boundary violations in psychoanalysis. J Am Psychoanal Assoc. 1995;43(4):1115-36.

そこには精神分析の草創期にいかに多くの分析家たち(フロイトを除いた著名人のほぼ全員)が境界侵犯を犯していたかが描かれている。フロイトとユングやフェレンツィ、A.ジョーンズとの書簡集は精神分析の研究の歴史の中では遅くなってから公開されたが、そこには精神分析の歴史の偉大な先輩たちの様々な境界侵犯の例が描かれている。 ギャバ―ド先生はこれらの問題はもはや隠されるべきではないという自覚が生まれ、またこの問題がごく一部の人々に限られているのではなく、私たちすべてがそれに陥る可能性がある all of us are potentially vulnerable.(1116) と述べている。ちなみにこの表現は重要だ。私が「男性はしょうもない」と自重を込めて言う時はまさに同じことを考えている。もちろん「私もそのような問題を犯しかねない」と言っているのではない。「私もそのような問題を犯しかねないリスクを負っている」と言いたいのである。別の意味では私たちは当事者側なのだ。
 さらにギャバ―ド先生は言う。離婚や家族の死やほかの破局的な出来事の際には、いかに分析を受けてエキスパートと呼ばれる人でも判断を誤る可能性があるという(1117)。ただしこう書きながら私は思うのだ。ギャバ―ド先生はこれによりかなり加害者を免責しているのではないか。私の考えでは慢心や油断や自己愛によりそのような問題が起きやすいと言えないであろうか、という事である。