そのほかの立場はどうだろうか?グレン・ギャバ―ド 先生の「精神力動的精神療法」(池田暁史訳、岩崎学術出版社)は、転移についてかなりの個所で述べているが、あまり精神療法において転移を扱うことの難しさについては論じていない。彼は現代における長期精神力動的精神療法を以下のように定義づける。「治療者―患者間の相互作用に細心の注意を払う治療で、二人の場への治療者の寄与を巧みに理解し、そのうえでタイミングを慎重に見計らって転移解釈や抵抗解釈を行うもの」(p3)。「転移解釈」も「抵抗解釈」とならんですんなりと入って来る。彼が述べる力動的精神療法の基本原則(p4)にも「患者の治療者に対する転移が主な理解の源となる」と書いてあるが、その後ろに「治療過程に対する患者の抵抗が治療の主な焦点になる。」ともある。どうやら転移解釈に至らない場合には患者の抵抗を扱うべし、それでいいのだ、ということを言わんとしているようだ。「転移解釈」は錦の御旗であり、分析的である以上それを掲げないわけにはいかないが、それのみの達成のために一直線に行くべきではないということだ。 ギャバ―ド先生は転移の解釈については次のような警句を発している。「原則としてセラピストは転移の解釈を患者の気づきに接近するまで先延ばしにするべきだ。」「セラピストによって与えられる解釈はめったに劇的な治癒をもたらさない。」 ウーン、海外のサイコセラピーの本を読んでも、週4だから転移を扱い、週1だからそれは無理、ということがなかなか出てこないのだ。その代わりに出てくるのが、ギャバ―ド先生のような慎重論。「転移は機が熟するまでは無理に解釈をしないように」。 実は週4回でも転移がなかなか生じないことがあるし、週1でもしっかり生じることがある。問題は量より質、という感じか。そして転移が生じなくても、それに対する抵抗を扱えばいい、というロジックである。ここら辺でよいのではないか、と言う気もする。