あのカンバーグ先生肝いりのTFT(transference focused therapy) は患者と治療者の転移関係に焦点を当て、それを扱うことによりBPDの患者さんの治療を行う手法である。この治療においては、患者は治療者と週に二回会い治療を進める。最初に両者は信頼に基づく関係を構築し、同時にしっかりとした境界を設定する。行動パターンや感情や自己感を探索し、それらがその人の対人関係の持ち方にどのような影響を与えているかを検討するのだ。このTFTはBPDの治療を目的として始まったが、他の問題を扱うようになってきている。
この治療法に関するリサーチは「強力な・議論の多い」研究による支持を受けているという。 つまりある研究 (Doering et al., 2010) ではその効果が支持され、別の研究では比較より悪い結果 (Clarkin et al., 2007), が得られているために「議論の多い controversial」 ものというのだ。
このTFTが興味深いのは治療構造が週2回という、週一回を基本とする治療者によっても「手の届く範囲」の構造であり、また治療の前提を転移を扱うこととしているために、その効果も限界もそれだけ意識されやすいということだ。患者は治療者への気持ちに関して積極的に語ることを求められるであろうし、それについて扱うことで、治療外の there and then の人物に関する言及を、治療者への気持ちの置き換えや象徴化として扱うという傾向はそれだけ意識化されやすく、その意味ではあまりに「見え見え」なものはかえって制限されるであろう。いわゆる「間違った」「治療者の前のめりな」解釈も少なくなるはずだ。良くも悪くも here and now しか扱わないというわけだから。もし患者が上司との間で問題を抱えていたとしても、それよりは治療者との関係が優先されることになろう。それが不満であるとしても、その患者は最初からTFTの趣旨にそぐわないという意味では適応にはならないと言えるかもしれない。
Doering, S., Horz, S., Rentrop, M., Fishcer-Kern, M. et al. (2010). Transference-focused psychotherapy v. treatment by community psychotherapists for borderline personality disorder: randomised controlled trial. British Journal of Psychiatry, 196, 389-395. Clarkin, J.F., Levy, K.N., Lenzenweger, M.F., and Kenberg, O.F. (2007). Evaluating Three Treatments for Borderline Personality Disorder: A Multiwave Study. The American Journal of Psychiatry, 164, 922-928.