2025年1月13日月曜日

統合論と「解離能」 2

    ここで私の発表の骨子について3項目あげておきたい。論文で言えば「抄録」の部分に相当するだろう。
●解離性同一性障害における治療目標として従来は人格の「統合 integration」が掲げられてきた。しかしその根拠はどうやら希薄である。
●この問題の背景にあるのは、解離を本来病的なもの(脳の誤作動?不具合?)と見なす姿勢であろう。 
●解離を一つの能力(「解離能 dissociative capability」)と考える立場は、「統合主義」に対するアンチテーゼとなりうるであろう。 

 では本論に入る。最初にある当事者の言葉を紹介したいと思う。これは昨年8月に精神科専門誌に発表された論文の一部である。その一部を引用する。
 「治療者から一人の人格への統合を目指すように言われている当事者は後を絶ちません。しかしDIDの場合、統合はプロセスの一部であって目標にしてはならないと思います。目指すは “functional multiplicity”[機能的な多重性]という状態です。」

 この言葉は私には非常に大きな意味を持っている。そこでまず問うてみよう。現在の解離性障害の治療において統合を目指すのかどうかについて、専門家の公式見解を求めるとしたら、それはどこであろうか?
「トラウマと解離に関する国際研究協会 International Society for the Study of Trauma and dissociation」 がDIDの治療ガイドラインを発表している。それが解離性障害についての国際誌 Journal of Trauma and Dissociation に掲載されているが、それを参照することで、おそらくその「公式見解」に近いものが得られるであろう。 そこでこのガイドラインには治療目標に関してどのように書かれているかを見てみよう。「治療的な帰結として望ましいのは、交代人格の実現可能な統合 workable integration ないしは協調 harmony である。」(p.133)「リチャード・クラフト (1993) によれば、最も安定した治療的な帰結としては、すべてのアイデンティティの最終的な融合 final fusion-つまり完全なる統合 complete integrtion, 融合 merger そして分離の消失である。」 (p.133)「しかし相当な治療の後でも、かなりの数のDIDの患者が、最終的な融合に至ることが出来ず、またそれが望ましいと考えない。」 (p.133)「この最終的な融合の障害となるものは、たとえば併存症や高齢である。」(p.133)I
nternational Society for the Study of Trauma and Dissociation (2011): Guidelines for Treating Dissociative Identity Disorder in Adults, Third Revision, Journal of Trauma & Dissociation, 12:2, 115-187Kluft, R (1993) Clinical approaches to the integration of personalities. in R.Kluft & CG Fine (Eds) Clinical perspectives on multiple personality disorders (pp.101-133)Washington, DC. American Psychiatric Press.