2024年11月27日水曜日

解離と知覚 推敲 6

 このように幻覚を知覚異常の一つの側面としてとらえた場合、それは種々の解離性の知覚異常の一つの側面に過ぎないという理解が可能である。実際に解離性の幻覚はその他の様々な解離性の症状(いわゆる転換症状や身体化症状の一環として出現することが多い。ここではそのようなあり方をする古典的な例を示しておくことが有用であろう。

症例アンナO.(ブロイアー)に見られる幻覚体験

ここで紹介する症例(アンナO) は Breuer と Freud による「ヒステリー研究」(1895)できわめて詳細に紹介されている。このケースは解離性障害が示しうる症状群を一挙に紹介してくれるという意味ではとても参考になる。その中で彼女がどの様な文脈の中で幻覚ないし知覚異常を示したかを知る上でも簡単にさらっておこう。

アンナO.の発症は彼女が敬愛する父親の発病(1880年7月)をきっかけに始まった。そしてそれは多くの症状が複合したものであった。つまり「特有の精神病、錯誤、内斜視、重篤な視覚障害、手足や首の完全な、ないし部分的な拘縮性麻痺」である(フロイト全集、p.25)。そして父親の容態と共に彼女も徐々に憔悴し、激しい咳と吐き気のために父の看病から外される。ここでブロイアーが呼ばれたが、ブロイアーはアンナが二つの異なる意識状態を示すことに気が付く。一つは正常な彼女だが、もう一つは気性が荒く、又常に幻覚を見、周囲の人をののしったり枕を投げつけたりしたという。これがいわゆる意識のスプリッティングという現象であったが、それは多彩な幻覚を伴っていた。その一つは黒い蛇であったが、それは彼女の髪やひもが変容したものであったという。それと共に最初は午後の傾眠状態で現れた解離症状に錯語(言語の解体)や手足の拘縮が伴うようになった。また特有の色覚異常も伴い、特定の色だけ、例えば自分の服の色だけ、それが茶色であることはわかっているのに青に見える、などの体験を持った(p.39)。そしてそれは父親が来ていたガウンの青色が関係していることが分かったということだ。
ブロイアーはまたアンナO.に見られた聴覚異常についても丹念に記録している。それは誰かが入ってきても、それが聞こえない、人の話が理解できない、直接話しかけられても聞こえない、物事に驚愕すると急に聞こえなくなる、などである。(p.43)

ここで興味深いのはアンナO. の幻覚はそれ自身が単独で起きるというよりは様々な解離症状(意識の混濁や言語の解体や手足の拘縮など)を伴っていたということである。さらに彼女の知覚異常についていえば、それが時に応じて様々な形を取り、いわば浮動性を有していたことである。
また視覚においては幻覚が特徴的であったが、聴覚に関しては幻覚というよりは、その脱失、すなわち陰性症状の形を取っていたということも特徴的であろう。
アンナO.の症状の有する「心因性」についても言及すべきであろう。つまりそれらの症状にはある種の理由付けが可能だったということである。それらは以下の通りである。
声紋痙攣:口喧嘩をした際に彼女は言い返すのを抑え込んだことがあったが、それが声紋痙攣を引き起こした。この症状は似たような誘因が生じた際に反復して出現した。(p.47)

右手の拘縮性不全麻痺:アンナは父親の看病をしている時、右腕を椅子のひじ掛けに乗せたまま病床の父の傍らに座っていて、白日夢に入った。このことが原因の一つと考えられる。(p.45)
巨視症と内斜視:アンナが目に涙をためて病床の傍らにいた時、突然父親から時間を聞かれ、時計がはっきりっ見えないために目を近づけようとしたところ、その文字盤が非常に大きく見えた。また父親に涙を見られないように抑え込む努力をしたこと。(p.47)

そしてそれらはまた「語ることで除去」されるという性質を持っていた(p.41)ということもそれらの心因性の傍証となっていると言えるだろう。
現在の精神医学の見地からは、転換症状にことごとくその具体的な原因が考えられるとは言えず、その為にDSM-5でもICD-11でも心因を問うことはしなくなったが、時としてそれらが見られることがある。そしてこれもまた転換症状の一つの特徴と考えられるであろう。ただしその存在が必要条件であるということは言えない。

このようにアンナO.の体験した幻覚はその陰性のものも含めて様々な身体症状の出現の一つとして現われていたということが言える。そしてそれは固定した病状を取ることはあまりなく、時間とともに変遷し、また心理的な働きかけにより消長を見せたのである。