トラウマと解離性幻覚
上述のアンナO.の例のように、心的外傷が種々の解離症状の引き金になることが多い。その中でもそれが解離性の幻覚体験に結びついていることが知られる。幾つかの研究が特に幼少時のトラウマ体験が解離傾向を生み、それが幻覚体験へとつながるという結果を報告している。
病的な知覚体験として最近論じられることが多いのが、いわゆるフラッシュバックに伴う形での幻覚である。PTSDなどのトラウマ関連障害で患者は過去のトラウマ体験が突然知覚、感覚、情緒体験と共に蘇る。この体験を解離の文脈でどのように位置づけるかは議論が多いところだが、DSM-5(2013)はそれを解離性症状としてとらえるという新たな方針を示した形になる。
DSM-5のPTSD(心的外傷後ストレス障害)の診断基準には「フラッシュバックなどの解離体験」という表現が加えられた。つまり通常言われるフラッシュバックを解離性のものとして理解する方針が示されたのだ。(より正確には、「トラウマ的な出来事が再現されているかのように感じたり行動したりする解離反応(例えばフラッシュバック)dissociative reactions (e.g. flashbacks in which the individual feels or acts as if the traumatic event(s) were recurring」 と書かれている。)
このPTSD症状に解離としての性質を見出すという傾向は、2013年にDSM-5が発刊された時点でそれまでのPTSDの理解がより「解離寄り」になったことに連動していると言えよう。DSM-5においては「解離タイプ」が新たに盛り込まれる予定であったが、実際には特定項目として扱われることになった。つまり解離症状がある場合には「解離を伴うPTSD」と特定することとなったのである。そしてその解離症状としては「離人体験かまたは非現実体験」と特定されている。
近年の研究でも、解離傾向と幻覚体験及びトラウマについての相関性を示す研究が複数みられる。
Jones, O., Hughes-Ruiz, L., & Vass, V. (2023). Investigating hallucination-proneness, dissociative experiences and trauma in the general population. Psychosis, 16(3), 233–242.
最近の研究はトラウマと幻覚傾性 hallucination-proneness との関係が注目されている。特に小児期の性的虐待は統合失調症や双極性障害や一般人において幻覚との関連が報告されている(Varese F, 2012).
もっとも直近ではJones et al (2023) によれば、主観的なトラウマの深刻さは幻覚傾性 hallucination-proneness との相関があり、また幻覚傾性と解離体験にも顕著な相関があると報告している。そして解離体験は主観的なトラウマの深刻さと幻覚傾性、特に幻聴との仲介をしているとされる。