そこでDSM-5代替案では、大きな方針変換がなされた。それはジェネリックな一つのPDを想定し、それが「あるか、ないか」を指定するという形にしたのだ。こうすれば診断の重複は生じようがない。せいぜいその機能レベル(重症、中等度、軽症)の判断に診断者間のばらつきが出る程度である。
ジェネリックなPDは自己のいくつかの側面の機能 functioning of aspects of the self と対人機能 interpersonal function に障害がある事だ。自己機能の障害とは、自分とはだれか、と言うアイデンティティの感覚であり、自己肯定感、将来への志向性の有無などであり、また対人機能の障害は、他者と親密な関係を持ち、他者を理解し、対立に首尾よく対処できるということだ。ちなみにICD-11 も同様の方針を取り、両者とも自己機能の障害と対人機能の障害のどちらか一方でもあればPDがあるとみなすことになっている。そしてその障害がDSMだと中等度以上、ということになる。ICDだとこれが軽度、中等度、重度と3段階になっていて、それ+一つ以上の特性の問題がなくてはならない。またICDだと、軽度以下の場合は「パーソナリティの問題 personality difficulty」と表記し、それを問題とはしない。
ところでこのディメンショナルモデルの導入の背景には、いわゆるRDoC(Research Domain Criteria 研究領域基準)の問題が絡んでいたことも付け加えたい。RDoCは NIMHのThomas Insel 所長により導入された。彼は精神疾患は複雑な遺伝環境要因と発達の段階によって理解される脳の神経回路の異常により起こるという仮説のもとに、精神科医は対症療法的で行き当たりばったり的であり、脳科学的なエビデンスに基づく研究をしていないと批判し、精神疾患の根底にある原因を探らずに症状の軽減だけを目指す研究には、資金を提供しない意向を明らかにしたという(Nature ダイジェスト Vo..11 No.6 News 「精神疾患の臨床試験の在り方を見直す動き」から) Insel 氏はまたDSMが精神医学の聖典扱いされて、それに従わないと研究の資金も得られないという傾向への不満があるらしい。精神医学の基礎研究のためにはDSM的な用語や概念に縛られない必要があり、もっと研究向きの基準を作るべきだとInsel 氏が考えて作られたのが先ほどのRDoCである。