2024年3月1日金曜日

脳科学と臨床心理学 第2章 ニューラルネットワーク 加筆部分 1

 心はニューラルネットワークの活動である

このように神経細胞が神経線維と結びついたネットワーク構造を,ここでは「ニューラルネットワーク」と呼ぶ。ニューラルネットワークは,最近の画像技術の発展により,かなり可視化されてきているのだ。ではこれらの脳の配線はいったい何を表しているのか。そしてその中で具体的にどのような信号が行きかっているのか。これらの問題が脳科学の中心的なテーマであると言っていい。これはかなりワクワクする分野なのだ。何しろこれを知ることが,心を知ることに間接的にではあれつながっているからだ。

しかしこの脳の中の電気信号の流れをその細部にわたって知ることはおよそ不可能である。考えてもみよう。神経細胞が例えば1000億のオーダーで存在する。そしてそれぞれの神経細胞がほかの何万もの神経細胞とつながっているのである。一言でニューラルネットワークといっても、それは想像することもできないような複雑で膨大な構造を意味し、そこで行きかう電気信号を一つ一つ解明することはおよそ不可能であろう。

例え話をしよう。地球に住む人間の一人一人が神経細胞だとしよう。世界の人口はざっと80億くらいだそうだが、一人の脳の神経細胞とそんなに大きくは変わらない。(ただし1000億の神経細胞というと人口はその10分の一という事になる。)そしてそれぞれの神経細胞が他の多くの神経細胞と神経線維で繋がっているように、地球上の一人一人は実は多くの人どうし繋がっているとしよう。実際にスマートフォンを一人一台ずつ持ち、それぞれが何百人という話し相手と会話やテキストのやり取りを行っているから似たようなものである。

この例え話から思っていただきたいのは、「心はニューラルネットワークの活動である」とは、「地球上で人々がおたがいに刻々と交わしている情報の全体であると考えるようなものだ」ということである。ニューラルネットワーク上を行きかう情報量がいかに途方もないものなのかという事だ。その情報の動きに何らかの法則がないわけではない。ちょうど地球で色々な文化や宗教活動、政治的な動きや戦闘や、流行歌などが生じているように、ニューラルネットワークの活動にも意識化されるくらい大きな、マクロ的な動きもあれば、無意識的でローカルでミクロ的な動きもある。そしてそこで起きていることにある程度因果論的な性質はあるにしても、それを正確に跡付けることは技術的にほとんど不可能なのだ。

例えばあるネット上の発言がバスったとして、その最初の発言がなされて伝播していく様子を細かく分析することは不可能ではないだろう。しかし同じことをニューラルネットワークについて試みるとしたら、一つ一つの神経細胞についてほかの何千何万もの神経細胞とのやり取りを追いかけることになる。そしてそれを生きた脳について行うことなどおよそ不可能なのだ。