2024年2月29日木曜日

「トラウマ本」 トラウマとパーソナリティ障害 加筆部分 1

 トラウマとパーソナリティ障害

幻の「●●」(精神科専門誌、廃刊)に書いた論文 「トラウマ、神経発達障害とパーソナリティ障害 」

来年のトラウマ本の一章になる。


トラウマとパーソナリティ

  トラウマとパーソナリティ障害との関連について述べるのが本章の目的である。
 いわゆるパーソナリティ障害 personality disorder (以下本章ではPD)に関する議論は近年大きく様変わりをしている。それが顕著に表れたのが、2013年に米国で発表されたDSM-5(American Psychiatric Accociation, 2013)である。DSM-5では1980年のDSM-III以来採用されていた多軸診断が廃止された。また噂ではそれまでの10のPDを列挙したいわゆるカテゴリカルモデルからディメンショナルモデルに変わるという触れ込みだった。結局発表されたものは、従来のモデルに従った10のPDであった。そしてディメンショナルモデルは「代替案」としてDSM-5の後半に提案される形となった。
 しかしこのことはPDがいかに分類されるべきかという問題とともに、そもそもPDとは何かについても問い直すという、いわばPD概念の脱構築に向けた動きが起きていることを感じさせる。そしてこのディメンショナルモデルは、2022年に最終的に発表されたICD-11では正式な分類として登場したのである。

  かつて私は、以前のカテゴリカルなPDの一部は、別のものに置き代わることで生き残っていく可能性があるという考えを示した(岡野, 2023) 。

 PDとは思春期以前にその傾向が見られ始め、それ以降にそれが固まるとして定義づけられている(DSM-5)。それはいわば人格の形成の時期に自然発生的に定まっていくもの、というニュアンスがあった。
 ところが最近愛着の障害や幼少時のトラウマの問題、あるいは神経発達障害について広く論じられるようになるにつれて、それらもまたパーソナリティの形成に大きな影響を与えるという考え方は、すでに私たちの多くにとって馴染み深いものになっている。私達の臨床感覚からは、人が思春期までに持つに至った思考や行動パターンは、持って生まれた気質とトラウマや愛着障害、さらには発達障害的な要素のアマルガムであることは、極めて自然なことに思える。PDをそれらとは別個に、ないしは排他的に扱うことは、あまり臨床的な意味を持たないであろう。
 上記の ICD-11(2022)で採用されたディメンショナルモデルによるPDの分類は、パーソナリティを構成する因子群(例えばいわゆる「5因子モデル」のそれ)に基づく。つまりそこにはパーソナリティは生下時にすでに定まっているという前提がある。それだけに発達上の様々な出来事に関連したトラウマ関連障害や神経発達障害との鑑別についてはやや歯切れの悪い記載が見られる。その意味でディメンショナルモデルも不十分であるとするならば、いったいこれからのPDの概念は、どちらの方向に向かうべきなのだろうか?