2024年2月22日木曜日

家族療法エッセイ 推敲 1

 我が国における家族療法の発展と課題

 はじめに

 このたび家族療法に関するエッセイの依頼を受けた。大変嬉しいとともに当惑もある。私は家族療法の専門家ではないからだ。しかし若いころに米国のメニンガークリニックでかなり整った精神科レジデントのプログラムを提供してもらったおかげで、家族療法の半年の系統講義と、家族療法のケース担当(ビデオ録画によるスーパービジョン付き)を経験出来た。そのおかげで家族療法の世界を知ることが出来たのである。
 米国では家族療法はソーシャルワーカーの天下であった。彼らは家族療法というフィールドを得て実に生き生きとしていた。メニンガークリニックでも多くのすぐれたソーシャルワーカーたちの仕事に触れた。そして私も家族療法に入れ込んだ。サルバドール・ミニューチンの集中講義に出席するためにネブラスカ州オマハまで赴いたのもいい思い出だ。最後にミニューチンにお願いして撮ったツーショットは今でも宝物である。
 しかし私の中での家族療法のマイブームが去った後は、帰国後に家族療法としてのセッションを持ったことは、偶発的なチャンスを除けばほとんどない。その一つの問題は何といっても家族全員が集まる機会が少ないからであろう。米国のように午後五時に仕事が一斉に引け、その後家族が一台の車で遅めのセッションに訪れることが出来るという環境は日本では到底期待できない。
  一方では私は自分の中に一度植え付けられた家族療法マインドは常にブラッシュアップされていると感じている。(それに家庭では家内に毎日鍛え上げられている。)しかしそれでも私は家族療法家ではないことで、この特集に寄稿することに後ろめたさがあるのだ。しかしこの際開き直り、家族療法を実施しないという立場から、私の臨床にとっての家族療法というテーマで述べてみたい。それに本特集に一人くらい家族療法の非専門家、部外者のエッセイがあってもいいだろう。

日本における家族の縮図としての母子関係

 先ほど家族療法マインドと言ったが、その維持を助けてくれるのは日頃接する患者さん達である。というのも多くの患者さんの中に「母親問題」が見え隠れしているからだ。我が国では父親は相変わらず仕事で不在がちであり、また少子化の影響できょうだいとの関りは少ない。結局幼少時からの家族環境は主として母親との関係に集約されているからだ。その点を以下にもう少し詳しく説明しよう。
 私の精神科の患者さんはトラウマ関連障害(解離性障害、PTSD、身体化障害など)を持った若い方が多いが、彼(女)の母親達が実際に同伴することが比較的多い。その様な時に私は母親に時間半ばまで同席していただいてから、退席をお願いする。そして母親が姿を消した瞬間の患者さんの表情の変化に注意する。もし患者さんが途端にリラックスし、言葉数が多くなれば、患者さんがこれまでにいかに母親の強い影響下で生活してきたかが分かる。そしてそのことが来談経緯に深く繋がった可能性を考えるヒントとなる。そうなると患者さんと母親との精神的な距離をいかに適切に保つかが極めて大きな意味を持つことが予想される一方では、父親がそこで鍵となる役割を果たせる可能性は大抵薄い。以上の意味で、我が国の家族関係は多くの場合、その縮図として母子関係を抽出できるのである。
 ちなみに私はこの患者の母親問題についてはかねてから興味があり、かつてある本(気弱な精神科医のアメリカ奮闘記」(2004年刊)に一章を設けて「母親という名のブラックホール」という題で書いたことがある。これを読み直すと、やはり同じ問題の存在を米国の境界パーソナリティ障害の女性の患者さんたちに見出していたことを思い出す。それが日本に帰国後の臨床でより深く考えるようになっているらしい。