2024年2月20日火曜日

脳科学から見た子供の心の臨床 後半

 自閉スペクトラム症が「機能性離断症候群」である可能性

 さて上記のように捉えられた右脳の機能の発達が愛着トラウマにより障害された場合、そしてその後の左脳の正常な(ないしは過剰な代償を伴った)発達と組み合わさった場合に何が起きるのであろうか? 理論的には以下の二つが考えられよう。

● 情動を伴った、対人間の関わりに裏打ちされた言語機能が未発達となる。
● 極端に分析的で、秩序や細部への拘りにより特徴づけられる思考が見られる。

   そして改めて考えれば、これはASDの病態そのものではないかという思いに至る。しかしそう考えることは直ちに次の疑問を生む。「発達障害は生まれつきの問題ではなかったのか?」「ASDは生まれつきの要素以外にも、環境による右脳の発達不全を素地とする可能性が考えられるのではないか?
 私達はこのような発想に、例えば杉山(1019)のチャウシェスク型の発達障害の概念を重ね合わせるかもしれない。あるいは以下のような研究も見られる。Melillo R, Leisman G.(2009)らによる研究の抄録を日本語にしてみよう。

 「左右脳の機能的な離断による右脳の活動やコヒーレンス(位相の揃い具合)の低下が、ASDのすべての症状や交感神経の活動上昇を説明するのではないか。もしASDの問題が、脱同期化と左右半球間の情報交換の無効化であるならば、治療は脳の各部分の協調にあるだろう。その治療としては、体性感覚的、認知的、行動的、生物医学的な手法を含む様式横断的 crossmodal なアプローチになるだろう。私達は片側刺激により視床皮質路の一時的な振幅を増し、十分な半球の振幅に近づけることが出来た。こうすることにより両半球の情報交換を高めることが出来ると考える。」


  そしてこの論文は、ASDは遺伝負因が考えられるが(一卵性の一致率50%、二卵性5%)、それはその数が減少しないことの説明にはならない(多くのASDが子供を持たない)ことを強調し、以下の主張を行う。

「しかし最近の研究ではASDは遺伝性というよりもエピジェネティックであり、それだけ治療可能性が高いことになる。ASDにおいてとくに顕著なのは、その認知機能の偏り(例えば高い言語スキルと低い運動機能など)である。ASD,ADHDについて特にみられるのが、右脳における認知的、運動,知覚、自律神経機能の低下である。ASDにおいては、ドーパミンの活動の上昇と左脳の機能の上昇である。」


本発表のまとめと治療論に向けて


  最後に本発表をまとめておこう。私は以下の点を強調したことになる。生後一年間の愛着関係において、母親と乳児は右脳を介した密接な関係を成立させることである。Winnicott の描いた母親の鏡の機能は、母子間の右脳の共鳴としてとらえ直すことが出来るのだ。そしてその失敗による愛着不全は深刻な病理(愛着障害、解離、転換症状)を生む。Schore はそれを「愛着トラウマ」と概念化したのである。
 愛着トラウマにおいては親による子供の自律神経の調整の失敗による背側迷走神経の暴走としてとらえる。その結果として愛着の障害は特に乳児の右脳の発達を阻害し、特に解離の病理と深く関連している。

 さらにはASDの病理も愛着トラウマにより引き起こされた左右脳の機能の偏りないしは機能的な離断現象の見地からとらえることが出来る。つまりASDは不可逆的な神経発達障害としてだけではなく、この愛着トラウマの影響を考えることが可能となるだろう。そしてそれはASDの治療にも多くの含みを示す。

 発達早期の「関係トラウマ」を受けた患者にとっては、治療は「無意識を意識化させること」よりはむしろ、共感的で巧みに情動調律を行なう治療者との関係性を基盤とする、マルチモーダルな関りがより重要となるであろう。